選定
一体どれだけ人が死んだのだろう。悠子ちゃんの杖は今預けさせられているので私は簡易式の結界を部屋の入り口にかけてべリアちゃんたちと部屋にいた。外からは沢山の爆発と戦闘の音が鳴っている。
「大丈夫…」
私は自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
退路も確保した。燈義くんに言われた通り少しの間なら持つはず。あとは助けが来ると信じて待つだけだ。
「落ち着いてるね…」
悠子ちゃんが力のない笑顔で私に話しかけてくる。実際、私はべリアちゃんや悠子ちゃんよりも落ち着いていた。私と燈義くんは悪神問題や教皇のクーデターに巻き込まれたりして結構な修羅場を潜り抜けているのでこういう状況でも冷静でいられるのかもしれない。
「べリアちゃん、大丈夫?」
「大丈夫です!」
べリアちゃんはにっこりと笑って見せた。でもその笑顔は少しだけ無理をしているように見える。きっと強がっているのだ。ヒュガスの時も何もできなかったから今回も何もできないと思われたくなくて、心配をかけたくなくて無理に笑っているのだろう。そんなべリアちゃんが可哀想に思えた。
「ねぇ、べリアちゃんってさ―」
『ドン!』
何か気を紛らわせようと話題を振ろうとしたら部屋の扉が叩かれた。私たちは声を殺し、とっさに動くことができずに扉のほうを見る。
『ドンドンドンドンドン!!!』
扉をたたく音がだんだんと大きくなり数も増している。これはまずい。一刻も早く逃げなくては。
私は退路として用意してあった下の階へ降りられる階段がある床のふたを開けようとして、その熱さに手を離した。
「どうしよう…」
熱いってことはこの下は火事か何かだということだ。そうなればここから逃げ出すことは不可能だろう。扉ももう持ちそうにない…
「何かないかな!」
部屋の中を見回しても脱出できそうな場所も武器もない。そうこうしている間にも扉は衝撃で揺れ始め、べリアちゃんも目にたまった涙をこぼし始めた。そして―
『ドォン!』
扉が破られ、たくさんのゴーレムが入ってきた。大体二十体くらいだろうか。廊下にも溢れていてこの中を逃げ切るのは不可能みたいだ。だからこそ私は、迫ってくるゴーレムの前に立つ。
「ウィンドスピア!」
初心の書を開いて魔法を放ち、ゴーレムを倒していくが数が多すぎる。
なんとかして二人だけでも!
「きゃ!」
ゴーレムが剣を振り上げ、私避けようと後ろに倒れる。ゴーレムの剣は空振りして床に刺さった。しかしゴーレムの追撃はやまない。すぐさま別のゴーレムが私に向かって剣を振り上げる。
「あ…!」
死んだ。ゴメンね…
私は冷静に分析して、覚悟を決めて目を閉じた。
………衝撃が来ない。どうしたのかと目を開けるとゴーレムの心臓部には穴が開いていてゴーレムは後ろに倒れた。私は後ろを振り返り、緊張の糸が切れて我慢していた涙があふれ出した。
「生きてるか?」
そのにいたのは紛れもなく、燈義くんだった。
フォーラスに土屋たちがいる部屋へ案内してもらい、床を突き破って何とか部屋の中に入り攻撃しようとしていたゴーレムを倒した。ゴーレムの前で尻餅をついている土屋は僕を見て泣いている。
生きてはいる。しかし油断はできない。ゴーレムはまだ十数体はいるし奥のほうに鎧を着たようなゴーレムまでいる。
「凪川!」
「分かってる!」
僕と同じように上に上がってきた凪川は剣に光を集めてゴーレムにぶつけた。ゴーレムは吹き飛ぶ。タマモやフォーラスも応戦を開始する。
「危ない!」
凪川は泣いているべリアの後ろに立ち上がったゴーレムを見てすぐさま間に入り、ゴーレムの剣を受け止め、魔法で吹き飛ばす。
「ホーリーバースト!」
ドン!とゴーレムの体が砕け散った。凪川はべリアに向かって笑いかけつつ起こそうと手を伸ばす。しかしべリアは足をひねったようでうまく立ち上がれない。
「凪川。一体行ったぞ」
凪川へと銀色のゴーレムが迫る。凪川は剣で切ろうとするも、ゴーレムは堅く切ることができない。
「くっ!」
振り下ろされた剣を身体強化した腕で受け止めてべリアに当たるのを防ぐ。しかし防ぎきれず、凪川の腕に剣が刺さる。凪川は痛みに顔をゆがめるものの、べリアを抱えて後ろに跳んだ。
「大丈夫ですか!?」
「はは…大丈夫だよ」
心配そうなべリアに凪川は笑って見せた。それでもやはり痛そうで、べリアは己の無力を呪うように目を閉じる。
「お願い…!答えて!」
べリアが叫ぶ。とたんにべリアの体から光が発せられ、べリアの胸から一本の剣が出てきた。
あぁ、あれがデュランダルなんだ。やっぱり聖剣は勇者が使うんだな。
「使ってください!」
「分かった!」
凪川は急に出てきた剣に戸惑いつつも剣を取り、襲ってくるゴーレムを切り付けた。ゴーレムは先ほどの堅さが嘘のように簡単に斬れる。
「すご…!」
凪川は目を見開き、少し笑った。
よし。これなら何とかこの状況を切り抜けられそうだ。誰もがそう思った矢先、大きな地震が起こった。
「遅かったか…!」
タマモが憎々しげに外を睨む。その方向には空へと昇る一本の大きな黒い柱のようなものが見えた。そして僕たちは理解した。
この戦争、ここからが本番なのだと。これから血で血を洗う最悪の状況が起きるのだと全員が理解した。