部隊
援軍の到着まで後、一日。正直待っている時間はない。一刻も早く確認しないと取り返しのつかないことになるのかもしれない。
だが占領しようにも今の戦力じゃ可能性はゼロに近い。それに、人間領を狙っているのだとしたら破壊の勇者軍と戦いになる可能性が高い。
つまり僕たちが選択できることは、待つこと以外にない。
「でも、それじゃ手遅れになるのかもしれないんだろ?」
「可能性大だな」
凪川と谷川を僕の部屋に呼び、それについてきたべリアを加えて僕は会議の結論を話した。全員暗い顔になり、何か方法を考えようとしているが特に何も浮かばないようで苦い顔をしている。
「二人は人間領について詳しいの?」
「地図を見たりはしたけどおかしなところはなかったよ」
土屋の質問に谷川が答える。
というより、ロキが封印されているところを地図に示すなんて愚かなことはしないだろう。
「となれば知っているのは愚王か…」
愚王を捕まえて問い詰めれば早いのだがそのためには人間領に行かなければいけない。もう一つ、創造主という選択肢もあるが連絡が取れないし向こうから連絡してくるとも思えないので選択肢としては却下だ。
これも導きの一つなのか?
「いっそ内緒で乗り込む?」
「してもいいが破壊の勇者軍と鉢合わせれば僕たちだけで戦うことになるぞ」
僕の反論に凪川は何も言えなくなり、僕は再び考える。だが特に思いつかない。こればかりはトーレイを頼るわけにもいかないし、もちろん他の奴らも同様だ。一番自由に動けるのは、僕たちだ。リュートやフォーラスは代表者なので自分の主が指示しない限り動けないし、タマモは国内のことで精いっぱい。動かせるのはエルフの義勇兵と守るものがない小妖精、つまりべリアとギアトだろう。
「乗り込む…か」
「その案なの?」
「それぐらいしか思いつかないんだよ」
先手を取るなら乗り込むしかないが…夜襲でもかけるか。三国志みたいに頭に羽でもつけて少数精鋭で突撃でもするか。…いや落ち着け。乗り込むにはリスクが大きすぎるんだ。迅速かつ確実に遂行しない限り勝ち目はない。
「ダメだー…」
土屋が頭を抱える。全員が諦めかけていた時、フェルが口を開いた。
「乗り込みましょう」
「フェル…?」
フェルの言葉に僕たちがフェルを見る。フェルは落ち着いた様子で僕たちを諭すように言った。
「リスクを恐れていては成果は上げられません。それに、我々には創造主の加護があります」
フェルの凛とした言葉に僕はため息をつき、土屋を見た。土屋は驚きつつも嬉しそうにフェルを見ている。
土屋の奴、フェルに何か言ったな?ま、それがいい方向に向いているからいいのだけれど。
全員の目線が僕に集まる。僕はため息をつき、首を縦に振った。
「部隊を募り、人間領に進行する。決行は十二時。各自準備を怠らないように」
全員が頷き、部屋を出ていく。残ったのは僕と土屋とフェル。フェルはいつも通りの無表情で、土屋はフェルの頭をなでている。
タマモに言っておいたほうがいいな。
僕は部屋を出て、タマモがいる天守閣に向かう。
天守閣にはタマモとトーレイがいた。
丁度いい。トーレイにも声をかけようと思っていたんだ。
「やぁ、トーギ。久しぶりだな」
「呼びかけに応じてくれてありがと」
トーレイが僕に挨拶をする。トーレイに続いてタマモも僕のほうを向いた。その顔はいつになく真剣で、僕の言いたいことを見透かしているようだ。
「さっき、人間領に夜襲をかけることを決めた」
「…容認すると思う?」
「してもらう。このまま待っていたら手遅れになる」
タマモが僕を睨む。一国を預かる領主の眼力は強く、僕は少したじろきそうになるものの何とかタマモの目をしっかりと見る。
「トーレイ。手伝ってくれ」
「構わない」
トーレイが即答する。タマモはトーレイをちらっと見て、僕のほうに詰め寄ってきた。無意識に後ろに下がろうとした足を何とか思い止め、その場にとどまる。タマモは僕の目の前に来て、行った。
「誰かが死んだら、責任が取れるの?」
「ここからはもう自己責任だ」
僕の言葉にタマモはため息をつき、右手を上げた。僕は避けることなく、声を上げることなくそれを受け入れる。
パンッと音が響き、タマモが僕の頬を平手打ちした。
「生き物はね、誰もが死を恐れるの!そして死んでしまったら家族にも会えないし、家族の生活すら危うくしてしまうの!あなたに覚悟があっても全員に覚悟があるわけじゃない!自分の考えだけで死ぬかもしれない場所に送り込むわけにはいかないの!」
「それでも手遅れになればもっと大勢が死ぬんだよ!」
僕も怒鳴る。僕とタマモはにらみ合う。
タマモが言っていることは正論だ。どちらかと言えば僕が間違っているのだろう。成功率は低く、タイミングが悪ければ全滅だってあり得る作戦だ。承認するほうがおかしい。
でも譲れない。譲っていいことじゃない。
「ロキが復活すれば世界の危機なんだよ!」
「そんなの分かってるわよ!」
「だったら僕の作戦に賭けろ!」
「戦いはそんなに甘いものじゃない!先の戦争じゃ前線にいなかったからわからないでしょうけど五千人は死んだのよ!」
さすが、一国を預かる領主の言葉は重い。
でも僕の言葉だって、僕の覚悟だって軽いものじゃない。
「生憎だが僕の何度も死にかけてるんだ!誰かを失う恐怖も嫌ってほど味わってるんだ!自分だけだと思うな!自分だけが知っていることだと思うな!」
僕は知っている。人を殺すことの恐怖を知っている。
だって、僕はもう人殺しなのだから。僕の母親は、僕が殺したのだから。
「恨むなら恨め!それでも、僕は譲れないんだ!」
僕はタマモを睨み、タマモは目を閉じてため息をついた。そして今度は僕の腹を殴った。僕は吹っ飛び、畳の上に倒れる。
痛い…けど―
「一つ、言っておく」
「…なんだ」
「誰かが死ねば、お前はその死を背負い、その死はお前を苦しめる。それでもいいのか…?」
タマモの問いかけに、僕ははっきりと答える。
「上等だ。僕が傷ついてやる」
もう十分傷ついている。傷が増えたところで何も変わりはなしない。
タマモはため息をついてどこかに行ってしまった。トーレイは僕のほうを黙ってみている。
誰も死なせないなんてことは、多分無理だ。だからその責任は、その傷は僕が背負う。
僕はトーレイを見る。トーレイは頷いた。
決行は十二時。運命が決まる。