神剣
ドォン!と中庭から音が響き凪川の叫びも聞こえる。昼の決意により心機一転して奮起した凪川は同じ剣を扱うギアトに弟子入りし、青空の下ものの見事に吹き飛ばされている。
「生きてるか?」
「生きてます!」
凪川が吹き飛ぶのはこれで五回目。それでもめげずに立ち上がる凪川に城のお手伝いの女子が応援している。ここでも凪川のイケメンオーラが遠慮なく発揮されていた。
女性に声援を送られ、男性の怨嗟の声が荒れ狂うという状態は異世界でも学校でも変わらないらしい。
「エクス「遅い!」ぐぁ!!」
技の入る途中で凪川はまた吹き飛ばされた。ボロボロになって気絶した凪川を女性が囲んで心配そうな声を上げている。
「…今はかなり緊迫している状況のはずなんだがな」
「タマモか」
庭の様子を聞きつけたタマモが呆れたように庭に出てきた。お手伝いの女性は城主が出てきたことにより蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「特訓の成果はどう?」
「基礎も中途半端で大きな魔法をすぐに使う癖がありますね。戦に出れば兵士は倒せても手練れの者には勝てないでしょう」
タマモの質問にギアトが答える。今までチート性能使って雑魚ばかり相手にしていた凪川はおそらくここにいる誰よりも弱い。これをあてにして他国に戦争を仕掛けたあの愚王は本当にどこまで愚かなのかと、その無計画さに呆れかえる。
「ところでトーギ、あなたもなかなか強いらしいね」
「そういうあんたも結構強いって聞いてるよ」
タマモが嬉しそうに僕に質問してくる。タマモはここのルグルスの城主にしか与えられないという伝説の武器を持っているらしく、その使い手であるタマモもかなり強いと聞く。
「一勝負してみないかい?今日は連れもいないわけだし」
「そうだな…」
連れ、と言うのは土屋と谷川のことで、あいつらもあの電脳種の少年であるフォーラスやルグルスの姫であるべリアに魔法について教えてもらっている。
いつもなら土屋が止めるだろうが今はいない。それに、伝説の武器というのも気になる。
「いいよ。やろう」
「そうこなくては」
タマモは嬉しそうに笑う。ギアトにどいてもらい凪川を安全圏まで運んで僕とタマモは向き合う。周りには結界がはられて僕は天蛇の書をだし、タマモは着ている和服を着崩して九つの金色の尻尾が生えてきた。目も赤く染まり綺麗な金髪の上に生えている狐耳がうれしいのか動いている。
やっぱり白面金毛九尾妖狐、九尾の狐か。
「小手調べよ!狐火!」
「エアボム」
タマモが両手から手のひら大の炎を出して僕のほうに投げてくる。僕もエアボム、空気で作ったシャボン玉のような爆弾をぶつけて相殺した。タマモはさらに五つの狐火を出すが僕もバーニングスピアで相殺する。立ち込める土煙の中、僕はオーバーパワーを使いタマモに向かって走り出した。
「目くらましにしては物足りないわね」
タマモが右手を一振りすると土煙は吹き飛び、突っ込んでくる僕に向かって特大の狐火をぶつけてきた。
「む?」
タマモが怪訝な顔をする。狐火は確かに突っ込んでいる僕に当たった。もっともその僕は幻想魔法で作った僕の偽物なわけだが。
タマモはにやりと笑い、左右を確認して僕がいないとわかると上空と後ろに向かって狐火を撃った。成程いい判断だ。正面にも左右にもいないのなら上空か後ろにいると思うのは当然だろう。
だが僕はそこにはいない。
「甘い」
「あっ―!」
正面から突っ込んだ僕の拳がタマモの腹をとらえる。タマモは衝撃のまま吹き飛んだが吹き飛びながら新体操選手顔負けのタンブリングを披露して見事体勢を立て直した。
「疾風迅雷」
「光円炎狐!」
疾風迅雷を狐火が何個も集まり大きな円形になった魔法で相殺された。だが攻撃の手を緩めることなく魔法を放ち続けるも見事に相殺される。
このままじゃジリ貧だ。大きな魔法を撃ちたいが隙が生まれるから使う暇がない。
「さてと、それでは本気でいこうか!」
「ほぉ」
タマモは動きを止め、袖口から一本の剣を出した。しかしその剣には刀身がない。
あれが伝説の武器?よくわからないが警戒しておこう。
「いくぞ!」
タマモが剣を横凪に一振りするとゾクッと悪寒がして僕はとっさにかがんだ。僕の頭上を何かが通り過ぎたような感じがして、僕の後ろにあった松に木に切り傷がついた。
まさか…
「見えない刀身とはな…」
「原理は教えないぞ。だが名前は教えておこう」
タマモは自慢げに剣を掲げる。
「草薙の剣!それがって話を聞きなさい!」
自慢げに語るタマモにウィンドスピアを発射したものの草薙の剣によって切られてしまった。
草薙の剣。日本神話に登場する伝説の剣だ。天叢雲剣ともいい、スサノオノミコトが八岐大蛇を倒した際にその尾から出てきたとされる剣。
「この程度か…?」
見えない刀身を躱すといいのは難しいができないとこはない。おそらく魔力で刀身を創っているのだろう。だとすれば伸縮自由で僕くらいの首なら簡単に切り落とせるだろう。しかし、それだけとも思えない。見えない刀身なら僕にも作れる。これだけなら伝説の武器と言うには凪川たちの武器に劣る。
「無論、これだけではない」
そう言ってタマモは草薙の剣を空へと掲げる。すると空に雲が集まっていき…
「まさか…」
嫌な予感が僕を襲う。しかし雲は止まることなくやがてルグルス全体の空を覆った。
「いくぞ!」
タマモが草薙の剣を振り下ろす―
「させますか!」
バン!と結界が割れ、外から二本の槍が飛んできてタマモと僕も前に突き刺さり、タマモは集中力を欠いたのか雲は空中で霧散した。さっき通りの青空がのぞいている。
剣を投げたのはあの魔族の女、リュート。リュートは額に冷や汗をかきつつ僕たちのほうに歩いてきた。
「何をなさっているのですかお二人とも!ここは城内なのですよ!」
「だって…」
「だってではありません!周りのことも考えてください!」
リュートの言葉にタマモは何とか言い訳をしようとするもリュートの正論に言い返すことはできない。やりすぎたのは事実だしあれ以上にやっていたら周りに被害が出ることも確実だった。現にいまこの周りにいるのは呆れ蛇呆れ半分と驚嘆半分のギアトといつの間にか起きた凪川とリュートだけだ。
「あなたもですよ!」
「僕は関係ないだろう」
「あります!戦っていたのはあなたなのですよ!?」
理不尽な。勝手にヒートアップしたのはタマモなのに。そんな言い訳も怒っているリュートにはさらに怒らせるだけの火薬にしかならない。だから僕は黙ってその説教を聞き流すことにした。
十五分後、なぜか昔あった戦争の話までさかのぼったリュートの説教に飽きたのでなんとなく空を見上げると、太陽に小さな影が見えた。しかも降下してきている…なんだ?
「あ―」
僕は立ち上がり、ダークホールを発動させ上空から落ちてきた矢を受け止めた。しかし矢は止まらない。
そういえば当たらない限り止まらないんだった。
「くそ…!」
僕はダークホールをやめて少し体をそらすことで矢は肩をかすり止まった。その場にいた全員が驚いてそれぞれの武器を構え上空を見上げる。
「恵梨香さん…」
凪川が呆然と呟いた。
奇襲をかけてきたのは行方不明の勇者、光海恵梨香だった。