開戦
祝、五十話。喜んでいるのは多分自分だけ。
運命の朝、兵士は中庭で自分を鼓舞していた。それを部屋の窓から見つめて僕はため息をついた。
士気を挙げるのは勝手だが、いざとなったとき怖気づかないといいが。
「トーギさん」
「なんだ?」
「この戦いで死ぬことを、お許しください」
「ダメだ。お前も僕も生きる。それ以外の選択肢は認めない」
「…そうですね」
フェルの無表情の中に少しだけ不安があった。同じような顔をしている僕にだからよくわかる。
もっとも、僕は死ぬことについて特に何も思ってはいないが。そもそもこの世界で死んだら僕は神々の庭、死霊の国に行けるのだろうか。
「死んでからのお楽しみか」
中庭の兵士を見て、ふとそう思った。
それにしても土屋を連れてこなくてよかった。作戦はフォンに伝えてあるから僕は基本後方支援。支援系の魔法は少ないが混合魔法などで補うしかない。
悪神と戦えるほど僕は強くない。
「トーギさん、空を」
「あぁ、分かってる」
王都に残っている者全員が空を見上げた。太陽が欠け始め、暗雲が立ちこみ始める。その暗雲の中から蛇が、姿を現した。
いや、違う。あの暗雲こそがアペピなんだ。王都の空を支配するほどの巨大な蛇なんだ。
「襲撃は正午じゃないのか?」
「攻撃を開始するのが正午なのでしょう」
確かに。蛇は攻撃してこない。中庭にいた兵士はそれぞれ持ち場に着く。僕たちも城の屋根の上に上った。蛇は王都を見回して、少し笑った気がした。
「撃て!」
城からフォンの声が響き、轟音が鳴り響く。魔導士が魔法で攻撃を始めた。兵士も大砲などで攻撃を開始するもののアペピには全く効いていない。
さて、作戦の準備は…できているようだな。
「それじゃ、やるか」
エルフの未来を決める一戦が開始された。
アペピは体中に魔法や大砲を受けてもただこちらを見るだけだった。そろそろ正午も近い。アペピがいつ攻撃を開始してもおかしくない状況だ。
「すごい存在感だな」
「悪神ですから」
屋根の上に立ちながら王都に立ち込める暗雲であるアペピを見て驚嘆の声をもらす。
これは確かに異常だ。フォンが王都を放棄しようとしたことも納得できる。だがもう戦は始まってしまった。後戻りはできない。
「人生は選択の連続だと聞いたことがある」
「はい」
「なら、その選択が正しいと誰が決めると思う?」
「世間でしょうか」
「いや、自分だよ」
たとえ選択が間違っているといわれても挽回できるチャンスがあるのならまだ分からない。きっとこの戦いの行方もそうやって決まるんだろう。
「これが、僕の選択だ」
アペピが動く。巨大な蛇の顎が城を狙ってゆっくりとだが突撃してくる。
僕は動じることなく右手を挙げた。とたんに僕の目の前に真っ黒な壁が立ちはだかる。そしてアペピの動きが止まった。
『フゥゥゥ』
その壁に映っているのは、巨大な猫だ。しかも動いていて、アペピを威嚇している。
これがルースのスキル『動画光解』。自分の目に映った画像を動画として映し出す能力。いわば映画のようなものだ。この黒い壁は魔導士がシャドーを使って影を帯のように伸ばし密着させたものだ。
そこに僕が見せた猫の画像をスキルを使ってルースが巨大化させて映している。 ちなみに声はオーガの声を叫鳴で強化したものである。テイマーはどうやらこんなこともさせられるらしい。
「今だ!撃て!」
再び攻撃が開始される。
『グル…』
「効いてる」
やはり神話に沿ってあるからなのか、アペピに攻撃が通り始めた。しかしまだ足りない。この程度じゃ撃退なんてできない。
「フェル」
「了解しました」
フェルは僕の肩を踏み台にして大きく跳躍し、影の壁を越えてアペピの頭より上空に上がる。
そして渾身の力で望破帝を使って空気を破壊し、衝撃がアペピの頭を上から直撃した。アペピはフェルを見たがフェルはすぐに僕の隣にならぶ。
「どうだった?」
「手ごたえは無さそうです。攻撃は当たっているのですが効いているとは思えません」
だろうな。でもまぁ、そろそろ準備できただろう。
「さてと、土屋に頑張ってもらうか」
僕は水晶を取り出す。
「そっちは順調か?」
『結構大変だけどトーレイさんと一緒に何とか!』
水晶から土屋の声が聞こえる。
土屋は今、例の遺跡にいる。この王都に来ていないからと言って何も働かせないわけではない。土屋にはトーレイとともに僕たちが出発するより前にあの遺跡に転送しておいた。
これは土屋にしかできない。
「頑張れ。エルフの将来はお前にかかっている」
『プレッシャー!でも頑張る!』
土屋との通信を切り、とうとう兵士に攻撃し始めたアペピを見る。空の暗雲からは激しい雨と落雷が兵士を襲っている。
最低でも土屋の仕事が終わるまでは潰れるわけにはいかない。僕は初心の書を取り出して屋根から別の屋根に移ってアペピに攻撃を開始した。
ウィンドスピアにウォーターカッターに風と炎の合わせ技である炎凱まで繰り出してアペピの侵攻を防ごうとするもどれもほとんど効いていない。
「潰れろ」
ウィンドスピアでアペピの目を狙う。ウィンドスピアは見事アペピの目に当たり一瞬怯ませたもののすぐに回復して攻撃を開始する。
目を潰すことすら叶わないか。
「トーギさん!」
「ちぃ!」
雷が僕を狙って落ちてくる。それをウィンドコントロールで空気を真空状態にすることで受け止め集まった雷を風に乗せてアペピにぶつける。
「疾風迅雷!」
疾風迅雷は今度こそアペピの目を貫いた。アペピは鼓膜が破れるのではないかという声を上げ、落雷や雨がさらに激しくなった。
まずい。怒らせた。
僕は狙われると思って屋根から飛び降りた。その直後にアペピの顎が僕のいた屋根を喰らった。
「土屋ー!」
僕は叫び、走り回る。右手に初心の書をもって、左手に水晶をもって走る。
すると、水晶が淡く光った。
『準備できた!』
「よくやった!フェル!」
「了解しました!」
フェルに合図を送り、フェルを配置につけさせる。
さぁ、こっからが本番だクソ蛇!