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魔導書製造者  作者: 樹
獣人族の攻防
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作戦

 作戦の部隊は二つに分かれることにした。陽動部隊が僕とフェルとキクウ。奪還部隊がギアトと土屋と谷川。帰還のことも考えてハヤノは作戦成功もしくは失敗時の合流場所に待機してもらうことにした。夜の十時を過ぎ、僕たちはスレイク王国へ出発を開始した。スレイクまでは車で約五時間かかるがある程度近づいて転送魔法を使えば潜入は簡単だ。あとは僕たちが騒ぎを起こしてうまく誘導すれば土屋たちが姫様を救出してくれるだろう。

 心配なのは勇者だな。ま、人情とかに訴えてうまくやるか。


「ギアト、小妖精の姫様は一体何を抱えてるんだ?」

「…何を、とは?」

「いや、連れ去るにしても何か利点がないと連れ去らないと思ってな。あいつの力があればあの場にいた誰でも連れ去られた。それこそ僕でもな。自分を過大評価するつもりはないが戦力を削るという面において姫様を連れ去ることに意味があるのかわからなくてな」


 ギアトは僕の目を少しだけ見て、ため息をついて首を横に振った。

 何もないのか、教えられないのか。多分後者だな。完全に信頼されていないとはいえヒントさえくれないというのはよほど重要なことなのだろうか。

 そして、沈黙がその場を支配する。気まずいものの話すことがないのなら仕方がない。


「あの、ギアトさん」

「なんじゃ?」


 土屋がギアトに話しかける。ギアトは片目だけで土屋を見た。


「姫様って、どんな人なんですか?」

「ふむ…いろいろと言えることがあるが、優しい方じゃ」


 ギアトは姫を守れなかった自責の念からか渋い顔をして答える。土屋もギアトの表情を見て焦る。


「ギアトさんって!強いんですよね!」

「あぁ、そうじゃな」


 ギアトは誇らしそうに少し笑って、また表情が曇った。


「それでも、守れなかったんじゃがな…」

「うぅ…」


 再び沈黙が場を満たす。土屋は少し涙目になりつつ僕と谷川を見るが僕たちはこの場を覆すことも、覆すつもりもないのでほぼ同時に顔をそらした。

 無言の静寂の中、僕は教皇のことを思い出していた。

 あの時、教皇は間違いなく死んだ。しかし僕の目の前に教皇は現れた。あの女は僕のことを知っていて、僕の知っている教皇よりも話にならないくらい強かった。効かないはずの偽装のスキルは僕に通用したし戦闘能力もおそらくギアトより上だ。

 そして最も重要なことが、あの女はおそらく愚王と通じているということ。もし愚王の協力者で僕たちの前に立ちはだかるのならばすればこの奪還作戦の成功率は格段に下がる。


「お主はあの女の子と、知っておるんじゃろ?」


 ギアトが僕に話しかけてきた。僕が頷き返すとさらに詳しいことを聞いてくる。


「あいつはエルフの教皇だった女だ。死んだはずだが生きていた」

「死んだのか?」

「あぁ、僕の目の前で死んだ」


 僕の言葉にギアトも考え込む。僕も大図書館で魔法について色々と調べてみたが回復魔法はあっても蘇生魔法はなく、回復アイテムはあっても蘇生アイテムはなかった。神話を忠実に再現していても人一人を生き返らせるのは不可能だと思う。

 だとすれば、教皇の協力者はおそらく創造主なのだろう。


「創造主か…」


 人一人を生き返らせるような奴をどうやって殺すんだよ…


「迷いは禁物じゃよ」

「…そうだな」


 ギアトに見透かされた。

 迷いは禁物。その通りだ。教皇が現れたからと言ってこの任務が変わることはない。最悪、逃げに徹すれば逃げ切れるだろう。本質を見失うな。創造主どころか教皇すら倒せない今の僕が気にすることじゃない。


「そろそろ転送範囲内です」

『了解』


 僕と土屋は転送魔法を発動させる。二つの魔法陣が展開され車にいたハヤノ以外の全員がスレイクの領内に転送された。



 スレイク王国は、土気色の街並みをしていた。これは夜だからと言うわけではなくこの国全体の活気が枯渇している。その中央に豪華絢爛で巨大な城が建っている。


「ひどい…」

「谷川は街を見たことないのか」

「いつも森に転送魔法で送ってもらってたから…」


 谷川がショックを受けている。街のそこら中から人のうめき声と骸骨があふれかえっている。フィクションでしか見たことがない貧民街だ。


「燈義くん」

「なんだ?」

「王様を倒せば、この人たちを解放できるかな」

「次の王が無能でなければな」


 土屋の怒りの声に僕は冷静に返した。僕の目に映っているのは目に前に建ち誇ってやがる巨大な城だけ。

 貧民街の奴らは見捨てられた奴らなのだ。一部の富裕層が優雅に暮らすために見捨てられた哀れな民。僕たちが暴れれば大打撃を喰らってその哀れな民から集めた金で持ち直そうとするだろう。


 で、だからどうした。


「十二時だ。行くぞ」


 僕の言葉に全員が頷く。元々、全員助けられるなどという幻想は持ち合わせていない。こいつらが死ぬのならそれまでだ。


 どの世界でも弱肉強食。生き残るために食われてくれ。



 僕たちは貴族区間を通って城門の前まで移動した。城には結界魔法が施されており転送魔法での侵入は不可能だった。だから谷川に抜け道を教えてもらうことにした。抜け道は城壁の壊れた部分。そこには少し結界に穴があって、女子一人なら通れるだろう。

 土屋はそこから侵入して城壁を壊させた。この結界はエルフのラーのように神から与えられた加護ではないので内側から簡単に壊せる。


 僕たちは城内に入って、人が集まってくる前にそれぞれ定位置に転送した。土屋は解析をして姫様を探し、見つけ次第救出して脱出。僕たちはその間暴れるだけでいい。

 僕が転送したのは最初に土屋と僕が飛ばされたときに入ろうとした部屋だった。その部屋は大きなドームで、真ん中に赤い水晶が置いてる。


「さてと…」


 僕たちが部屋から出て暴れようとすると、置いてあった赤い水晶が光った。見てみると光が収まり、そこに一人の女性がいた。


「…教皇」


 とっさに魔導書や武器を構えるが教皇は戦うつもりはないらしく両手を上げる。

 というより、所々透けている。これは水晶が見せている立体映像か。


『ここにはいないわ。少しお願いに来ただけよ』

「お願い?」

『そう。ただ一つ守ってくれればいいわ』


 僕は魔導書をしまって頷いた。フェルとキクウも武器を下す。教皇は満足そうにうなずいた。


「で、お願いって何だ?」

『勇者はここに生きたまま残して。それだけ。守ってくれればしばらく手を出さないわ』

「手を出さないんじゃなくて出す必要がないんだろ」

『そうね。でも守ってくれなかったら攻撃するわよ?』


 教皇のにやりとした笑みに不愉快さを感じつつ僕は首を縦に振った。今争っても勝てないからな。


「なぁお前、何て呼べばいいんだ?教皇?」

『マリア。そう呼んでくれればいいわ』


 そう言ってマリアの映像は消えた。

 勇者は殺すなか。約束は守るが少しぐらい痛い目を見てもらわないと困るな。

 僕たちは互いに頷きあい、扉を開ける。


 作戦開始だ。

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