道中
車に揺られて広大な草原の整備された道を走っている。車と言っても馬車のようなもので、引いているのはグースという牛型の魔獣。魔獣と言っても家畜のようなもので速度は馬車と変わらない。
「うぅ…」
「大丈夫?」
「水です」
問題なのは土屋が壊滅的なまでに車酔いが酷いということだ。車に揺られ始めて五分でダウンした土屋は座席に寝転がり谷川とフェルの看病を受けている。
車酔いというのは異常状態に含まれないらしいので魔法で直すことはできないらしい。
「初心の書でなんとか…」
「できねーよ」
初心の書の持ち主は土屋になった。魔導書のマスター認識変更は一回しかできない。だから初心の書は土屋しか使えない。僕には天蛇の書があるので今は問題ないけれど譲渡するときは考えて行動しなくてはいけない。
「気持ち悪い…」
「吐くなら外にしろよ」
「そ、それは女子として…!」
土屋は女子としてのプライドで嘔吐を我慢しているようだが結構限界のようだ。僕は気にすることなく空を見る。空は青く雲一つない。遠くから鳥も…おかしい。
「フェル、降りるぞ。早急に」
「了解しました」
フェルは話しについていけていない二人の後ろの壁を破壊して二人とともに飛び降りた。僕も運転手を抱えて馬車から飛び降りる。
飛び降りる瞬間、鳥の飛んでくるほうから何か光が飛んでくるのが見えた。光は高速で僕たちのほうに近づいてきて僕が車を降りて着地し、少し離れている土屋たちに合流すると、車が爆発した。
「ひぃ!?」
運転手が驚きの声を上げる。
驚きの声をあげられるだけマシだ。土屋と谷川は驚きすぎて声すらあげられない。
「ば、爆発ぅ!?」
「ようやく声を上げたな」
土屋が遅まきながら驚きの声を上げる。谷川は声を上げていない。こいつ、後方支援していたからといってこの状況が呑み込めていないとはな。チート能力で魔獣を倒すところしか見てなくて死の恐怖にさらされたことがないんだろうな。
「谷川」
「な…なに…!?」
「状況が呑み込めないなら、死ね」
飛んでくる鳥は三匹。鳥にしてはでかい。グリフォンとかそういう類か?どちらにせよ敵だな。
燃え盛る車とグースの向こうから飛んでくるのは…槍を構えて羽をはやした人間。いや、獣人ってやつか。
「交渉決裂後、二体殺す。一体生け捕る」
「了解しました」
フェルと僕が構える。土屋は戸惑っているようだが、覚悟したように解析を開始した。谷川も訳の分からないまま杖を構える。
標的は三体。交渉が決裂したら一体でも生捕れればいいが、無理なら殺すまでだ。
「死ぬがいい」
「交渉の余地なし」
よし殺そう。
フェルが剣を削り出し三体のうちの一番右に投げる。敵は油断などしておらず空中で旋回して剣を避ける。僕はシャドーで影を伸ばし攻撃するものの避けられてしまう。
「空中戦で我らに敵うはずがないだろう!」
「我らは破壊神様の下僕!」
「男は殺し女は我らが!」
空中で偉そうにギャアギャア喚いて飛んでいる三体を目で追いながらタイミングを計る。
確かに空中戦においてあいつらに勝てる可能性は限りなく低い。だったらその利点を、有利性を無くしてしまえばいい。
…今だ。
「「「ぐぁ!?」」」
縦横無尽に偉そうに飛んでいた三体は影と剣の投擲に追い込まれてぶつかった。そしてとっさに反撃しようとした二体を中級魔法シャドーニードルという影でできた巨大な針が貫きもう一体をフェルの剣が体を貫き、二体が消えた。もう一体は戸惑っていると土屋が発動させた拘束魔法で拘束され地面に落ちた。
「形勢逆転です」
「雑魚らしいセリフを吐きまくってたからな」
地面に激突して気絶している男に近づき水をかける。男は口の中に入った水を吐き出しながら起きた。男は状況が理解できたのか僕たちを睨む。
「破壊神ってのは、ヒュガスを占領した奴のことか?」
「ふふ…その通り!彼女は世界を支配する存在だ!」
「彼女か」
女ってことは間違いないようだ。昨夜、岡浦のことは谷川から聞いている。もしその女が破壊の勇者だとしたら面倒なことになるな。腐っても勇者、強力な能力を持っている存在だ。
本当に何してんだよ、リア充生徒会長は。
「破壊神様!バンザーイ!」
バン!と音がして男の頭が潰れた。教皇の時と同じく頭が潰れ体が消える。
教皇の時と同じだというのは考え過ぎだろうか。
「死んだな」
「死にました」
ふぅ…とため息をつく。死んだ者は仕方がない。それよりもルグルスまでどうやって行けばいいんだろう。爆発で車が壊れてグースも逃げてしまった。案内役である運転手がいることは幸いだな。
「歩きで行くか」
「そうですね」
「…そうだね」
今まで会話に参加していなかった土屋が会話に参加してきた。どうやら目の前の自殺から立ち直ったらしい。
死について、土屋はだいぶ慣れてきた。あのオーガやアペピのことがあって土屋も何か変わってきているようだ。こっちとしてはそうでなくては困るのだが。
「悠子ちゃん、行こ?」
「……なんで、殺せるの?」
谷川が絞り出すような声で僕たちに聞いてくる。質問に答えるつもりになれなかった僕は案内役を先頭に一瞥することなく歩きはじめ、フェルもそのあとについて来る。
後ろで土屋が谷川に話しているのが聞こえた。
悠子ちゃんはまたうつむいたまま話さなくなってしまった。
私も、きっとこうだった。燈義くんやフェルちゃんがいろいろやってくれなければこうなっていたんだろう。でも、いつか燈義くんが言っていた。
「この世界は弱肉強食だ」って。私は最初そうは思えなかったけれど、ネイスちゃんやトーレイさん、フォンさんと関わって、魔獣に襲われて悪神を撃退した時に覚悟を決めたんだ。
私は誰も殺せない。だから燈義くんやフェルちゃんを応援しようって。
傲慢なのはわかってる。意気地がないのも分かってる。でも殺す覚悟がない人は殺し合いに参加しても邪魔になるだけ。だから私は後方支援を頑張る。
だから、それを伝えよう。
「私も、誰かを殺すことなんてできないよ」
「…だったら、なんで?」
「そうしないと、いけないから」
私は悠子ちゃんの目をしっかり見て言った。
「誰も殺せないから、誰かを殺す覚悟ができた人を否定しちゃいけないんだよ」
これは、改めて私自身に言った言葉なのかもしれない。
悠子ちゃんはやっぱり理解できていないみたいだけど俯くのはやめてくれた。 今はこれでいい。きっと、間違ってはいないから。それに、間違っていると思ったら私が止めるから。
人を殺す覚悟のない人間だから、止められるから。
土屋が何を思っているのかはわからない。でもきっと悪いことではないのだろうと僕は思った。
「甘えはいらないんだ」
僕は小さくつぶやく。その言葉は青空にとけていった。