開戦
打って出るか籠城するかという選択は言うまでもなく戦争の勝敗を左右することである。だからこそ会議の場を設けて話し合うべきなのだが、状況的にこちらが不利なためなかなか決断ができない。
もしも人間のみが攻めてきたのなら簡単に決断できたのだろうが、今は人間だけではない。破壊の勇者の元に下った獣人もいるし、もしかしたら電脳種やエルフ、魔族もいるかもしれない。
それになにより、破壊の勇者が魔物を配下においていたとすれば迂闊な行動はできない。もし打って出たら背後を突かれてルグルスを占領されることは十分に考えられるし、籠城しても落とされる可能性は十分にある。
正直、チェックメイトされる寸前だ。ここから巻き返すには援軍が必要だが…
「援軍か…頼んでみるか」
「あてがあるの!?」
僕の言葉にタマモが反応し、他の全員が反応する。
確かに援軍のあてはあるものの来てくれるという確証はない。だが、これに賭けるしかない。
「ハヤノとキクウを借りるぞ」
「この状況を打破できるのならご自由に」
タマモが手を叩くと扉の向こうで待機していたキクウとハヤノが入ってくる。僕はキクウとハヤノに作戦を伝え、スキルを使ってもらった。
ハヤノのスキル、『記憶転移』は誰かの記憶を他の誰かに見せるスキル。そしてキクウの『生霊写し』は個人の情報を知っている場所に飛ばすスキル。この二人がいればどれだけ遠距離にいようと連絡が取れる。
たっぷり三十分ほど使い、二人に礼を言ってスキルをやめてもらう。
「どう?」
土屋が僕に質問する。僕はため息をつき、首肯した。
そして、僕たちが打って出ることが決まった。
深夜、明日の昼頃から始まるという戦争のことを考えると眠れない僕はまだ補修中の城の庭を歩く。今日は月がとても輝いている。
「戦争か…」
この世界の情勢を知ったとき、いつかは経験するのだろうという予感はあった。だがいざとなってみると自分の置かれている状況が現実離れしていて夢なんじゃないかと思えてくる。
いや、現実を認識しなければ…明日は戦争。これが僕の置かれている状況だ。
生き残りたければ、戦え。
よく小説で出てくるセリフだが、実際に考えることになるとは夢にも思わなかった。
まぁ、今までアペピとかと戦ってきたから命がけの戦いなんて今更のような気がするが。
「やぁ」
「凪川か」
「眠れないのかい?」
「あぁ」
どうやら凪川も眠れなかったらしく庭を散歩していたようだ。
「浅守」
「なんだ?」
「戦争になれば、俺は人を殺す」
凪川は僕に、宣言した。僕はその宣言を聞いて特に驚くこともなく、「決意したのか」と思うだけだった。
凪川は悲痛な表情を浮かべる。
「浅守」
「なんだ?」
「戦争では人を殺す。これでいいんだよな」
「ダメだと言われれば、素直に殺されるのか?」
僕の質問に凪川は首を横に振った。
だろうな。誰だって死にたくはない。僕も凪川も、戦争に参加する誰もかれもが死を望んではいないだろう。
「生きたければ殺す。地球でもよくあったことだ」
「そうかな」
「そうだ。成功のカギはどれだけ他者を蹴り落とせるかにある」
やり方は違っても本質は同じ。学校の試験や受験、就職。恋愛や結婚に至るまでどれだけ他人を蹴落とせるかによって決まることばかりだ。
そして時にそれは、誰かを死に追いやることもある。
「ひどい現実だね」
「今更だ」
凪川は肩を竦め、どこかに行ってしまった。僕も部屋に戻って寝ることにした。
明日の昼、戦争が始まる。
太陽が空の高い場所で輝いている。そんな、気持ちのいい晴れの日にルグルスは重苦しい空気に包まれている。もうすぐ戦争が始まる。ルグルスの兵士も僕たちも人間が行軍している方角をじっと見ている。
未だ伝令からの連絡はない。もしかしたら今日は攻めてこないかもしれないと一瞬思った。
しかし、やはり現実は甘くない。
「伝令!伝令!」
上空から烏型獣人が降りてきて僕たちに伝令を伝える。
「人間の兵を確認!数はおよそ二万!」
「二万人…」
二万と言う言葉に土屋と谷川が息をのむ。こっちの兵士はゴーレム騒ぎの時に死傷して大体一万弱。数の上ではあちらのほうが有利か。
「それで、魔物の姿は?」
「今のところありませんが、電脳種や獣人族の姿はありました!」
やっぱり人間だけじゃなかったか。小妖精は戦争よりも武器や防具をつくるほうが専門だから戦争には参加してないとしても結構厄介だな…
「見えたよ!」
土屋が叫ぶ。大地の向こうからガシャガシャと鎧の音が聞こえてきて二万の軍勢が姿を現した。鳥形の獣人族もいるらしく、空を飛んできている者もいる。
圧巻だな。
「それでは、我々も行きましょうか」
タマモが号令をかける。僕たちは前に進む。
「燈義くん!」
「大丈夫だ。勝てる」
心配そうな土屋を慰め僕と凪川は前に進む。土屋とフォーラスは城壁で戦場全体を確認し、指示を与える役目があるのでここで別れることになる。僕と谷川は後衛で魔法で援護したり回復に努める。
「ユウヤ!ギアト!頑張って!」
「任せて!」
「すぐに終わらせてまいります」
べリアの応援をうけ凪川は笑顔で返し、ギアトは丁寧に一礼する。
リュートとギアトとタマモ、そして凪川は前線で戦うことになる。最も危険な場所だが、凪川の顔に不安はない。
「死なないでね」
「お前もな」
凪川とすれ違い、僕たちは短い言葉を交わしてそれぞれ進む。
両軍が二百メートルほど近づいたところでお互いに足を止めた。
「一応聞くけど、これって戦争よね」
タマモが人間軍に問いかける。人間は持っていた剣や槍を天に向かって突き立てる。
戦う気満々だな。
「なら、是非もないわ」
タマモは草薙の剣を抜いて、人間軍のほうに向ける。
「開戦よ!!」
「「「「おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」
地面が揺れるかと思うくらいの叫び声をあげ、両軍が同時に走り出す。
戦争が、始まった。