不意
試練を終え、僕たちは城へと帰る。転送魔法の準備をしている間僕たちはオアシスの湖の畔でくつろいでいる。しかし心なしかフェルの表情がすぐれない気がする。いつもの無表情なのだが、どうも不安がにじみ出ている気がする。
けれど、こいつは大抵のことは僕に報告するはずだ。それを報告しないとすれば僕の勘違いか、もしくは僕たちの手に余る事態が起きているのか…前者であって欲しいものだ。
「フェルちゃん」
「はい」
「今までどこにいたの?」
「少し、雑務を」
土屋がフェルに聞いてみても特に変わりはない。雑務というのが気になるが無理に聞こうとするのは無理だろうし、フェルは僕たちのことを第一に考えるような奴だ。心配はないだろう。
「しかし…疲れたね…」
「本当に…」
凪川と谷川がため息をつく。べリアはもう凪川の膝の上で寝てしまっている。
どうでもいいが、ギアトの視線がドンドン険しくなっていくんだが…また明日から修行が大変だな。
…明日、か。
「?どうしたの?」
「いや、ちょっとな」
僕が立ち上がると土屋が不思議そうにこちらを見てくる。僕は適当に返事を返して湖を離れ、タマモのほうに向かう。
タマモは転送魔法陣が生成されているのをボーっと見ている。
「手伝わないのか?」
「魔力を送っているのよ」
僕が来たことを疑問に思っている様子はない。タマモは僕が来ることを分かっていたかのように転送魔法陣を創っているリュートたちから少し離れた場所にいる。
それじゃ、聞くとしよう。
「単刀直入に聞くが、どうして昨日今日と破壊の勇者が動かないと分かったんだ?」
「…スキル、と言えば信じる?」
「生憎、実証されないものは信じないことにしているんだ」
タマモは飄々とした様子で僕を一度見て、目をそらした。
「悪いけれど、言えないわ」
「それはフェルにも関係があることか?」
「どうかしらね」
タマモは話をはぐらかして答えようとしない。フェルも同じ状況下にあるのだろうか。どちらにせよ力ずくで聞き出すのも無理そうだし、魔法が効くとも思えない。ここは大人しく引き下がるとしよう。
タマモはともかくフェルは僕たちの害になるようなことはしないだろうし。
「信じてくれた?」
「まさか」
信じてはいないが従うしかない。どちらにせよ僕に打てる手はない。
「転送できそう。みんな呼んできてくれる?」
「あぁ」
僕はその場を後にする。収穫はほぼ皆無であったもののなかったわけではない。少なくとも破壊の勇者はまだ動かないらしい。
だったら今のうちにできることをしておこう。
僕は土屋たちを呼んで、転送魔法陣の上に乗る。景色が変わり転送が完了した。
戻ってみれば城の再建がほとんど終わっていた。魔法があるからってこうも早く終わるものなのかと感心する。しかしまだ内装はしっかりしていないようなので城に戻るのはまだらしい。
修行の跡は休憩も必要と言うことで僕たちはルグルスの街を散歩することにした。フェルとタマモは色々とやることがあるらしく召喚組+べリアで街を見て回ることにした。
ルグルスの街は整備されていて、家などは屋根が低い。見れば見るほど時代劇のような街並みだ。
「タイムスリップしたみたいだね」
「確かにな」
まぁ地球には頭に動物の耳をはやした人間なんていなかったけどな。
けれど、これも地球が基盤となって創られた街なんだよな。
「ユウヤ!お団子食べたい!」
「お団子なんてあるの!?」
凪川が驚きの声を上げる。べリアの指さす先には確かに『お土産』と書いた看板の横に書いてあるメニューにお団子と書いてある。しかも団子だけじゃなくて大福と煎餅まで売っていた。
どこまで和を重視してるんだ。本当に日本みたいじゃないか。
僕たちは店によって全員で団子を買ってみた。見た目と匂いは普通のみたらし団子。食べてみても慣れ親しんだ味が口いっぱいに広がる。
うん。団子だ。完璧に団子だ。
「まさか異世界でお団子が食べられるとは…!」
谷川が驚いている。
確かに今までスープとか飲んできたから団子があってもおかしくはない。
「大福とか煎餅も同じなのかな…」
「同じなんだろうな」
団子を食べ終わり、僕たちは再び街を歩く。
と、ここで谷川がある提案をする。
「二手に分かれへん?」
「何で」
「だって勇也とべリアちゃん、二人っきりにしてみたいやん」
何の臆面もなく言い放った言葉に当の凪川とべリアが反応する。べリアは嬉しそうに首肯して、凪川は困ったように僕と土屋を見るが僕も土屋も答えることはない。
結果、べリアに押されて二人っきりになることになった。
凪川とべリアが人ごみに入っていき、谷川が後をつけていく。残ったのは僕と土屋。
「行こ」
「そうだな」
僕と土屋は歩き出す。
そういえばあの夜のこと、まだ何もわかってないんだよな。百年前ってのもよくわからないし。
「土屋」
「?何?」
「…いや、何でもない」
土屋はあの夜のこと覚えていないようだ。だったら聞くのも無駄だろう。
「燈義くん!刀が売ってるよ!」
「本当だ」
土屋の指さす先には刀が売っていた。きらりと光る刀身が本物だと主張している。
ここには銃刀法とかないのか。お侍しか刀を持ってはいけないんじゃないのか?
「かっこいいねー…」
「買うなよ」
「買わないよ!木刀じゃあるまいし!」
土屋は京都とかに修学旅行に行ったら木刀を買って帰るタイプだ。現にいま結構ほしそうに見ている。
やっぱり買いたいだの言われたくないので早く立ち去ろうとする。
殺気を、感じた。
土屋も僕も後ろを振り返ると、そこにいたのは一人の人間の男性。細見長身で年齢は三十代と言ったところだろうか。
男は腰にさしてあるサーベルを抜き、次の瞬間には僕の目の前に迫っていた。男のサーベルの一閃を避け、土屋と一緒に距離を取る。
タマモの特訓…かどうかはとりあえず捕まえてみないことにはわからない。僕と土屋は相手を見据える。
戦闘開始。