感情
目を覚まして最初に目に入ったのは木の天井。窓の外には星空がきらめいている。どうやら夜になってしまっているらしい。僕は起き上がり方の傷を見てみるともう塞がっていた。…十二時を過ぎてHPが全回したらしい。
「すごい世界だな…」
生きている限り十二時ちょうどに復活する。この世界は寿命ってあるのか?あるとしたらどうやって死ぬのか気になるな…
ふと、右隣を見てみると土屋が寝息を立てていた。
「ずっと看病してた」
僕の左隣から声がしたので見てみるとフェルがいた。フェルは無表情で、でもどこか柔らかくなっていた。
「どうだ?どん底を知った気分は?」
「悪くない。少なくとも最低ではなかったから」
そうだろうな。人間、というかエルフも最低なのは嫌だろう。自分が最低じゃないと分かっただけで救われるものだ。
「決闘の約束、王女様から聞いた」
「そうか。守れよ?」
「ん。守る」
フォンに伝えた言葉、決闘の勝利者としてフェルに要求したのは「教会をやめて僕と土屋に従属すること」だ。教会の戦力も減らせて僕たちの戦力拡大にもなって一石二鳥。
「ま、生きるか死ぬかだったからな。これくらいの要求は飲んでもらわないと」
「うん。むしろ教会から離れられてよかった」
よかった?
「教皇は私に酷いことするから」
「殴ったりとかか?でもお前を拾ってくれたんだろ?」
「違う。私は拉致された」
おおう。意外に重い理由だ。
「私のスキルに注目した教会が私の両親を殺して私を拉致したの」
「よく殺そうと思わなかったな」
「うん。教皇のスキルのせい」
教皇のスキル。記憶を書き換えるとかそういう類のスキルか?
「教皇のスキルは、偽装」
「偽装?」
偽装ってことはあれか。フェルの記憶を偽装したってことか。ただの権力を笠に着るだけの屑かと思ったら厄介なスキル持ってるじゃないか。
「でもなんで偽装のスキルが解けたんだ?」
「分からない。でも教皇の身に何かあったか、教皇が意図的に解いたかのどちらか」
どちらにせよ教皇がなんかしようとしているのは間違いないらしい。だが今はフェルについて調べなければ。
「フェルのスキルは念動力みたいなものなんだろ?」
「ねんどうりょく?」
そうか。この世界は超能力と言う概念すらないのか。
「私のスキルは望破帝。私から半径五メートル以内の生物以外を望む形に破壊するスキル」
念動力じゃなかった。
つまり、フェルは自分の周りの地面を破壊して剣を作り出したわけだ。彫刻家が木を削って作品を作るように。あの壁にあいた穴も同様だとするとやはりスキルは下だけでなく縦、横、斜めどこでも発動するらしい。
「そういえばあのソードオブロンドってどうやったんだ?」
「剣を作ってウィンドコントロールを使っただけ」
あ、そうか。フェルにも少ないとはいえ魔力はあるんだ。初歩の魔法は使えるのか。
「ウィンドコントロールしか使えないけど」
「そうか」
とはいってもフェルに魔法を期待するのはダメか。十分スキルが強いからいいけど。
「フェル、質問だ」
「何?」
「何でお前、嘘をついてないんだ?」
いくら決闘の結果だとしても僕を信用する理由にはならない。むしろ教会に騙されていると気づいた今だからこそ誰も信じられず何も教えないものだが。
「決まっている。それが感情と言うものだから」
「感情?」
「そう。何もなかった私に感情を与えてくれたあなたにトーギ様に感謝を」
「か、感謝ぁ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。だっていや感謝って、むしろ恨まれていてもおかしくないことをしたはずなんだが。
「トーギ様」
「いや敬称つけんのやめろ」
「では、トーギさん」
「それでいい」
年相応な呼び方になった。様とかつけられたらフォンあたりにからかわれるに決まっている。
「で、感謝とはどういうことだ?」
「それが人間の感情ですよ」
フェルは嬉しそうに、まるで相手を出し抜いたことが嬉しい子供のように笑った。
感情?フェルに感情?あの無機物娘に?
「意味が分からないという顔ですね」
「意味が分かってないんだよ」
意味が分からない。フェルが感情を得たことも、それに安心している自分の心が偽りなのかも…僕には感情がないはずだ。もうとっくに捨てたはずだ。あの白く偽りの施設で人間を、人間の本心を見抜いて覚えたはずだ。それからも僕を見る周りの目は変わらなかったはずだ。
化け物のようなあの目だけは変わらなかったはずだ。
「トーギさん」
「…なんだ?」
「確かに人間にしろエルフにしろ信用できない者はいます」
ですが、とフェルは続ける。
「信用できる者も、確かにいます」
フェルはまっすぐ僕を見て、そう言った。言うことで僕に訴えていた。
誰かを信用してみろと、訴えていた。
「フェル」
「はい」
「僕に関して、浅守燈義に関しては何も言うな」
「はい」
フェルはしっかりと頷く。
僕は自分を管理できている。だからフェルに言われるまでもなくこの感情について、安らぎについては誰よりも僕が実感している。だからこそ言える。
この感情は偽りだと。
「偽りの心でも、心だ」
何も感じないわけじゃない。心はある。心があるからこの感情は偽りなのだ。
「…ちょっと外に出てくる」
「分かりました」
僕は扉を開け扉を閉める。
「聞こえたか?」
「しっかりとね」
扉の外にはフォンがいた。フォンは真面目な顔で僕を見る。僕も素に戻ってフォンに向き合う。フォンは何も言わない。僕を利用したい立場としては僕の機嫌を損ねたくないのだろう。
「何言われようが何も思わないよ」
「そうか。では遠慮なく」
パン!とフォンの平手が僕の頬を打つ。
「こうなることが分かって決闘に挑んだな」
「あぁ」
分かっていた。フェルと決闘をすれば無事では済まないことを。だがこの世界では十二時ちょうどに全回するので別にいいと思っていた。
「トーギ、周りのことを考えろとはもう言わない。だが少なくともミツキのことは考えてやってくれ!」
「土屋はただの駒だ」
「お前にとってはそうだろうが、ミツキはお前を本気で信用している!」
「それは土屋であって僕じゃない」
「だが信用している者は信用できる」
フォンはまるで僕を叱るように怒鳴る。
「君こそ何も知らない―いや、知ろうとしていないんじゃないか!」
「黙れ」
それでもなお無表情な僕にフォンは黙った。黙って、いつも僕がさらされていたあの目で僕を見る。
「フォン、僕はもう完成している。そんな言葉は僕に対して無意味だ」
「…無意味だとしても言わなければいけないとこはある」
フォンは後ろを向いて歩き出した。
「わたしも君のことを信頼しているよ。だから君も感情と向き合うべきだ」
そんな言葉を残して。
僕は部屋に戻り、布団に寝転がった。土屋はフェルと一緒にいたので置いてきた。一人になりたかった。
「信用、ね」
きっと僕にはまだできない。と思い目を閉じた。
…まだってなんだ?僕は一体何を思った!?
「…錯覚だ」
そうに違いない。僕は目を閉じた。なぜか疲れたのですぐに眠れた。
王都上空、影はそこにいた。
「恐怖、か」
布団の上に寝転がる燈義を見て無感情にそう思う。
「それも、感情だ」
燈義を見て満足したように影は消えた。