不覚
長身の男はサーベルを構え、僕たちのほうに突っ込んできた。僕はそれを避け横腹に蹴りを入れる。しかし男はのけ反っただけですぐに戻り、にやりと気持ちの悪い笑みを浮かべて殴ってきた。ギリギリでそれを避けようとするものの避けきれず顔をかすめる。
「あはは!」
嬉しそうに笑う男に周りの野次馬すら嫌悪を覚えたようで一斉に逃げていく。残ったのは僕と土屋、そして少しの野次馬のみ。
痛覚遮断魔法…というよりは麻薬中毒に近いな。見た感じ人間だし、愚王の奴何か仕掛けたのか?
というかここで動くかよ。人間。完全に予想外だぞ。
「燈義くん」
土屋が僕の判断を待っている。僕はため息をつく。
できれば御免こうむりたいが。
「…臨機応変に動くのも試練のうちだ」
全くもって気は進まないが戦うしかないのだろう。体力もだいぶ回復したし、戦うしかないのだろう。
問題はこの後に待っているのだろうが、今は目の前にことに集中しよう。
「土屋逃げろ!僕が時間を稼ぐ!」
「うん!」
男はまだ気味の悪い笑みを浮かべている。僕と土屋は一瞬のアイコンタクトのあと左右に分かれて走り出す。男は僕のほうに狙いを絞ったらしく僕のほうに突っ込んでくる。僕は落ちていた刀を拾って抜き、男のサーベルを受け止める。
男は後ろに下がり片手を前に出してファイアボールを撃ってくる。僕はファイアボールで相殺し、男と距離を取って魔法で牽制するがそれも相殺される。
魔法の実力は同じか…勝負が長引くと不利だな。
「ひひっ」
随分と楽しそうに男は笑い、サーベルを振り回している。
さてと、それじゃ幕引きだ。
「終わりだ」
僕はセットウィンドを使って距離を詰め、刀を振るう。男のサーベルと僕の刀がぶつかり風が巻き起こり砂を舞い上げる。男は目に砂が入ったようで少したじろいた。その隙に僕は男の片腕を斬って落ちたサーベルを足にさす。男は地面に倒れ、何もできないようにもう一方の腕も切り落とし刀を足にさす。
一応死んではいないから体が消えることはない。とはいえ切断された両手が元に戻ることはないのだけれど。
「油断したなぁ!」
男が意地の悪そうな笑みを浮かべ、僕の背後の建物の上を見る。そこには二人目の刺客が潜んでいるようだ。
しかし、そんな陳腐な作戦が通用するほど甘い経験は送っていない。
僕がその刺客に目を移すよりも早くその屋根が爆発した。屋根に乗っていた二人目の刺客は防御を取ることもできず空中に放り出され地面に叩きつけられる。
「甘いんだよ」
僕は逃げようとする刺客に向かってウィンドスピアを放ち、足を抉る。二人目の刺客は転倒し足を押さえてうずくまっている。
僕は屋根に穴をあけた土屋のほうを見ると、土屋はにっこりと笑って僕に向かってピースをした。
二人の刺客をどうしようか決めかねているとすぐに十手を持った獣人族が来て引っ立てて行った。
ここまで江戸時代に則しているとなんだか気持ち悪く思えてくる。
「とにかく凪川たちと合流しよう」
「そうだね」
凪川たちも襲われているのかもしれない。あいつらなら問題ないだろうが油断したところを背後から不意を突かれることも十分あり得る。凪川たちを探すために人ごみをかき分けて進んでいると先のほうで爆発が起こった。
あそこか!
僕たちの足は速くなる。その場所に行ってみると凪川たちがいて、抉れた地面の先に黒こげになった刺客らしき物体と谷川の拘束魔法にはまっている刺客がいた。
「派手にやったな」
僕が呆れた声を出すと凪川たちはこっちを見て安堵の表情を浮かべる。しかし事態は安堵できるものではない。
おそらくあの愚王は僕たちに仕返しをするために破壊の勇者と組んだのだろう。
「戦争か…」
「かもな」
凪川のつぶやきに全員が暗い顔をする。ここには人間とアトランティス、そして破壊の勇者以外の種族の代表が揃っている。そんな状況下に人間が攻撃を仕掛けてきたのならおそらく戦争は、世界大戦は免れない。
しかしそれ以上に危惧しなければいけないことがある。
ラグナロクだけは、絶対に回避しなければいけない。
「休んでいる暇はなくなりそうだな」
「そうだね…」
土屋がため息をつく。僕たちは事の整理をするために城に戻ることにした。
城は右往左往していて誰もかれもが大忙しのようだ。あちらこちらから怒号が飛び交っている。
「至急!会議室へ!」
せわしなく動いているお手伝いさんにそう言われ、僕たちは会議室に移動した。
会議室にはもう全員座っていて重苦しい表情をしている。
「会議の内容は分かっているわね?」
「さっき襲われたからな」
僕と土屋はフェルがいる席に座り、凪川たちはべリアに誘われてべリアの近くに座る。
重苦しい空気が漂う中、最初に言葉を発したのは意外なことにべリアだった。
「あの刺客はやはり…」
「そうよ。人間の手の者だったわ」
タマモがいつになく真剣な顔で僕たちを見据える。
「それでは、戦争を、なさるんですか?」
「そうね」
べリアの質問にタマモは即答する。予測はできていたものの故郷を蹂躙されたばかりのべリアは少し顔を青くして凪川の手を掴む。凪川もべリアの手を優しく握り返した。
「現に人間は、もう行軍を開始しているわ」
「戦争は避けられないか…」
刺客が送られた時点でそんな気はしていた。おそらくあの刺客は斥候。街の様子などを見てあわよくば戦力を減らすために送り込まれたものだろう。
「人間はまっすぐルグルスに向かってる。魔族と電脳種に軍を派遣するように要請しているところよ」
もうある程度の手は打ってあるようだ。
エルフの増援は期待できないか…まだ復興も済んでいないだろうし一番人間の国と近い。王都の軍事力を割くわけにはいかないのだろう。それに、あの森に魔物が住んでいる可能性も十分にあるのだからな。
「増援は後何日ほどで?」
「早くて三日。しかし人間は二日後にはここルグルスに到着するだろう」
リュートが質問に答える。つまり一日はこの戦力でルグルスを守り抜かなければいけないというわけだ。
そしてそれに必要なのは、これからの作戦。
「さて、諸君に問うわ」
タマモはいつになく真剣に、僕たちに質問を投げかける。
「打って出るか、籠城するか、それを決めたいの」