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輪廻の血  作者: 赤羽
3/8

第一章後編

 その少女は東塔の屋上にいた。

 辺りには授業中であるため当然のように他に人はいない。広い屋上には貯水タンクとベンチが二つ、それにぐるっと屋上を囲うフェンスがあるだけで何もない、さらに剥き出しのコンクリートは何もない屋上をよりいっそう寂しく見せている。

 外見は16歳くらいだろうか、小柄な身長と幼い顔に浮かべた微笑は中学生か高校生かの判断を非常に難しくしている。極めつけは服装で、黒くゆったりとしたワンピースは当たり前だが制服ではない。足の膝辺りにまで伸びた長い髪は鴉の羽のような漆黒で、風になびくそれを右手で抑えながら校舎に囲まれた中庭の向こう、西塔をフェンスに寄りかかる形で眺めている。

「今度はちゃんと捕まえられるかなぁ〜」

 外見どおりの幼い声は、虫取りで遊ぶ子供のように楽しげである。

 クスクス、そんな笑いさえ聞こえてきそうな笑顔で、少女は首から提げたペンダントを綺麗な細い指で玩ぶ。

 煌めく銀の鎖でつながれているのは、翼を広げた黒い鳥のペンダントだった。



(キーンコーンカーンコーン)

 チャイムが響き本日最後の授業が終わりを迎える。

「それじゃぁ今日はここまでね、問題集の56Pから58Pまでは予習として次の授業までにやっといてねぇ〜」

 そう言い残して科学担当の女教師安西(あんざい)恵美子(えみこ)が、白衣のポケットに教科書と問題集を丸めてねじ込み気だるげに教室を出て行く、それとほぼ入れ違いに担任である景梧が入ってきた。

「ぱぱっとホームルーム始めるぞ〜」

 そう言ってちょこちょこっと連絡をするとホームルームはあっという間に終わった。

 もともと長話が好きなたちではなく、ささっと言うことだけ言って終わりにしている。それもまた景梧の人気の一つでもある。

「えっと今日の掃除は、三井と森だな、頼んだぞ〜」

 それじゃぁなっと最後に言い残して景梧は足早に教室を出て行った。

 教室に残っていると掃除当番がブーブーと文句を言い出すので聞く前に逃走を図るのが一番だった。

「さすがケイちゃん、逃げ足はやいなぁ」

 そんなことを言いながら掃除当番二人はしぶしぶ掃除を始め、他の生徒は下校または部活に向けて鞄に教科書などを詰め始めた。

 そんな中、隼人は鞄に入れるものなど何もないと言わんばかりに、机の横に掛けてある鞄を肩に担ぐ。

「んじゃ、お先に〜!」

 そう厚樹に言い残して一目散に教室を出て行った。

 このまま帰って遊び呆けるような勢いだが実際には隼人は剣道部に所属しており、このように毎日放課後が来るとそのために学校に来てますの勢いで部活に向かって一目散である。

 すると今度は逆に澪が教室に入ってきた。

「厚樹、すまない生徒会がはいってしまった。悪いが今日は一緒に帰れそうもない。まったく私と厚樹の貴重な時間を潰すとは、やはり生徒会なんぞ早々に潰してしまうべきか、だがそうすると人民操作がしにくくなるか・・・・」

 などと物騒なことを呟きながら沙知を連れて教室を出ていった。

 そんな沙知を見送り、朝美が帰ろうと席を立つと不意に横合いから呼び止められた。

「神道さん」

 振り向くとそこにいたのは厚樹だった。

「神道さんって寮生でしょ?まだ来たばっかりで色々買出しに行かないといけないんじゃない?」

「え?あ、そうだけど」

 一瞬なぜ寮と分かったか疑問に思ったが、よくよく考えれば先ほど親がいない話をしたばかりですこし考えれば寮生だと察することは容易だと思い至り、素直に肯定した。

「この辺不慣れだろうから案内するよ、僕も丁度買出しに行くところだしね」

 そう提案されどうしようかと考えたが、買出しにいかなければいけないのは事実で、ひょっとしたら影のことについても何か聞けるかもしれないと期待もあって、朝美はその申し出を受け入れることにした。

「それじゃぁお願いしようかな、正直迷子覚悟でお店探すつもりだったから」

「うん、それじゃ行こうか」

 話がまとまり二人は買出しに行くため教室を後にした。



 買出しを終えて寮に向かう道を歩きながら、朝美は改めてこの山城厚樹という男のことを考えていた。

 買出しをしながら厚樹の買うものを眺めていると、それはまさに普通だが普通でない買い物。

 買うもののほとんどが中型サイズのもの、SMLでいうならすべてMである。洗剤から食料品すべてMサイズのものを買おうとする。中でも電池には驚いた。

 電池はたいていお店では単一から単四までが売られている。電池でよく使うのは単一と単三、だが厚樹が買ったのは大量の単二電池、おそらく間を取って単二が普通だと思っているのだろう。だがそれで大丈夫なのかと聞けば家においてある電池で動くものは全部単二電池で動くものとの話だ。

 まさかここまで徹底しているとは思わなかった。

 他にも違うメーカーで同じもの値段もばらばら、それならば普通は一番安いものを買うところを厚樹は大体真ん中の値段のものを買う。

 どうも厚樹の普通とは『真ん中』という意味らしく『一般的』という解釈ではないらしい。

 だが学校や寮などの会話をしていれば真ん中云々を除けば普通の子で、とても影で染まるような人間には見えなかった。

 そんなことを考えながら歩いていると、やがて人通りの少ない道に入った。

 すると前を歩いていた厚樹が急に止まった。

 不振に思って朝美が厚樹の向こう側、通路の奥に視線をやるとそこには一人の男が立っていた。

 6月も終わろうというこの時期に黒い長めのコートを羽織っている男は明らかに怪しい、顔はコートの襟と黒いつば広の帽子でよく見えない。

 しかしその男の胸元、銀の鎖でつながれたペンダントを見て思わず目を見開いた。

 そこには銀の十字架がぶら下がっており、その中央には黒い鳥が羽を広げた形の紋様が刻まれていた。

 そのペンダントには見覚えがあった。

 ここに引っ越してくる原因ともなったもの。

 こんな時期に転校生、その想像正しく今回の転校は分けありだった。前に住んでいた街で同じペンダントをした男に追われていたのである。

 その男は朝美を追う前に礼儀正しく自己紹介をしてきた。最初は話しを持ちかけてくるだけだった、しかしそれを朝美が断ると男は朝美を追い回し始めたのだった。

 その時は警察に駆け込むことでどうにか間逃れたが、その後も男の追跡は止まず引越しに踏み切ったのだった。

 引越しをしている間、男が再び現れることはなく安心していたのだが・・・

 依然とは違う男のようだが、そのペンダントを見れば一目瞭然である。

 そして男はおもむろに自己紹介を始めた。

 男の声が過去の記憶と重なる。

「どうも、思考の交差(フギンクロス)の者ですが」

 そう言って男は帽子を取って頭を下げた。

 そしてその後に続く言葉もやはり同じものだった。

「神道朝美さん、われわれの同志となっていただけませんか?」

 だが今回は以前とはすこし違った。

 男が懐に手を入れ、出したときにはその手に黒光りする拳銃を握っていた。

「すいませんがあなたには用はありませんので」

 帽子を取ることであらわになった顔には謝罪の色は微塵もなく、むしろつりあがった口の端は楽しんでいるようである。

 そして抜き去った拳銃を迷いなく厚樹に向ける。

 だが厚樹の行動は早かった。普通なら恐怖で立ちすくんでしまいそうなこの状況の中すぐさま走り出した。

「こっち!」

 そう言う厚樹の表情は常ののほほんとしたものではなく、かすかに緊張感をふくませたものだった。

 そのまま朝美の手を掴むと荷物を投げ捨てすぐさまその場から逃走した。

「おやおや困りますねぇ、勝手に大切なお客様を連れて行かれては」

 そういって男は厚樹たちの後を追い始める。

 今までの通ってきた道を一直線に引き返す。

 厚樹に手を引かれ必死に走る朝美はちらと後ろを見る。

 男は走りながら銃を構えている。撃たれるっと思うが逃げようにも通路は狭く横には回避できない。

 このままこの直線の通路を逃げれば間違いなく撃たれるだろう。

 そう思った矢先に横道を見つけ、今度は朝美が厚樹の手を引っ張った。

「そっちは!」

 と厚樹が叫んだがもう後の祭り、横道の進んだ先は行き止まりになっていた。

「そんな・・・」

 思わず絶望感と共に声を漏らす朝美だがコツッっという音を聞いてはっとする。

 後ろを振り向けば男が歩み寄り銃を構えていた。

 男は歩きながらその顔によりいっそう濃い笑みを刻むと、何の予備動作もなくおもむろに引き金を引いた。

(ガァン!)

 銃声と共に銃口から鋼の弾丸が打ち出される。

「え?」

 朝美が声を漏らしたときには厚樹の横すれすれを通り過ぎ、

(チュィン)

 通路の壁に当たって摩擦音を残す。

「おやおや、外してしまいましたか、ではもう一発」

 男が再度発砲しようとするが、それは後方からの声にさえぎられた。

「おやおや、うちの庭で粗相をしているのはどなたかね?」

「!?」

 いつの間にか背後を取られていたことに気が付いた男が、ぎょっとして後ろを振り返るとそこには長身の男が銀のフレームの眼鏡を光らせていた。

「あぁ、澪きてくれたんだ」

 厚樹が安心しきった顔で話しかけたのは紛れもなく水薙澪その人だった。

 しかし朝美は眼鏡を光らせてたたずむ澪が一瞬別人ではないかと思ってしまった。

 銀のフレームの奥にのぞく瞳が放つ眼光は隼人といがみ合っていた時の比ではない。

 氷のように冷たい視線はいつものと変わらない口調から想像できないくらいに温度が感じられない。

「まったく何やら勝手なことをしているやからがいると聞いて来てみれば、まさか我が友に手を出していようとわな・・・・万死に値する!」

 口にしたとたん一気に澪が放つ威圧感がその量を増した。

「くっ!」

 澪のすさまじい威圧感に気おされながらも男はすぐさま銃口を澪に向ける。だが銃口向けられた澪は慌てる様子もなく、それどころかその冷酷な顔に冷笑を浮かべながらゆったりと歩み寄ってきた。

 男は迫りくる威圧感に震える手を、暴言を吐き捨てることで押さえ込む。

「くたばれ!」

 そうして、一気に引き金を引いた。

(ガァン!)

 再び銃声がとどろく、が、今回は壁に当たった音すら聞こえない。

 男はどういうことかと慌てて目を凝らす。

 そしてあることに気が付いて目を見開いた。

 銃弾は澪の目の前、30cmほど離れたところに浮いていた。

 いや、よく見ると銃弾が浮いているのではなく、宙に浮かんだ水球に取り込まれるようにして浮かんでいた。

 男は浮かんだ水球をみて思わず半歩下り、表情を歪める。

「き、貴様、異血者(いけつしゃ)か!」

「何をいまさら驚く必要がるのかね?そもそも貴様等フギンクロスも異血者の集まりであろう?」

 わめく男と違って澪の声はひどく落ちついていて、それがより男の恐怖を煽る。

 澪は少しずつ男との距離を詰めていく、その足取りは散歩でもしているかのように軽い。

「ひぃ!」

 男は小さな悲鳴を上げると、尻餅をついてそのまま後ろにあとずさる。

 すると澪が鋭い視線を飛ばしながら冷徹に言い放つ。

「それ以上後ろに下がるな!私の友にその汚れた身を近づけることは許さん!」

「ひぃぃぃ」

 男は視線に押されるように更に後ろに下がろうとするが、それ以上下がることはできなかった。背後には水の膜のようなものが張られそれ以上の後退をゆるさない。

 こんなはずじゃなかった、男は心の中で繰り返し、これまでのことを思い出す。

 始まりは上からの呼び出しだった。呼び出しに応じてみればそれは君主自らの頼みという名誉有る仕事だった。その時は自分にもチャンスが巡ってきたと大いに喜んだ、そのうえ仕事の内容は殺傷能力の無い異血者の勧誘という安全なもだったはずで、まさかこんな事態になるなど予想だにしなかった。

 これは夢だ、何かの間違いに違いない。

 そんな思いに浸っていた男を、威圧感を含ませた声が現実に無理矢理引き戻す。

「どうやら貴様は一般構成員のただの人間のようだな」

 どこか拍子抜けしたようにように肩を落とすと、澪は大股に男に歩み寄りその胸倉を掴み上げ、そのままゴミでもするように背後に投げ捨てる。

「あとの始末は任せる、不愉快だ連れて行け!」

「はっ!」

 背後の通路にはいつからいたのか、ダークブルーのスーツを着込んだサングラスのスキンヘッド男立っており、短く返事をして投げ捨てられた男の襟首を掴むと悲鳴を残して、そのままずるずると通りの闇に消えていった。

 すると澪の表情がいつもの物に変わり腕を組んでふうと一息つく。

「どうやら無事だったよう・・・・

(パチパチパチパチ)

 澪の言葉は最後まで言い終わることなく不意に頭上からわいた拍手にさえぎられた。

 3人が同時に音のする方を慌てて振り向く。

「フフフ、まさか『封水(ふうすい)操者(そうしゃ)』が出てくるとわねぇ、これじゃぁ一般構成員じゃどうにもならないわ」

 視線の先には黒いワンピースを着込み長い鴉の羽を思わせる漆黒の髪の少女。

 少女の楽しそうな声を聞いて澪は表情をしかめる。

「ほう、私の二つ名を知っているとは、ただの一般人ではなさそうだな」

 そう言って澪はさらに警戒心を強くする。と、そこで目を大きく見開き異常なほどがくがくと震えている朝美に気が付いた。

 どうした?と、疑問を声にだそうとした瞬間、朝美が口元に手を当て後ろを向き地面にふせると、うぇっと嘔吐し始め、何事かと身がこわばる。

 朝美はあまりの不快感に立ち眩みを通り超えて激しい嘔吐感に見舞われ、そのままそれを実行にうつすことを余儀なくされた。

 原因は一つ、少女の影である。

 それは厚樹の比ではなかった。恐ろしく濃い影は禍々しく彼女の周囲をねっとりとまるで粘性の液体のように取り巻いていた。何をやったらあんな影が出来るのか、今も続く嘔吐感の中で朝美はそればかりを考えていた。いやそれしか考えられなかった。

 すると少女がまたもや楽しげに言葉をつむぐ。

「アハハ、さすが清眼の持ち主だねぇ〜、私の内面が見られちゃったかなぁ?でもあんまり他の人には言わないでねぇ?」

 クスクス、よほどおかしいのか少女はお腹を抱えるようにして笑いを漏らす。

 そんな少女を見て澪は更に注意深く視線を飛ばす。

 そして『それ』が見えた

 少女の胸の前で揺れる翼を広げた黒い鳥のペンダント、澪の目が驚愕に見開かれ知らず言葉を漏らしていた。

「象徴紋・・・・」

「フフ、さすがに知ってるみたいねぇ、一応自己紹介をしておくね」

 そう言うと少女は腰掛けていた屋根の縁に立ち上がると、胸の前に手を当てる。

「私はフギンクロスのリーダー、紙縒(こより)っていうのよろしくね」

 そういって少女、紙縒はまるでお友達になりましょと言わんばかりに、にっこりと微笑んだ。

 フギンクロスの旗印は北欧神話に登場するオーディンの二羽の鴉、思想(フギン)記憶(ムニン)のフギンを示す黒い鳥を、交差を意味する十字架に刻んだ俗に呼ばれる黒鳥十字の紋様で、象徴紋とはフギンクロスの象徴である黒鳥(フギン)のみを模ったものである。これを掲げることができるのはこの世でただ一人、フギンクロスのリーダーであるフギンのみである。

 紙縒は宝捜しでも終えたような楽しげな表情を幼い顔浮かべる。

「今日のところは帰ることにするわ、もっといいものも見つけちゃったしね」

 フフ、そんな短い笑い声と同時に、バサッと音がして少女の背に一対の漆黒の翼が広げられた。

 それじゃねっと言い残して紙縒は、すっかり日が落ちた夜の空に羽音だけを残して消えていった。

 じっと紙縒が消えた夜空を睨んでいた澪が視線を朝美に向けた。

「どうやら転校の理由はこれだったようだね、まったく厄介なのに目をつけられたものだ。だがまさか君も異血者だったとはね」

 そう言うと朝美はびくっと震え、ちらりと厚樹を見る。

 厚樹は先ほどまでの緊張感を感じていたのかと思うほどに、のんびり地面に座り込んでいた。

 それを見て澪は朝美が言わんとするところを察した。

「安心したまえ、厚樹は私が異血者だということも知っている、今更異血者というだけで態度が変わったりはせんよ」

 朝美はそれを聞いて少し安心した。

 異血者、それはこの世界では虐げられた存在だった。

 異なる血が流れる者、それを総じて異血者と呼ぶ。異血者はだいたい千人に一人という割合で存在し、突然変異や遺伝などさまざまな理由で生まれてくるが、共通して言えるのはその誰もが、特異な能力を持って生まれてくる事である。くわえて、ほとんどの異血者がその能力に適応する体になるため、普通の人よりも身体能力が高くなる。

 人は自分と違うもの、自分には理解できないものを忌み嫌う。

 異血者もそれたがわず、その類稀なる能力のために人々から虐げられている。そのためたいていの異血者がその事を隠して暮らしている。

 しかしそれが少しでもばれれば、それは平穏な日々との決別となる。

 学校ではイジメの的、近所からは嫌がらせをうけ、ひどいものになると家に火を放たれるということもある。

「水薙君も異血者だったんだね・・・それに封水の操者って?」

 そう言って朝美は澪の顔をまじまじと見つめる。

 見つめられた方の澪は軽い調子で返事を返してきた。

「なに、たんなるニックネームのようなものだよ」

 それよりもと澪が逆に聞き返してきた。

「どうして君はフギンクロスなんぞに追われているのかね?」

 朝美はその質問には答えることが出来なかった。

 もとより自分自身でさえいきなり追われる羽目になったのであって、理由など分かるはずもなかった。むしろこっちが教えてほしいくらいである。

 朝美はまず根本的な疑問から取り除くことにした。

「分からないわ・・・それよりフギンクロスっていったい何なの?」

 しかし澪が質問に答える前に厚樹がそれを遮って声をあげる。

「まぁ今日のところはこれくらいにしてかえらない?晩御飯作る時間なくなっちゃうよ」

 さっきまでのことが何でもないことのように厚樹が提案し、澪もそれにうなずいた。

「ふむ、もうそんな時間か・・・寮の門が閉まってしまうのも面倒であろう?フギンクロスについての説明は明日にしよう。」

「あぁ、もうこんな時間だ!急がないと、僕先行くね!」

 そう言うやいなや、厚樹は寮に向かって一目散に駆け出した。

 後には澪と朝美だけが取り残された。

 そして朝美はこれだけはと思い澪に質問を投げかけた。

「水薙君、山城君のあれってどういうこと!?」

 朝美の強い口調に澪はすこし驚いた表情をみせたが、それは一瞬ですぐにいつもの表情にもどる。

「すまない、厚樹は普通依存症でね、今もいつもの食事の時間に間に合うか気が・・・」

「そうじゃないわ!」

 朝美は澪の言葉を鋭い一言で遮った。

「私の能力は嘘が見えるという目に関するもので、目はいい方なの、だから見えたの!山城君に向かって撃たれた弾は外れるような軌道じゃなかったわ!」

 そう朝美には見えていた。正確に厚樹に向かって飛んでいく弾丸の起動が、だからといって見えるだけで避けれるほどの身体能力は無いのだが、危ないと思ったときにそれは起こった。

 厚樹に向かって飛んだ弾丸の起動が横に曲がったのだ。そのため思わず朝見は、えっと声を漏らしたのだった。

 それを聞いた澪は観念したようにため息をついた。

「ふ、正眼と呼ばれるからには目の能力だとは思っていたが、まさか気付いていようとはな、恐れ入ったよ」

「じゃぁやっぱり・・・」

「その通り、厚樹も異血者だ。まぁ本人は気付いていないがな、いや、覚えていないというべきかな」

 朝美の予想を肯定しつつ澪はそう続けた。

 そして本人には言うなよと言いつつ厚樹について話し始めた。

「まぁ嘘が見えるという事は、厚樹の状態がどんなものなのかは分かっているのだろう。厚樹の普通依存症は予想しているとは思うが、厚樹の両親が原因だ」

 それは澪の言う通り予想していた。心の病を負っていて、そのうえ親がいないとなればまず間違いなくそれが原因だろう。

「厚樹の家はまさに普通の一般家庭だった、だがある日事件が起きた。私も親に聞いた話だから詳しくは分からんが、うちの一家はこの街一帯で代々異血者の代表のようなものをしていてね、それらしい事件が起こるとその現場で色々と面倒みているのだが、父が厚樹の家に駆けつけた時にはリビングには大きなクレーターができていて、その中央に厚樹が座りこみ、母親はそれを見て恐怖におびえ、父親の姿は何処にも無かったそうだ」

 そこまで一気に言うと澪は、ふぅと肩をおろした。

 朝美はそれ聞いてぞっとした。それが真実ならおそらく幼い厚樹は能力を暴走させ父親を巻きこんだのだろう。

「そして我が家は厚樹とその母親を保護した。しかし母親は厚樹を見ては普通の子だったらと罵った」

 それも無理は無いだろう、実際問題自分の子が異血者と分かるやそれを捨てたり、ひどいものになれば命を奪う事もある。まして一軒屋のリビングにクレーターを作るほどの能力ならば、言い方は悪いが我が子が化け物か何かにしか見えなかっただろう。

「だが厚樹は能力を発動した時の記憶が無くてな、気が付けば父親の姿は無く、唯一の肉親である母親からは覚えの無いことで罵られる、おそらくひどく混乱していただろうな。そして保護してから二日目、母親は厚樹を残して水薙家から姿を消した。厚樹はそのとき自分が普通じゃないから父親も母親もどこかへ行ってしまったと思ったのだろう。おそらくそれが普通依存症の原因だ。そこからは昼に話した通り家でしばらく居候して、その後は一人暮らしだ」

 そこで話は終わりだと澪は肩を落とした。

 朝美は昼の話を思い浮かべ、そして後悔した。自分と同じなどとんでもない、物心つく前から親のいない朝美に比べれば、その心の傷の深さは計り知れない。

 最初からいないのと、捨てられたと思い知らされるのとではまさに雲泥の差である。

 しかしそんな朝美の心境を察したかのように澪が気軽に声をかける。

「別に変に気を使うことはないぞ、昼間に見たとおり厚樹もあまり気にしていないし、逆に気を使うとそれを敏感に感じ取るだろうからな」

「う、うん・・・・」

 朝美は色々な思いに胸を埋められながらもなんとか返事をすることができた。

 その後寮に戻ったのは午後8:50で、後10分遅れたら門が閉まるところだった。結局買出しに行ったもののほとんどが、投げ捨てた時に使い物にならなくなっている事実に、激しい疲労感を感じてベッドに突っ伏した。

フギンクロスのことなど気がかりなことがいくつかあったが、押し寄せる疲労感に何も考えることができず、そのまま泥沼に沈むように眠りについた。

こうして朝美の長い転校初日が終了した。




これでひとまず第一章は終了です。

この章ではひとまず主人公の現状をまとめました。

まだまだなぞの部分は多いですが、それはこれからの話の中でということで。


では次回第2章(おそらくまた前後編になると思いますが・・・)でお会いできる事を。

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