三人
谷川が消えた。その事実に俺、凪川勇也は鈴美と恵梨香さんと王様の兵士とともに森の中を捜索していた。森の中だけではなく近くの洞窟なども捜索してみたが見つからない。
「クソ!」
俺はイラつきから近くの木を殴った。木が折れて倒れる。鈴美と恵梨香さんはそんな俺を心配そうに慰めてくれた。
そして城に戻った俺に王様がある事実を告げた。
「どうやらタニカワ=ユウコは操られておるらしい」
「あ、操られて?」
「魔族の国には今の勇者様たちよりも強い奴が多い。故に勇者様たちを早めに無力化させようと戦闘能力のないタニカワ=ユウコから操り、連れ去ったのです」
王様の説明を補足するように答えたのは俺たちに戦闘の基礎を叩き込んでくれた騎士長だった。今は戦闘にも慣れて俺たちの指導はやめているものの今でも尊敬している人だ。
悠子が…許せない…!
「王様!一刻も早く助けに行きましょう!」
「そうよ!助けないと!」
「落ち着け!」
騒ぐ俺たちに王様が一喝する。俺たちは驚いて騒ぐのをやめた。
「言ったであろう。今のお主たちよりも強い奴らがおると。戦っても負けるだけじゃ」
「しかし―」
「それに、魔族が勇者殲滅を狙っておるのならタニカワユウコを餌にするはずじゃ。故に、すぐに殺すはずがない。それに彼女も勇者じゃ。自分で何とかできるかもしれぬ」
「…!…分かりました…!」
俺たちは断腸の思いで王様の言葉を信じることにした。
必ず!助ける!
勇者たちが去った後、王は手に持っていたグラスを床に叩きつけた。
逃げないようには注意していた。だがやはり洗脳を施すべきだった。勇者たちが着々と戦闘にはまってきているので油断していた。やはり後方支援をしていたからはまってはいなかったか。
「屑が!」
王はおさまらない怒りを自分の椅子にぶつける。側近はそんな王を見ながらとばっちりを喰らわないようにこそこそと避難を始める。
王は荒い息を立てながら水晶を取り出した。水晶は赤く、あの影と連絡を取るときにのみ使用されるものだ。
「影!タニカワ=ユウコを探せ!」
『無理だ』
一方的に切られた。王は赤い水晶を床に投げつけるが水晶は割れることなく床に当たって転がる。
偉そうなだけで使えない愚図が!なぜうまくいかないのだ!
王は怒りを忘れるために新しいグラスを取って酒を注いだ。ヤケ酒は酔いつぶれて側近に運ばれるまで続いた。
どこかの空間、真っ暗な場所で影は王から連絡を受けて即座に断り通信を切った。そしてため息をつく。
あぁ…綻んだか。
「次の仕事だ」
影は後ろにいる誰かに声をかけ、その誰かは無言で一つ頷いて消えた。影は水晶を取り出して王都にいるタニカワ=ユウコを映し出す。タニカワ=ユウコはアサガミ=トーギとツチヤ=ミツキに保護されている。
エルフはアペピとの戦いの後で復興の最中だ。今この情報が王に伝わればエルフの国は瞬く間に侵略されるだろう。そんなことはさせられない。あいつらにはここまで来てもらわなくてはいけない。
「綻んだか」
「いたのか」
フードの男が空間に入ってくる。影はフードの男を一瞥してため息をついた。
わざわざこんなところまで来なくてもいいだろうに。
「ひどいもんだな」
「今更だ」
影は自嘲気味に笑った気がした。フードの男は笑うことなく水晶を見ている。水晶にはイラついているナギカワ=ユウヤが映っている。ナギカワ=ユウヤはイラついているからか、強さへの渇望からか洞窟に潜ってモンスターを殺しまくっている。
ダメだな。これじゃあいつには、アサガミ=トーギには勝てない。会合はもうすぐだというのにやはり勝てる見込みはゼロだ。
「仕掛けた?」
「仕掛けた。今まで通りな」
「偽装のスキルか。厄介なスキルを創ったものだね」
「まぁな」
影は空間から姿を消した。フードの男もそれに続いて姿を消す。誰もいなくなった空間はまるで影の心を表しているようだった。
俺は洞窟にこもっていた。モンスターを倒してレベルを上げながら悠子を助ける算段を立てている。
魔族は強い。ゲームでもそうだが魔王はレベルを限界まで上げないと勝てないのだろう。この世界にレベルアップ補助のイベントはない。だからこうやって頑張ってあげなくてはいけない。
「美月さんたちに続いて悠子まで…!」
怒りをモンスターにぶつける。
こいつらさえいなければ誰も傷つくことないのに!!
「少し休んだらそうですか?」
「恵梨香さん…」
恵梨香さんが俺を気遣って水筒を差し出してくれた。それを受け取って飲みほし、またモンスターを倒しに行こうとしたところで恵梨香さんに止められた。
「もう少し休んだほうがいいです。疲労がたまっている状態での戦闘は危険なだけですよ」
「でも!」
反論しようとしたが恵梨香さんの主張のほうが正論なので従うことにした。俺はベースキャンプに戻って簡易式の小屋に入って一休み。恵梨香さんが差し出してくれる水や非常食を食べながらどうやったら効率よくモンスターを倒せるのかを考えていた。
恵梨香さんはそんな俺を優しく見守っている。
「戦闘の協力いただいてありがとうございます。美鈴がまだ技を習得できていなくて」
「生徒会役員はお互い助け合って生きる。これが鉄則なのでしょう?」
「そうでしたね」
美鈴はただ槍を振り回すだけで技を使おうとしない。かだら文句を言う美鈴を何とか説き伏せて騎士長のところで稽古をつけてもらっている。なので俺と恵梨香さんだけで洞窟に潜っている。
恵梨香さんは微笑を浮かべ、俺の頭を掴んで自分の膝へと押し倒した。面食らった俺は反応できず押し倒されてしまう。
「な、何を!?」
「膝枕って、憧れていたんです」
そういえば恵梨香さんは保育士になりたいと言っていた。子供が好きらしい。
「俺は子供じゃないんですけど…」
「いいんですよ。勇也くんは年下なのですから。甘えてください」
疲れがたまっていた俺は恵梨香さんの言葉に導かれるように従い、恵梨香さんに甘えることにした。
なんだろう…落ち着く…
そんな空間は唐突に開けられたドアの音によって砕かれた。
「何してんのよ!」
「美鈴!」
美鈴は怒っているようで、恵梨香さんと俺を無理やり引き離した。恵梨香さんは小さく悲鳴を上げて床に倒れる。
「何してんのよ!」
「何って…ただ慰めて!」
「うるさい雌豚!勇也、行こ!」
美鈴が俺の手を取って出て行こうとするが俺は美鈴の手を突き放した。驚いている美鈴を放置して恵梨香さんに手を貸す。
俺は、怒っていた。
「美鈴、出て行ってくれ」
「勇也…?」
「出て行ってくれ!」
俺の声に驚いた美鈴は飛び出していった。
恵梨香さんが笑っていた気がしたが、気のせいだと思った。
美鈴は走っている。
嫌われた嫌われた嫌われた嫌われた!
「うあぁぁぁぁ!」
涙が流れる。怖い!嫌われたくない!
美鈴は転倒し、それでもなお走ろうとして誰かが目の前にいるのに気が付いた。
「だれ?」
「そうですね…マリアと名乗っておきましょう」
女はにっこりと、聖母のような笑みを浮かべた。
「好きな人、取り戻したくありませんか?」
美鈴は、どうかしているのかもしれない…と思いつつも差しのべられた手を取った。
その日、岡浦美鈴の行方はようとして知れなくなる。