毒女
魔王城に入り、部屋に案内してもらう。
「いきなり危ない目にあった…」
「そうだね。でも未然に防げたし」
俺も成長しているという事だろうか。だんだんと戦い方も上達してきた気がするし、敵の気配を察知できるようになってきた。まず目指すのはギアトさん、そして最終的には百年前の俺、凪川勇也に届かなくてはいけない。
「そういえば、ユウコは別の部屋なのね」
「一人部屋だよね。隣だけど」
ディスベルさんの嫉妬によって悠子と俺は別々の部屋になった。いや、いいんだけどね。むしろ俺からすれば今まで一緒の部屋にいたほうがおかしいんだけど。
「さてと…とりあえず訓練だね」
「ついてく」
俺たちは外に出て訓練所へと向かう。魔族の兵力は有名だからどれだけ強いのか確認したいし。
俺たちが歩いているといろいろな人が騒がしく通り過ぎていく。どうも城全体が落ち着かない雰囲気のような気がする。
「なにかあったのかな」
「暗殺のことじゃない?」
確かに暗殺のことかもしれないけど…でもいろんな人が飾りの確認や料理を運んだりしているから多分違うと思う。まるで重要人物が訪ねてくるような雰囲気なんだけど。
そんなことを考えているとホトさんが走ってきた。
「急ぎ大会場にお集まりください!」
「何かあったんですか!?」
ホトさんの表情が厳しかったので俺は何かあったのかと驚く。ホトさんは荒い息を整えていった。
「ディスベル様の弟、アスルート様がまいります!」
「え!?ということは」
「はい。まいります。お二人の義母、ジューダス様が」
ジューダスって、確かキリスト教の十二使徒のひとりで反逆者、ユダのことだったような…つまり裏切り者ってことか。
俺たちはホトさんと一緒に大会場へと向かう。大会場にはもうディスベルさんとリュートさん、悠子ももう揃っていた。悠子以外厳しい顔をしており悠子も心配そうにしている。
「来ます」
ホトさんがいい、全員の目が扉に注がれる。扉が開き、一人の少年と女性が入ってきた。少年はディスベルさん達を見て笑みを浮かべ、女性は微笑みを浮かべる。
「お久しぶりです。兄さん」
「あぁ…そっちの生活はどうだ?」
「何不自由なく」
ディスベルさんに会えたことが本当にうれしいようだし、ディスベルさんも嬉しそうに笑ってはいるがジューダスさんへの警戒は怠っていない。
「それで、今日はどうした?」
「破壊の勇者について情報の共有をしたいのです」
ディスベルさんの質問に答えたのはジューダスさんだった。
破壊の勇者…美鈴のことだよね。でもこれは教えられない。俺たちが美鈴の仲間だと知れたらどんな噂が流されるかわかったものじゃない。ディスベルさんにはどうしても王座を継いでもらわないと。
「すまないが先に送った文章以上の成果はない」
「そうですか…」
アスルートさんは不安そうに目を伏せる。ディスベルさんの言う通り本当に心配しているようだ。
それを利用しようとしてるなんて…!
ふつふつと怒りがこみあげてくる。その時ジューダスさんが俺たちのほうを急に向いた。
「見ない方ですね」
「ルグルスの戦いで活躍した者たちだ。さらに強くなりたいとホーメウスに来たんだ」
「へぇ~偉い方々ですね」
アスルートさんが俺たちのほうを向く。
「アスルート=デクシーです。アスルートと呼んでください」
「凪川勇也です。えっと…よろしく」
「谷川悠子や。よろしゅう」
「ニュース=べリアよ」
アスルートは丁寧にお辞儀をし、俺たちも礼を返す。
「べリアちゃんのことは聞いているよ。大変だったね」
「大丈夫です。頼もしい夫がいますから」
そう言ってべリアちゃんが俺に抱き着いてきた。アスルートは安心したように笑った。そしてこの場にいる全員の目が俺に向く。その目は俺を見守るものではなく、どちらかと言うと蔑むような…
そしてディスベルさんが言った。
「お前は、あれか。恋愛対象に子供を入れるのか?」
「入れませんよ!」
俺は断じてロリコンではない。
ディスベルさんの言葉と俺の突っ込みでその場は和み、二人はそのまま退室した。とたんに全員の気が抜ける。
「どうだった?あった感想は」
「不審な点はありませんでしたけど…」
「そんなことあらへんよ」
悠子が呟く。
「あそことあそこ、ここも調べてくれへん?」
悠子は部屋の各所を指さす。そこをホトさんが調べると、なにか箱のようなものがあった。
「それは?」
「爆弾ですね。遠隔操作型の魔力爆弾」
全員が息をのむ。幸い起動スイッチが入る前にホトさんが処理し、無事に済んだもののあのまま爆発していたら間違いなく無事じゃすまなかっただろう。
「よくわかったね」
「ジューダスさんがあの時間で三回も同じ場所を見たんよ。だから何かあるのかと思って」
「助かった。さすがはオレの妻」
ディスベルさんの言葉に悠子は赤くなる。
それにしても、随分と大胆に行動してくるようになったよね。今まではこんなことはなかったんだろうし、相手もかなり焦っているってことかな。
「今度から注視しなくちゃな」
こんな時美月のスキルがうらやましいよ。
俺たちは一応大会場の部屋の隅々まで調べ、これ以上危険がないと分かるとその場を後にした。そして部屋に戻り椅子に座って机に向かう。
「さてと、まずは状況の整理だね」
紙を用意して関係図を書きだす。
ディスベルさんとアスルートが王座を争っておりアスルートのほうには世界侵略を目論むジューダスさんがおり、ディスベルさん側には俺と悠子とべリア。そしてリュートさんやホトさんを始めとする支持者たち。どうもアスルートには王座に対する執念というよりはディスベルさんに対する勝負心というものがある気がする。負けず嫌いなのだろうか。
でもこの戦力が集結する中で一日に二回も急に暗殺を仕掛けてきたのはなぜだ。一回目が失敗し警戒されているのに、戦力の差を知ったはずなのに二回も暗殺を…
「まさか…」
俺は立ち上がり、ディスベルさんの元へと急ぐ。ディスベルさんは自分の部屋にいた。
「どうした?そんなに焦って」
「ディスベルさん。大会場のセッティングは誰がしましたか?」
「誰って、執事やメイドだよ」
「その中に、ジューダスさんの意思とは関係なくディスベルさんを暗殺しようとしている人がいるかもしれない」
ディスベルさんは目を丸くした。でもこれ以外思いつかない。
誰も知らないところで、何かしらの意思が動き始めているのかもしれない。