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輪廻の血  作者: 赤羽
2/8

序章〜第一章前編

〜序章〜


 とある年の夏、伊邪那緯(いざない)毘沙門(びしゃもん)(えん)

(ズズ・・・パラパラ・・・)

 一軒屋の広いリビング、辺りの壁には無数の亀裂が入り所々が崩れていた。

 床の中央には大きなクレーターができており、その周りも穴に引きずられるようにして崩れている。

 その中央を脅えるようにして見つめ、その場にへたり込んだ女性が一人、うわ言の様に呟いた。

「どうして・・・あなたが普通の子だったらよかったのに・・・普通の子だったら・・・」

 見つめるその先には、何が起こったか分からないといった様子で、不安げに辺りを見回す子供が座り込んでいた。





〜一章:平穏の影〜


 立明738年、伊邪那緯国毘沙門園

(おはよー、今日放課後商店街でもいく?今日あのセンセーの授業かぁ)

 6月27日、今日は金曜日、毘沙門北高校の朝はいつもの如く放課後の計画や日常の会話でにぎわっている。

 伊邪那伊国は南東側が途切れた輪のような形をした島国で、その周りを他の国が連なってできた大きな輪で囲まれているため、時に内輪の国とも呼ばれる。伊邪那緯国はさらに8つの園でできており、毘沙門園は輪の穴に位置する伊邪湾の一部を含むほぼ真ん中に位置する園である。

 そしてその南北にある高校の北(といっても正確には湾の南東の切れ目を境とした東北)側の高校がこの毘沙門北(びしゃもんきた)高校である。

 大きな湾を囲うようにしてできたこの園は地形的に軍事拠点としての利点が多く、南東側の湾は海軍、北西側は陸空軍と言った具合に軍備が整っており、そのためこの園が首都として機能し都会のような雰囲気が漂っている。

 そんな都会としての影響を受けた毘沙門北高校は南側に広い校庭、北西側にまるでビルのような校舎、北東側にマンション風の学生寮という配置になっている。校舎はそれをさらに東と西に分け、西側に一般教室、東側に実験室や音楽室などの特別教室、そしてその間を渡り廊下が南北に架けられた四角形の形をしており真ん中には中庭もある。

 そんな高校の普段と変わりない朝に今日は一つのイベントが。

「ふう、到着っと。」

 栗色のショートヘアを風で揺らしながら一人の少女が校門の前に立っていた。すらっとした体に透き通った白い肌、きりりと引き締まった表情をしながらも、顔にはほんのり幼さが残っている。毘沙門北高校の制服である薄緑の制服が白い肌とあいまって白を基調とした清楚な雰囲気を漂わせている。

「とりあえずは職員室よねぇ」

 そういって少女、神道(しんどう) 朝美(あさみ)は校庭の脇を通り校舎に向かって歩き始めた。

 朝美は分けあって毘沙門園に家族で引越しをしてきた、いわゆる転校生である。



 そしてここ二年三組では朝のHRホームルームが行われようとしていた。

(ガラガラガラ・・・・)

「おはよう諸君、ちゃんと全員いるかな?ハッハッハッ!」

 そういって妙にハツラツとした声で入ってきたのは、二年三組担任の山田 景梧(けいご)である。中肉中背の体に声とは対照的な曲がった猫背に白髪の混じりのぼさぼさ頭、顔は気が抜けたのほほんとした顔つきである。性格もまさに顔の通りで、おっとりと温厚で生徒達からは親しみやすいと意外に人気があり『ケイちゃん』などと呼ばれ、本人もそれを了承しているのでほとんど友達感覚の扱いを受けている。

「ケイちゃん!今日転校生来てるんだって?」

 話題になっていたのかさっそく生徒の一人が景梧に問いかけた。

「あぁ〜もう話が回ってるのか、もう少し引っ張ろうと思ってたんだが仕方ないか・・・」

 景梧は楽しみを奪われた子供のような顔でため息を小さくつくと、廊下で待機しているであろう生徒を呼んだ。

「神道入っていいぞ〜」

 すると先ほどから景梧が開け放したままの入り口から、ゆったりとした足取りで朝美が黒板の前まで歩み寄り生徒たちの方にクルッと方向を変え、透き通った声で自己紹介を始めた。

「今日からこの学校に通わせていただく神道 朝美です、よろしくお願いします」

 ペコッと頭をさげると細い栗色の髪がサラリと音が聞こえそうなほどに揺れる。

(綺麗な子だねぇ、結構かわいい子じゃん、あとで色々聞いてみないとねぇ)

 教室のそこらでは朝美の評価や今後の計画などがヒソヒソと聞こえていた。

 そこですかさず景梧がいつもの気の抜けた声で生徒たちに釘を刺す。

「まぁあれだ、転校初日だからあまり群がって困らせることのないようにな」

「「はぁ〜い」」

 そんな気の抜けた釘に答えるように、信憑性の薄い生徒たちの返事が教室に響いた。

 そして案の定というか、担任の刺した釘はいとも簡単に抜け落ちたようだった。いや実際は刺さってすらいなかったのかもしれない。授業が始まる前のわずかな時間に容赦の無い質問攻めが朝美に降り注ぐ。

「ねぇねぇ何処から来たの?得意な教科とかなに?好きなものとかは?髪の毛サラサラだよねぇトリートメント何使ってるの?スリーサイズは?」

 何か最後に初対面の人間に向かって失礼な質問もあったが、そんなことよりもこれは朝美にとっては非常にまずい状態だった。朝美は大量の人に囲まれるのが苦手だった、ちょっとした理由から大勢の人に囲まれると気分が悪くなるのだ。

(初日は覚悟してたけどやっぱりつらい、気持ち悪い・・・)

 するとそこへお決まりといってもいいセーブの声が割って入った。

「はいはい、そこまで!よく見なさい、明らかに気分の悪そうな顔してるでしょ!初日なんだからゆっくりさせて上げなさい!」

 はきはきとした元気のいい声に、朝美は顔を上げ声の主を見上げた。

 そこには腰ほどまである長く艶のある黒髪に透き通る白い肌をした少女がいた、そしてきりっと目鼻のととのった顔立ちは少女を人一倍大人びて見せていた。

「・・・綺麗」

 少女を見て麻美は思わず声を漏らした。

「ちょ、ちょっといきなりなに言うのよ!照れるじゃない!」

 恥ずかしそうに頬を赤らめて、少女はひどく嬉しそうに朝美の肩をバシバシと叩いた。そして思い出したように自己紹介を始める。

「あぁっと私は、島崎(しまざき) 沙知(さち)っていうの!よろしくね!」

 そう言って沙知は朝美に握手を求めて手を差し出した。

 朝美は叩かれた肩をさすりながら、おずおずとしながらもその手を握り握手をした。

「こ、こちらこそよろしく」

「あぁそういえばお昼とかってどうするつもり?お弁当無いなら食堂まで昼休みに案内するけど・・・」

 っと、沙知が話す途中で授業開始のチャイムが鳴り響いた。

(コーン、コーン)

「あぁ授業始まっちゃった、続きは昼休みにしましょ!その間に何か聞きたいことあったらまとめておいて!」

 そういうと沙知は慌てて自分の席に戻っていった。それにつられるように生徒の群が散らばっていく。

「ふう」

 朝美は一息ついて窓の向こうの空を見やった、今日はよく晴れていて青空が広がっていた。そしてその視界の端に一人の少年が映ったのと、先生が入ってきたのはほぼ同時だった。

(ガラガラガラ・・・・ガタガタッドサッ)

「ど、どうした!?」

 入ってきたばかりの初老の先生が目を見開き慌てて声を上げる、教室内を見渡すと見慣れない生徒が机に乗ったものを押しのけ、ぐったりと倒れこんでいた。

 先生は急いで駆け寄るとぐったりとした生徒を軽く揺すった。

「君!大丈夫かね?」

 すると間髪いれずに凛とした声が上がる。

「先生!その子今日転校してきた子で朝から顔色が悪かったんですが、私が保健室連れて行きましょうか?」

 声の主は沙知だった、先生は少しあたふたしながら沙知にまかせた。

「そうかね?じゃぁ沙知君お願いするよ。」

「はい。」

 返事もそこそこに沙知は朝美に駆け寄ると、肩を貸して教室を出て行った。

 二年三組の教室は校舎東塔の2階にある。

 東塔には一階に一年、二階に二年と学年ごとに階分けされており三階建てになっている。

 二年は4クラスあり2階の南から順に一組二組とならび、三組は北から2番目の位置にある。

 とうの保健室は西塔の一階、南端に位置していた。

 保健室に向かうまでの廊下で沙知は心配そうに朝美の顔色をうかがっていた。

「神道さん大丈夫?」

「・・・うん、ちょっとした貧血、大丈夫いつものことだから・・・」

 弱々しい声で返事をしながら朝美は乾いた笑いをした。

「いつものことって、持病とかでもあるの?」

 より心配そうな顔をして訊く沙知に、朝美は首を横に振って無理に明るくした声で否定した。

「違うの、子供のころから体が弱くて少し貧血を起こしやすいの」

 ごめんね、朝美はそう小さい声で付け足した。

「あやまるようなことじゃないわ。私は授業抜け出せて楽できてるんだし」

 沙知は冗談めかして明るく振舞った。半分以上は本心である。

 しかし朝美にはその明るい笑顔が胸に刺さった。

 先ほどの謝罪は苦労をかけていることへの謝罪もあるが、嘘をついていることへの謝罪でもあった。

 朝美には、普通の人には無い能力があった。それは人の偽りが見えるというものだった。

 普通の人は、一生のうちに多少の嘘や隠し事をする。そして朝美には、それがうごめく影として見ることができた。

 それゆえに、人が密集したような場所に行くと、いつも重度の人酔いのような状態に陥る。先ほどの沙知への発言も単に容姿への評価だけではなく、影の少なさへの評価でもあった。今の世の中で沙知ほど影の少ない人間は珍しい、そしてそれは朝美にとっては貴重な存在だった、影を見ると気分が悪くなってしまう、そのため沙知は砂漠のオアシスも同義だった。

 今度は朝美が話題の切り替えもかねて問いかけた。

「あのさ・・・私の後ろの列の窓際に座ってた男の子ってどんな子?」

「神道さんの後ろの列の窓際っていうと・・・・」

 沙知は朝見の言葉を繰り返しながら顎に手を当て席の並びを思い浮かべる。

「あぁ、山城君ね!山城(やましろ) 厚樹(あつき)君!どんな子って聞かれると答えにくいわねぇ・・・あえて言うなら・・・」

 言葉をまとめようと沙知は唸りながら考え込む。そして言葉がまとまったのか、がばっと顔を上げこう答えた。

「普通の子ね!」

 単純明快ストレート、あまりの情報の少なさに思わず聞き返す。

「えっと・・・・普通の子?」

 疑うような視線を向けられて沙知は慌ててこう付け加えた。

「普通っていってもただの普通じゃなくて、何て言うんだろ、普通の中の普通?中の中?普通の王道?」

「とにかく、すごく普通ってこと?」

「ん〜でも少しずれた普通なのよねぇ、テストをやらせればほとんど50点、スポーツやらせればほとんど引き分け、まぁ性格はどっちかって言うとほんわかした感じかなぁ、そうやって考えるとまぁ良い子の部類に入るのかな。」

 そこまで言うと沙知は興味津々の目で朝美を見つめる。

「それで〜?どうして山城君のこと聞くわけ?もしかして一目ぼれ?」

 目を輝かせながら迫ってくる沙知を両手で阻みながら、

「べ、別にたいしたことじゃないの、ただちょっと目にとまっただけで・・・」

 それを聴いて沙知は厚樹の容姿を思い浮かべる。

 山城厚樹の第一印象は『大人しそうな子』である。襟首の高さで切られたごく普通の髪型の黒髪、160半くらいの身長と太くも細くもない中肉中背の体、顔は幼さのわずかに残る童顔で、どちらかというと綺麗な顔つきをしている。性格の方も顔に合ったほのぼのとした性格でかなりのマイペースである。だが先ほども言ったように故意に普通に振舞おうとしている節があるのだが、いかんせん本人の価値観のせいか一般人の考える普通からずれている。とにかく真ん中が普通と考えているようだ。

 その辺を考慮から除けば、いたって普通の子で素直に好感が持てる子である。だがそこまで印象的な子には思えないが、そこら辺は個人の価値観の違いだろうと、それ以上の思考をやめた。

 そして隣を見ると朝美が気遣うような視線をこちらに送っている。どうやら結構長い時間考え込んでいたようだ、そしてふと気が付いた。

「神道さん結構元気でてきた?」

「あっ・・・」

 っと声を漏らして朝美は恥ずかしそうに顔を伏せて続けた。

「島崎さんの近くにいるとなんかほっとするっていうか・・・気分が楽になるの。」

 それを聞いて沙知まで恥ずかしそうに頭をかきながら、

「あぁっと、私って癒し系なのかしら・・・?それとその島崎さんってどうにかならい?あんまり名字で呼ばれるのって慣れてないのよね。」

 本来の理由は嘘のない沙知の性格にあるのだが、そんなことは露知らず恥ずかしさから話題を強引にずらす。

「あっごめん、じゃぁ沙知さんって呼んでいいかな?」

「さんってのもなんか苦手なんだけどまぁいいか、私は朝美って呼ぶから!よろしくね。」

 そういって沙知は有無を言わせぬ笑顔を朝美に向けた。

「まぁ一応用心のために保健室行っておこうか。」

 そういって沙知は朝美の手を引っ張って保健室まで走っていった。



 いっぽう教室では、

「神道さん大丈夫かなぁ。」

「顔色真っ青だったね。」

 朝美が転校早々に倒れたために授業そっちのけ朝美の話をする生徒がほとんどだった。そんな中一人普段と変わりなく初老の教師の授業を聞いている生徒がいた。

「なぁ厚樹〜お前よくこんな時に普通に授業受けてられるなぁ。」

「ん?だってほら自分が倒れたわけじゃないし、先生は授業やってるんだから聞くのが普通じゃない?」

 そう言って彼、山城厚樹は線の細い幼さのわずかに残った顔に人懐っこいにこやかな笑みを浮かべて授業を再び聞き始める。

「まぁそうなんだけどさぁ、連れて行ったのが島崎でそのうえ先の『綺麗』発言だぞ?なんだか色々と起こりそうじゃないか!」

 と、他の生徒とはずれた心配をしているこの少年は、厚樹と変わり者同士で仲のいい狩谷(かりや) 隼人(はやと)である。紅く逆立つスポーツマンっぽい髪に、細身ではあるが鍛えられたしなやかな体、背は厚樹より頭ひとつ大きい、スカッとした爽快な笑顔がぴったりのきりっとした顔である。

 女の子受けしそうな容姿ではあるが、性格があれなせいか一部のマニアックな女子に人気があるにとどめている。

 そんな俗に言いう変人と、普通なのだけれどどこかずれた人間とでかなり息があっている。

 厚樹とは中学からの付き合いでそれなりに長い付き合いになる。隼人はその性格のせいかあまり人となじむことが無く厚樹は数少ない話し相手でもある。

 隼人がふと視線を机にやり、首を傾げる。

「そういえば厚樹、お前授業聞いてる割にはノート真っ白だな。」

 隼人の席は厚樹の前の席で、後ろを振り返った体制から視線を下にずらすと、そこには真っ白のノートが本来の役目をはたすことなく広げられている。

 するとさも当然というように答えが返ってくる。

「ん?だってここ先日にやったところだから普通写さずに聞くだけでいいんじゃない?」

「ん〜?」

 宏紀が確かめるように黒板を見ると、初老の教師が必死になって書いている図や文字は確かに先日みた内容である。

 不意に隼人の目が輝く、まるでなぞを解き明かした探偵の目で、厚樹にだけ聞こえるくらいの声で言い放った。

「まっ、まさか・・・先日の授業との違いを答えさせる間違い探し方式の新型授業か!?」

「今のところは先日の授業との違いは無いようだけど?」

 厚樹が冷静に隼人の推理を打ち砕こうとするが、これくらいでへこたれる勘違い野郎ではない。

「いや、よく見ろ!あの図と文字の位置が先日とは逆になっている。いかに正確に黒板を写しているか試すに違いない!」

「あ、本当だ。気づかなかったなぁ、さすが隼人だね。」

「ふふふ・・・まぁ俺にかかればじっちゃんの思惑なんてばればれだぜ!」

 そう言って自慢げに胸をはる隼人をそっとしておいて、厚樹は黙々と黒板を写し始めた。

 その日、歴史の初老教師黒谷信三(くろたにしんぞう)のうっかり授業は、転校生の初日からの保健室行きにどよめく生徒と、妄想全快の勘違い野郎二人によって止められるはずもなく、結局授業を止めたのは授業終了を知らせるチャイムの音だった。



 そして学校は昼休みを迎える。

 その頃には体調を持ち直した朝美も教室に戻ってきていた。

「朝美!ご飯どうする?」

 昼休みに入るとさっそく沙知がお昼ご飯にさそってくれた。

 2年3組は縦6列、横6列の最後列の左端右端の欠けた34人のクラスで、朝美の席は後ろから3列目の廊下側から3列目の位置にある。ほぼど真ん中で、多少不満はあるものの左隣には沙知いるので少し安心でもある。

 沙知は弁当を持参している様子で、その手には黄色い布で覆われた四角い箱が握られている。

 朝美は引越し云々で朝から忙しく、とても弁当を用意する暇はなかった。

「今日はお弁当持ってきてないから食堂教えてもらえるかな?」

 苦笑いを浮かべ遠慮がちに頼む朝美に、沙知は親指をぐっと立てて気持ちのいい笑顔を整った顔に浮かべる。

「了解!私はお弁当だけど一緒に食堂でたべるわ。」

 そんな会話をして二人が席を立とうとした瞬間、教室の扉が勢いよく開かれる。

(ガラガラッ、ピシャッ!)

 扉が限界まで開ききり、そこからクククッとかすかな笑いを浮かべながら男が一人教室に踏み込む。

 背は高く180に届くか届かないかくらいで、海の底を思わせる深い青色の髪は首元にとどくくらいで、整った顔は大人びていて一瞬教師かとも思うがその体は薄緑の学ランに包まれており、意思の強そうな目には銀のフレームが上側だけに付いた丸い細めの眼鏡をかけている。

 口元に深い笑みを刻んだまま入ってきた男は窓際の方に視線を向ける。

「やぁ我が友とそのおまけよ!昼飯に誘いに来てやったぞ!」

 開口一番のこの台詞にも回りは慣れた様子である。

 男はそのままズカズカと目的の机まで歩を進める。着いた先は厚樹の机で、机の主は長身の男を見上げて笑みを浮かべる。

「やぁ澪いらっしゃい。」

 こうして厚樹の幼馴染みでもある水薙(みなぎ) (れい)は、じつに堂々と現れた。

「誰がおまけだ!自分の教室で一人寂しく弁当つついてろ!」

 おまけ呼ばわりされた隼人は文句に加えてお返しとばかり罵声を浴びせる。

「ふんっ、ただでさえ私を差し置いて厚樹と同じクラスにいながら、その上おまけの分際で私の許可なく口を開くとは、まったく持って救いようがないな、狩谷!」

「ふっ、嫉妬か?水薙家の人間ともあろう者が見苦しいことこの上ないな。」

 言い合う二人の男の間にはいつしか火花がはじけ、辺りに殺気が飛び交い始める。お互いの目には今にも殴り合いを始めそうなほどの鋭さが宿っている。それは周りの生徒が思わず固唾を呑むほどの様子だった。

 だが、そんな誰もが動くのも遠慮する空気の中、一人さも何でもないように二人の間に割ってはいる。

「まぁまぁ二人ともそれくらいにしないと、ご飯食べる時間なくなっちゃうよ?」

 厚樹のその声に、二人の今にも人を殺さんばかりの目が常のものに戻る。

「まったくだ、私としたことが貴重な時間を無駄にするところであった。」

「そーだな、さっさと飯にするか。」

 二人がそう緊張を解くと、周りの生徒たちも自分たちが、固まっていたことに気が付いて慌てて動き出す。

 そして例外なく沙知もすばやく動く。

「やばいわね、変なのが集結しちゃったわ。さぁ逃げるわよ、朝美!」

 そういうと左手に弁当、右手に朝美の手首を掴むとあわてて教室を脱出しようとする。

 朝美はついつられて3人のやり取りを目に入れ、再び厚樹を見て気分が悪くなっていた。さすがに最初のように倒れるにはいたらなかったが、やはり慣れるまでにはまだまだかかりそうだ。そう思っていたところを、不意に手を引っ張られ大きく体制を崩す。

 しかしそれはすぐに呼び止められることとなった。

 それも沙知にとってかなり不本意な形で。

「まぁ待ちたまえ沙知君、このおまけが変なものであることは認めるが、そう慌てて逃げるほどのものでもなかろう。」

「はぁ、やっぱり絡まれた。」

 沙知は予想していたこととはいえ、今の事態に隠すことなく盛大にため息をつく。

「おやおや、同じ生徒会仲間としてその反応は少々傷つくねぇ。今にも涙がでそうだよ。」

 そう、沙知と澪は同じ生徒会仲間でそのうえ両方ともが行動派ということでよく一緒に仕事をさせられている。さらにいうと沙知の三組と澪の四組は何かの活動のたびに組まされることがおおく、かなり親密にさせられている。

 実際には澪が裏から手を回し、厚樹のクラスと一緒に活動が出来るようにしていたのだが、あくまで一般の生徒である沙知には知るよしもない。

「そこにいるのは今日転向してきた生徒で、これから食堂に行くのであろう?我々もこれから食堂に行くのだが、一緒に食事を取らないかね?我々も二人で食べるより大勢のほうが楽しいからねぇ。」

「おい澪!お前、俺のこと完全に人数から抜いてるだろ!」

「おっとこれは失礼、ついついおまけのことを忘れていたよ。」

 そんな澪の顔にはしっかりと喜色の色が浮かんでいる。

 しかしそれを聞いていた朝美は気がきではなかった。一緒に食事をするということは厚樹をいやでも視界に入ってしまう。気分が悪くなるのは回避したいが、どの道同じクラスなので早めに慣れておいたほうがいいというのもある。それに厚樹の嘘か隠し事かを解決すれば少しは影が薄くなるということもあるので、出来ればいろいろと情報を仕入れたかった。

 が、沙知の方をみると見るから嫌そうな顔を澪に向けている。

 どうなるのかとおろおろしていると、不意に沙知がため息をつきながらこちらに顔を向けた。

「朝美どうする?っていうかあいつが誘ってきた時点でほぼアウトに近いけど、あんな変体どもと一緒でもいい?」

「変体など一人しかいないはずだが、どもというのは少々気になるね。」

 そんな変体を無視して沙知は朝美の答えを待った。

 朝美はもともと沙知さえよければ望むところだったので、首を縦に小さく振る。

「私はかまわないよ、食事は人数が多いほうがいいしね。」

 人数どうのというのは本当の気持ちだった。食事は大勢のほうがいい、集まる人にもよるだろうが少なくとも暗い食事になることはなさそうだ。

「ん、話はまとまったみたいだね。それじゃ行こうか。」

 そういって厚樹がにこやかな笑みを浮かべて廊下に出ると、あとの面々もそれに続いた。



 食堂は特別教室の集まる東塔の一階北端に北側に飛び出す形になっている。外側に飛び出しているだけあって食堂は普通の教室よりもかなり広く、教室2個分くらいの広さはある。

 厚樹達一行は食堂の南側の奥にある6人がけの席を陣取ると、さっそく食事の準備をはじめる。

 澪と沙知は持参した弁当を広げ、厚樹・隼人・朝美の3人は券売機で昼食を選ぶ。

 しばらくして3人がそれぞれの昼食を抱えて席に戻ってきた。厚樹はカレーライス、隼人は牛丼、朝美は親子丼で3人とも汁物として味噌汁をつけている。

「カ、カレーに味噌汁って・・・・」

 思わず突っ込みを入れたのは思ったことは口にせずにはいられない沙知だった。

「ん?ご飯には味噌汁じゃない?」

 厚樹はさも当たり前というように言うが、ご飯はご飯でもカレーでは、っと思うのは自分だけなのだろうかと思い他の面々に視線をやるが、朝美が苦笑いをするだけで残りの変体2匹はまるで気にしていない様子だった。まぁこのメンバーでは無理も無いことかとあきらめることにした。

 すると澪が、そういえばと話を切り出した。

「まだ自己紹介をしていなかったな。私は四組の生徒会役員をやっている水薙澪だ。沙知君とは生徒会仲間でね、それなりの付き合いをさせてもらっている。もっともメインは我が最愛の友、山城厚樹なのだがな」

 と最後に付け足すと澪はこれ以上ないほどの笑みを浮かべて厚樹に視線を送る。

 カレーを口にせっせと運んでいた厚樹は、澪の視線に気付きにっこりと微笑み返す。

「そう言えば教室でも仲がよさそうでしたけど、付き合い長いんですか?」

 そう口にしつつ、朝美は先ほどの教室でのやり取りを頭に浮かべていた。

 一人を無視して厚樹とのみ会話しようとする姿はそれを如実に語っていた。ひょっとしたら厚樹の影の原因も、彼ならば分かるのではないかと密かな期待をする。

「ふむ、やはり分かってしまうかね?これでも普通に接しているつもりなのだが、どうも私の溢れる愛がにじみ出てしまうようでね」

 クククク・・・と細かな笑い声を上げて、銀のフレームの眼鏡をクイと上げる。

「そりゃ人を無視して厚樹とばっかり話してりゃだれだってそう思うっての!」

「ちなみに私は厚樹とは小学校からの付き合いになる。一時期は厚樹を家に居候させていた時期もあってね、新密度はかなり高いものと思ってもらっていいだろう!」

 隼人の非難の声を軽く無視して、澪は胸を張って自慢げに答える。

「ふん!ちなみに俺は狩谷隼人!厚樹とは中学からの知り合いだが、ずっと同じクラスでね、どっかの誰かさんよりは新密度が高いんじゃないかな!」

 負けじと隼人が胸をはって答え、鋭い視線を澪に飛ばす。逆に飛ばされたほうは、さげすむような視線を送り返している。

 今にも武力行使に移りそうな二人に、割って入るように沙知が鋭く突っ込む。

「誰が山城くんとの新密度を話せって言ったのよ!自分の紹介をしなさい自分の!」

 そんな静止の声にひるむことなく睨み合う二人に沙知はため息をつくと、しぶしぶ追加情報を付け加える。

「ちなみにそっちの眼鏡の変体がこの街の裏の立役者でもある水薙組の跡取り息子、そっちの逆毛の変人がこの街の治安を守る狩谷警視総監の一人息子、まったくこんなのが街の裏と表の代表達の息子かと思うと・・・この街大丈夫なのか、かなり心配ね・・・・」

 最後に盛大なため息をついて沙知は説明を終えた。

「やれやれ、あまりその話を一般市民にしないでもらえないかね、色々と事がやりにくくなるのでね」

 口で言うほど困っていない澪の様子からすると、ばれてもそう問題ではないようである。

 それよりも、その説明を聞いて朝美は妙に納得した気分になった。納得したのは街が大丈夫かの事ではなく、澪と隼人の関係である。家どうしが対立関係にあるのではこの二人がいがみ合うのも当然で、むしろ一緒に行動しているのが不思議なくらいである。その仲介の役割をしているのがおそらくこの山城厚樹という人間なのだろう。

 そう思うとますます疑問は膨らむ、影のことといい二人との異常なまでの新密度といい、なぞは深まるばかりである。そこで先ほど感じた疑問を多少聞きにくいことでもあったが口にしてみることにした。

「あの、そういえばさっき水薙君が山城君を居候させたこともって言ってたけど、どういうこと?」

 居候ということは家がない、もしくは家に居られないなどの状態にあったということで、何かあったのは間違いないだろう。聞きにくいことではあるが厚樹の影に関係がありそうなので、思い切って質問したのだが、どうやら地雷を踏んだらしい。

 場の空気が一気に沈んで、みながちらりと厚樹に視線を送る。

 視線を受けた厚樹はそれに気付いたらしくカレーを口に運ぶ手を止めて、顔を上げなんでもないことのように告げた。

「僕の両親は両方ともどっかに逃げちゃったらしいんだ」

 あまりに明るく言うものだから一瞬何をいっているのか分からなかった。逃げた、とはどういうことか、だが冷静に考えれば結論は一つ。

 つまり親が両方とも蒸発して、居なくなってしまったということだ。

 朝美は悪いことを聞いたとは思ったが、可哀想だとは思わなかった。

 何を隠そう朝美にも両親はいない、朝美は施設で育った子だった。話によると朝美の両親は、2歳になるかならないかくらいの朝美を施設に預け、そのまま戻ってこなかったということだ。

 物心ついたころには親は最初からいなかったので、いなのが当たり前だと思っていた。他の子に親が居るのを見ていいなぁとは思ったこともあるが、綺麗な服いいなぁくらいの感覚だった。

 厚樹の両親がいつから居なくなったのかは知らないが、居ないものはどうしようもないし、一人で生きていく事だって出来るわけで、それを他人にとやかく言われる筋合いはない。そんな気持ちから朝美はただ、そっか、とだけ答えた。

 しかし驚いたのはその後だった。

「神道さんもでしょ?べつに気にすることないよ」

 え、思わず手に持っていた箸を落としそうになって慌てて掴みなおす。

 回りをみるとみながぎょっとした視線を向けていた。どうやら驚いたのは自分だけではないようだった。

 もちろん朝美はこの街にきてからまだ誰にもその事を話していないし、話すつもりもなかった。

 なんで、そう思ったのが顔に出たらしく厚樹は視線を合わせたままで、

「なんか同じ雰囲気がしたからもしやと思ってね、違ってたらごめんね」

 そういう厚樹の顔は、言葉とは裏腹に確信に近いものを感じている表情だった。

 一瞬空気が重くなるがそこはさすがこのメンバーである。沙知がおもむろに口をひらく。

「まぁ私にはそいうのわかんないけど、似たようなのがいるんだから気にすることないと思うわ」

「なんなら君もうちに居候してくれてかまわないぞ、我が家はおおらかな人間がおおいからな!」

 澪も場を和ませるつもりなのか本気なのは分からないが、そんなことをいった。

「誰があんな変人の巣窟に好き好んでいくかよ!」

「別に貴様に言ったのではないが、まぁ庭に小屋と首輪と鎖、今なら水入れ皿も用意してやろう、どうかね?」

「どうやら一族全員豚箱に送られたいらしいな」

 そんな隼人と澪の言い争いはあわや殴りあいのところまで発展したが、厚樹が間に入ることでその危険性は取り除かれた。

「埃が舞うでしょ?」

 その一言で殴り合いが回避されるのだからさすがである。

 そんな楽しくも騒がしい食事はあっというまに時間制限を向かえ、午後からの授業が始まった。

「僕は自己紹介しなくてよかったのかな?」

「まぁいまさらだろうな」

そんなどこか納得いかない様子の厚樹と隼人の会話は午後の授業が始まってすぐのことだった。



いよいよ本編スタートです。

前編ということで、まずは主人公の周りの環境を紹介しながら、

話を進めて行きたいと思います。


では次回第一章後編でまたお会いできる事を。

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