再起
土屋に水をかけられたおかげで気分が少し晴れた。だから自分の部屋に戻って布団に寝転がる。
アペピの襲撃まであと四日。教皇の行動の意味やら世界の謎やらで頭がこんがらがっているが本質はそこだ。また動転しないためにもゆっくり休まなくては。
「寝よ」
僕は目を閉じる。とたんに忘れていた疲れが体を支配して、僕は眠りへと落ちて行った。
目を開けると、教室の自分の席に座っていた。前で教師が源氏物語の説明をしていて生徒がそれをノートに取っている。
あぁ、夢か。と思った。もちろんこの教室のことである。
日付は四月十一日、土屋と初めて出会った日だ。
「では、今日の授業はここまで」
チャイムと同時に教師は教科書を閉じて僕たちは席を立ち礼をした。休み時間に入り生徒たちがそれぞれ話し始めた。
そろそろ土屋が来るころだ。僕は机の中に入っていた推理小説を取り出して読んだ。小説の内容は頭に入っているので夢の中でも読めた。
「そろそろだな…」
十分の休み時間の残り五分で土屋は話しかけてきた。あの時は無視を決め込んだが夢ならば話してみるのもいいかもしれない。
「こんにちは」
予想通りで時間通りに、土屋は話しかけてきた。話した内容は昨日のテレビ番組だの最近の漫画だの普通の高校生の話題だった。僕は何か言葉を返そうとしたものの何も言えなかった。ただ小説に目を落として無視を決め込んでいた。
「燈義くんはさ、将来何になりたい?」
来た。土屋の最後の質問。僕はこの質問に答えることなくチャイムが鳴り、土屋は自分の席へと帰って行った。だがこれは夢だ。夢の中ぐらい自由にさせてもらおう。
「僕は、普通の人間になりたい」
今度ははっきり言葉に出せた。しかし土屋の反応を見ることはできず、チャイムが鳴り授業が始まった。
次の授業は数学だ。僕はもうすでに読破した教科書を開けてなんとなく窓の外を眺めていた。
「アペピ…か」
この空は晴れていて不安も何もない。
「で、僕はその空に憧れたんだ」
窓に映った僕はにやりと笑った。
「…夢だからって自由すぎるだろう」
教室の人間は消えた。いるのは窓に映ったにやけた僕と机に座っている僕。窓に映った僕は窓から出てきて僕の机の上に座った。
にやけながら、楽しそうにしている。
「これが浅守燈義の望む姿だろう?」
「そうかもな」
僕は投げやりに言葉を返して僕を見る。何を考えているか分からないにやけた顔になんとなくイラッときた。
これが僕の望む姿か…もう少し考え直したほうがいいな。
「趣味が悪いな。無意識の僕は」
「お互い様だ。表面上の浅守燈義も裏面の浅守燈義も裏の裏である浅守燈義も」
無意識の偶像である浅守燈義は机から窓ガラスを壊して外へと飛び出した。とたんに教室が崩落し、落ちた先に管理室があった。管理室のモニターにはあのパスワードを打ち込む画面がある。僕は迷わずパスワードを打ち込んだ。そして出てきたのはあのフード。
「世界を解け。創造主を倒せ。それで全てが終わる」
フードの男は消えて景色は反転し、入れ替わって見えた景色は知らない場所だった。木々の多い茂った場所だ。
森だろうか。僕は作られてある一本道を歩いていく。その先には、大きな光る木があった。
「ここが世界樹だ」
どこからかぐもった声がした。だが探してみても誰もいない。僕は世界樹に近づいてみる。世界樹は大きく、三本の根をはっていた。
世界樹、ユグドラシルだ。アトランティスにあるという何でも願いがかなう大樹だそうだ。
「ここにいる」
声は響き、地面が崩れた。僕は闇の中に落ちて行った―
目を覚ました。なんだか変な夢を見ていた気がする。
僕の絶対記録も夢の中までは通じないのだ。
「あー…もう夜か」
窓から夜空が見えた。そろそろ起きて管理室に行かなければ。今日で反乱は終わりフォンが王座に返り咲く。
「トーギさん」
「起きてる」
廊下からフェルの声が聞こえた。どうやら起こしに来てくれたらしい。僕は返事を返して起き上がり扉を開けた。フェルは僕に対して一礼する。
「ゆっくりお休みになられましたか?」
「あぁ。おかげさまで」
フェルは起こしてくると言って行ってしまった。客間のほうからいいにおいがする。そろそろ夕飯らしい。
客間に行くとネイスとトーレイが夕食を用意して待っていた。
「起きたか」
「まぁな」
席に座って三人が来るのを待つ。今日はいつも通り魚と野菜だ。トーレイとネイスはいつも通り僕に話しかけてきて僕もそれに適当に答える。
「遺跡については何とかなりそうらしいな」
「どうにかな」
あの遺跡で知ったこの世界の問題とヒント。この世界の根幹が地球だとしてどうして地球なのだろうか。魔法もないし火を噴くモンスターもいない世界をどうして根幹にしたのだろうか。
そして創造主がいたとして、神すら創り上げてしまったそいつを倒すことなど本当にできるのだろうか。
『世界を解いて創造主を倒せ。全てが終わる』
全てが終わるというのはその言葉の通りなのだろうか。この世界が終わるというのならトーレイとネイス、フォンもフェルも終わってしまうのだろうか。
どちらにせよ世界を解かないといけないのだろうが。
「全てうまくいけばいいのだがな」
「そうだな」
僕もそう思うよ。
十分後、土屋たちが起きてきた。トーレイがフォンに対して恐縮しつつも食事は開始される。
特に変なところはない、いたっていつも通りの食事だった。
何故だかとても愛おしく思えた。
あー…いい風だ。
管理室に行くまでの間僕はトーレイの家の屋根に上って風に当たっていた。フォンは自分の部屋で剣の手入れをしていてフェルは土屋とネイルとともに風呂に行っているらしい。
僕はいい風に当たろうと屋根の上に上った。
「頭を冷やすには丁度いいな」
今日はいい風が吹いている。夜空には綺麗な星空が浮かんでいて、地球の田舎だとこんな感じなのだろうか。
「いい風だねー」
「土屋か」
風呂上がりの土屋が屋根の上に上がってきた。肌は少し赤みが差していて風呂上がりだということがよくわかる。
「フェルちゃん、お風呂でのぼせちゃったんだよー」
「へぇ」
意外だな。フェルは何でもそつなくこなすタイプだからのぼせたりすることはないと思っていたんだが。
「なーんか大変だよね」
「気楽だなお前は」
「よく分かんないからねー」
土屋は苦笑いをする。僕は気に留めることなく夜空を見上げた。
この夜空も地球の夜空をもとにして創られたものなのだろう。だから星座を忠実につくられている。もしこの世界を創ったやつが地球のことを知っていたとして、世界を構築するうえで星のひとつ、木々の一つまで覚えていなくてはいけない。
つまり、創造主は地球のすべてを知っているということだ。
「地球の神話の主神って線が濃厚か」
「創造主のこと?」
土屋が僕の顔を覗き込む。僕は一つ頷き返した。土屋は「やっぱり分かんない」
と笑い返した。
「分かんないけど、今やるべきことは分かってるよね」
「…まぁ、な」
土屋はやっぱり笑っていて、なぜか僕の頭をなでた。
「離せバカ」
土屋の手を振り払う。土屋は「ごめんねー」と言いつつ屋根から降りて行った。
僕も降りるか。そろそろ風呂に入ってこなければな。気分をすっきりさせるためにも。
「また水かけてあげるからねー!」
「やったら殴るぞ」
土屋は笑い声をあげて走って行ってしまった。僕も屋根から降りて風呂に向かう。
さて、風呂に入って気分をすっきりさせよう。管理室を起動させるのは今日の、というより明日の夜中なのだから。