残滓
戦艦時計を占領し、僕たちは宴会気分だった。これで戦術の幅も広がるし時計に乗っていた物資でかなり財源は潤った。備蓄もあるし、しばらくは問題ないだろう。
しかし僕は訳の分からない状況に追い込まれていた。原因はもちろん、ルーとフェルから言われたあの言葉だ。
「僕が土屋に好意を?」
いや、そんなことはないだろう。僕が誰かに好意を抱くことはないはずだ。確かに最近『分からない』ということに対する抵抗はなくなってきたがそれはこの世界が奇想天外過ぎてそう割り切っているからだ。感情があるというわけではないだろう。
だったらこのもやもやした感じはなんだ。
「お困りかい?」
「別に」
いつも通りキトルの家で救済について調べている。今日は土屋の買い出しを手伝っているためフェルはいない。別に仮説を立てる上でそれほど問題はない。しかし、
「ねぇ、お茶飲む?」
キトルがなぜかやけに話しかけてくる。お茶をすすめてきたりどうでもいい世間話をしてくる。
かなりウザい。まるで初めて会った時の凪川だ。あの無差別お人よし鈍感男のような雰囲気が漂いまくっている。
「キトル」
「なに?」
「ウザい」
僕がそう言ってもキトルは笑って「そっか」と言うだけだった。僕は苛立ちを覚えつつ読んでいる資料に目を通す。しかしこれにもこれといった証拠になりそうなものはなく進展もない。
「ねぇ、トーギくん」
「今度は何だ。くだらない事だったら吹き飛ばすぞ」
「君ってさ、ミツキちゃんのこと好きなの?」
僕は手に持っていた資料を落とした。そして素知らぬ顔で拾い、にやにやしているキトルの頭を近くにあった資料の束で叩いた。何重にもなっている資料の束はかなりの重さがあったのでキトルは頭を押さえてうずくまっている。
「お前もか…」
「お前もってことは、他の誰かにも言われたんだね」
「そうだよ。ルーとフェルに言われた」
「じゃぁもう周知の事実ってやめて叩かないでいだっ!?」
もう一度キトルを叩き僕は資料を元の場所に戻した。キトルはそれでもなおにやにやしながらこっちを見ている。
いっそこいつにルーの気持ちを教えてやろうか。と思ったが後々面倒なことになりそうなのでやめておいた。
「どこ行くの?」
「息抜き」
僕はキトルを残してキトルの家を出た。
久しぶりに一人で散歩しようと僕は住宅地を抜けて丘の上へ上る。丘の上のうえでは心地よい風が吹いていて、眼下には広大な大地が広がっている。
「あー…くそ」
僕は丘の上に座りため息をつき、先ほどのキトルの言葉を思い出す。
別に土屋と一緒にいるのはあいつが僕の魔導書館と相性がいいからであって好意があったわけでも好意が芽生えたわけでもない。
「燈義くん」
「…土屋?」
後ろから声がして、振り向くと土屋がいた。
なぜここにいる。
「なんかみんなから丘に行けって言われて」
キトルの仕業だろう。あいつ覚えておけよ。
しかし僕は土屋を置いていくのが気が引けたのか動くことができず、土屋は僕の隣に座った。土屋は今まで子供の相手をしていたらしく衣服が汚れている。
「綺麗だね~」
「そうだな」
僕は淡泊に返事を返すが土屋は嬉しそうに笑っている。
なんだろう…何か違う気がする…
「土屋?」
「どうしたの?」
「いや…お前、なんか雰囲気が違う気がする」
そういうと土屋はにっこりと笑い、そして流れるように僕ほうに近づいてきて、
流れるように、キスをした。
「ッ!?」
「えへ」
「えへ」じゃない!と叫ぼうとして僕は気が付いた。土屋の雰囲気が、あの」夜の雰囲気に似ていたからだ。
こいつは、あの時の。
「百年前の土屋か」
「正解」
そう言って土屋は笑った。
百年前の土屋美月が今の土屋に乗り移っている。驚くべき状況だがこの世界事態かなり不自然に成り立っているのでこういう事が起きてもおかしくはないのだろう。それに百年前の土屋はタマモの生霊写しで魂が抜けた状況にあった。多分これは魂の残滓なのだろう。
だがなぜこのタイミングで出てきた。そしてなぜキスをした。
「私がこの状況しか出てこれないのは、まぁそのうち分かるよ」
「…何が目的だ」
「懐かしい燈義くんに会ったら面白くて。つい」
「ついって、お前な」
「でも燈義くんが悪いんだよ?」
なぜ僕が悪いと。
「燈義くん、いい加減自分の気持ちと向き合いなさい」
「…土屋のくせに生意気だ」
「これでも百年も先輩だよ」
そう言って土屋は目を閉じ、目を開けた時にはいつもの土屋に戻っていた。
消えたか。
「土屋、大丈夫か?」
「う…」
「?」
「うああぁわあぁ」
土屋は顔を真っ赤にしながら叫んでいる。
そうか。今回はさっきの記憶が残ったのか。
「落ち着け。深呼吸」
「う、うん」
土屋は深く深呼吸をして、少しは落ち着いたようだがそれでも顔はまだ赤かった。
「…恥ずかしいよぉ」
「気にするな」
「で、でも…」
土屋は涙目になりつつ僕を見る。
「燈義くんは、どうだった?」
「別に、特に何も」
僕はまた淡泊に答えると土屋は目を伏せてしまった。
どうした?また羞恥でうずくまったか?
しかし土屋は肩を震わせ、顔を上げたかと思うと僕のほうを睨む。
「燈義くんの、バカー!」
そう言って土屋は走って行った。僕は動くことができずただその後姿を見ている。
何がバカだ。お前よりは頭がいい。
なんだか複雑な気分になり丘の上に座って空を眺める。そして十五分ほどたったその時、
ドォン!という音が到来機関内に響き渡った。僕は飛び起きて音がしたほうへと向かう。そこには―
「燈義くん!」
「土屋!」
必死に子供を逃がそうとしている土屋の姿があった。しかしその後ろには電脳種の傭兵が立っている。
今ならまだ…!
「きゃっ!」
しかし土屋の下に一瞬だけ魔法陣が出現し、土屋とともに消えた。そしてそのまま電脳種の傭兵も消えた。
…あー、クソ。
「やってくれるじゃないか…!」
僕は近くにあった壁を殴る。
土屋がさらわれた。