電脳
ん?いまどこかから凪川たちの叫び声が聞こえた気がするが…気のせいか。
僕たちはフォーラスの案内の元コーホジークに向かっている。しかし馬車ないには一切の会話がなく土屋が無言の空間に耐えられずおろおろとしている。
それにしてもこの馬、これも電脳種の一種なんだよな。
「不眠不休で動き続ける馬…」
車ほどの速さはもちろんないもののガソリンなどの燃料を必要としないのはいいことだ。どうせなら自動車型電脳種でも作ってくれれば便利になるだろうに。
というか、こいつらに人権なんてものがあるのだろうか。そもそもフォーラスを見る限り感情があるかどうかも分からない。
「到着いたしました」
「到着?」
馬車が止まったのは開けた草原だった。見渡す限りは草と木々以外特に何もない。僕たちはフォーラスに続いて馬車を降りる。
どう見ても何もないが、ここに都市でも出現するのだろうか。
「それでは皆さん、上をご覧ください」
「上?」
僕たちはフォーラスに言われるがまま上を見上げる。
遥か上空から何か僕たちのほうに降下してきている。目を凝らしてみてみるとそれはどんどんと大きくなっていき、ゆっくりと降下してきてその姿を現した。
「大きい!?」
土屋が驚きの声を上げる。僕たちの真上に巨大な船が降りてきた。
船に乗り込むと乗組員らしき電脳種の巨大な犬が僕たちの荷物を預かって行った。辺りを見回してみると人間型もいるがどちらかというと動物型、特に犬型が多い。フォーラスによれば「船の上は動くことが多いから俊敏な動物型が多い」そうだ。
「それで、コーホジークにはどれだけかかるんだ?」
「いえ、もう着いております」
「着いてる?」
そう言ってフォーラスは扉を開ける。その先には小さな町があった。どうやら見えていないだけでこの船はかなり大きなものらしい。
成程。空中都市ってところか。
「我々電脳種は船の上に街を創り、そこで生活しております。そしていくつかの船が集まりコーホジークという国になります。故にここはコーホジークなのです」
「へー」
土屋が感心したように声を上げる。
「ということは、コーホジークで暗躍している組織も船に乗って移動しているということか」
「はい。組織の名前は船の名前をそのまま使い『到来機関』と名乗っています」
「到来機関、か」
本当の意味での到来は一年後何だが、何の皮肉だよ。
僕たちは用意された一軒家に案内され、その家に入りリビングへと案内される。リビングには僕たちの荷物が置いてありソファーやキッチンなど一通りの家具は揃えてあった。僕たちはソファーに座りフォーラスは僕たちの前にスクリーンを用意し、そこに映像を映す。
「これが到来機関の初の犯行時の映像です」
映し出されたのは燃え盛る街と落ちていく船だった。街には犬や蛇などの動物型の電脳種や武器を持って交戦している電脳種もいる。たいていの電脳種は船の外に逃げているがそれでも死んで消える電脳種も映っていた。それを見て土屋が少し辛そうな表情をする。
「犯行が起きたのは半年前、襲われた船『ハンモック』の乗組員は約七百人。生き残ったのは四百人弱です」
「そんなに…」
「その船には何が乗っていたのですか?」
「武器です。銃や剣など様々な種類の武器がありました」
フェルの質問にフォーラスが答える。敵は戦力を整えて次の攻撃に移るつもりか。
「フェル、この船はどれだけの戦力があったら落とせる?」
「最低でも五千人は兵力が必要ですね」
五千か。フェルは戦争に詳しいから多分、間違ってはいないだろう。それはフォーラスも他の電脳種も分かっているはずだ。
「それで、僕たちは何をすればいい?」
「敵の狙いはアーキアです」
だろうな。
フォーラスはリビングの隣の部屋に通じる部屋の扉を開ける。そこには何十冊かの本があった。おそらくアーキアやリマスターに関する本だろう。僕は立ち上がりその内の一冊を手に取りパラパラと頁をめくる。
これは…歴史認識の違いや暗号の解読の違いまで様々な角度から検証している。これじゃ何が正解なのかわからない。
「あなたには我々の知らない知識がある。もしかしたらアーキアの場所も突き止められるかもしれない」
「ま、頑張ってみるがね」
フォーラスは一礼して部屋を出ていき、家からも出て行った。僕とフェルは本を手に取って読み進める。
それにしても書いてあることが見事にバラバラだ。アーキアの正体が生物兵器説や病原菌説や電脳種の欠点である磁気を操る兵器であるという推測も立てられている。
しかしそれらの推測はただ一つの確証を基に組み立てられたものだった。
「アーキアが造られたのは百年前の戦争中だってのは確実なんだな」
「そうですね。だから仮説が物騒なものになっているのでしょう」
「もしこんなものが存在して、敵が手にしたら…」
全滅は免れないだろうな。いくら僕たちでも対処できないことはある。いくら創造主の加護があると言ってもこの程度で死んでしまっていては見捨てられるだろう。僕ならそうする。
「どうですか、トーギさん」
「いくつか思い当たる節はあるが…仮説が多すぎて当てはまるものが多すぎる」
せめて仮説を絞れればいいのだがそんなことはできないだろう。だったら僕たちがまずすることは決まっている。
「仮説を立てるしかないな」
「そうですね」
本を読み漁って知識を集め、僕の知識と合わせて新たな仮説を立てるしかない。それもできるだけ確実で、だれもが納得するような証拠とともに。
「あれ?私、いる?」
「いる。僕たちの食事の用意とか来客の受け答えのために」
おそらく本に埋もれることになるから手伝いの役割はありがたい。
土屋は不満なのか僕に文句を言っているが僕は無視して本を読み進める。