最低
あっという間に時間は過ぎ決闘の正午。フォンが見ているということもあって体育館内は満員になった。だがなぜか教皇はいない。
観客と僕たちの間には結界がはられていて音も遮断してもらった。そして左には僕、右にはフェルがいる。
「それでは」
フォンが右手を上げつつ結界の外に出た。
「試合開始!」
僕がオーバーパワーを使う。フォンが右手を下げると同時に僕は横に走る。さっきまで僕がいたところには剣が生えていた。
「それじゃ、こっちも行くぞ」
ウィンドスピアを飛ばすがフェルのスキルで落とされる。
本当に厄介だな。
「死ね」
フェルが突っ込んできた。両手にはしっかり剣が握られている。僕はさっき剣が生えた場所にある剣を二本折ってフェルの剣を受け止めた。フェルは右手の剣を捨てて僕の腹に手を当てる。
「っ!?セットウィンド!」
とっさにセットウィンドを発動してフェルをよろけさせた。フェルの右手は僕の腹からずれて脇腹を見えない力が通った。背後からドガァ!という音が聞こえ観客から悲鳴が上がった。
「チッ」
フェルは舌打ちして僕から距離を取る。どうやら連続で使用するのにも限度があるらしい。
「フェル」
「決闘の最中に話しかけるな」
「別にいいだろ。ここでじゃ僕とお前は自由だ」
「自由?なにそれ?」
「こういうことだよ」
僕は素に戻る。一切の表情を消しフェルと向き合った。フェルは僕を見て息をのんだ。
「これが僕だよ。フェル」
「それが、あなた?」
「そう。浅守燈義はこういう人間だ」
何も思わない。ただ自分のために生きる人間こそ浅守燈義だ。そしてこの僕こそフェルが望んだフェルの姿でもある。だって何も考えなくてもいいから。自分のために動いていればいいから…なんて、バカか。
「僕のようになったところで自分のために動けるわけじゃない。むしろさらに縛られる」
「…なら、どうしてあなたはそうなっているの?」
「完成してしまったからだよ」
そう。僕はもう完成してしまった。僕を変えることは僕にもできない。善良に生きている市民が人殺しを非難するように、僕は人殺しを非難しない。人殺しは咎められるべき罪だと知っているが理解しているわけじゃない。
だって、人はいつか死ぬじゃないか。…なんて思えてしまうから僕は生きているために自分を縛っているんだ。
「教えてやるよ。狂信者」
僕は心を偽り両手の剣にセットウィンドをかけて構える。
「僕こそ最低だということを、教えてやる」
僕はオーバーパワーをかけなおしフェルのほうに左手の剣を投げた。フェルはそれを避ける。が、甘い。
「ウィンドコントロール」
「ぐっ…!」
フェルの脇腹にウィンドコントロールで操った風をぶつける。フェルは少しうめいたもののすぐに体制を立て直し両手を僕のほうに向けた。
「フォールグラウンド」
危機を感じてとっさに右に飛んだ。僕の着地点から一メートルも離れていないところに大きな穴が開いた。
まともにくらったら死んでたぞ。殺す気できてるんだから当たり前か。
「コールソード」
フェルの周りの地面から十本の剣が生え、フェルの周りに浮いている。
「ソードオブロンド」
剣が踊るように飛んできた。一本目は避けたものの二本目と三本目が僕の両肩を切った。やはり痛みはそこまでないものの血が出て周りから、特に土屋の悲鳴が聞こえた気がした。
でもそこまで深く切れてない。剣は持てる。
「ふぅ…ふぅ…」
フェルは激しく体力を消費しているようで息を切らしている。さすがのフェルもこの大技を使うには体力の消費が半端ないみたいだ。そこまで技を持たせることはできないだろうがフェルの体力が切れる前に僕が細切れにされる。
「終わらせる…!」
「そうだな…終わらせよう」
僕の手はぶっつけ本番だ。でもウィンドスピアができたのならできるはずだ。
「オールロンド!」
「ソングウェーブ…!」
十本の剣が四方八方から僕に向かってくる。逃げ場はない。
「終わりだ!」
フェルの叫びが聞こえる。そう。終わりだ。
「お前がな」
十本の剣は僕に当たる前にすべて落ちた。フェルは息を切らして僕を見る。フェルの息切れはどんどんと大きくなり倒れてしまった。
「ここが音を反響する場所でよかったよ」
「な…にを…!」
「熱探索と叫鳴の合わせ技」
叫鳴はあのオーガが使っていた魔法だ。あの時はただでかい声で圧倒する魔法だと思ったがそうじゃない。叫鳴は自分の発する音を強化する魔法だ。そして熱探索はあの蛇の魔法だ。
「うまくいったか…」
あの魔法は相手に音波を当てて跳ね返ってきた音波で熱を感じ取る魔法だ。音波と言うのは目に見えないし当たっても特に何も感じない。だが当たっていることは確かだし音が伝播する限り避ける方法はない。
だから熱探索の音波を叫鳴で強化して超音波を作り出した。超音波は耳から入って脳を揺らした。このドーム状の作りが幸いしてフェルを酔わせるとこができた。
「体力も限界だったから立っているのも限界になったんだろ」
僕はフェルの前に立ちフェルを見下ろす。
「フェル、お前は知らないんだよ」
「なに…を?」
「全部」
優しさとか悲しみとか憎しみとか嬉しさとか。フェルは知らなさすぎる。だからこいつの目は無機物のようになっているんだ。
だから教えてやろう。
「教えてやるよ」
「…教えてよ」
僕は足を上げた。そしてしっかりとフェルの鳩尾に狙いをさだめ―
「これがどん底だ」
思いっきり踏んだ。フェルの鳩尾に見事足がめり込みフェルは大きく体をのけ反らせて動かなくなった。
「終わった…」
フォンは左手を上げた。つまり、
「勝者!トーギ=アサガミ!」
会場から歓声が上がる。結界が消え何人か僕たちのほうに向かってくる。
「フォン」
「なんだ?」
痛みはなくとも血は流しすぎたし体力も限界に達する中、フォンに伝えた。フォンは僕の言葉にしっかり頷き返す。
これでいい。フォンの肯定を見て僕は心置きなく気絶した。