強食
床に落ちている本はすべて日記だった。全て拾って上に上がる。
「さて、この日記に書いてある管理室ってなんだ?」
「わたしも知らない。そもそもこんな部屋があることすら知らなかったんだ」
同じ集落のエルフにも知らされていなかったか。知っているとすればあの男だが敵に知られているのなら管理室もないだろう。
「フォンを頼るしかないか」
フォンの権限なら調査くらいしてくれるだろう。しかし問題は日食が近いことだ。日食が来ればアペピは王都に攻め込んで破壊されてしまうだろう。そうなれば全て水の泡。
「連中はこれを狙ってたのか…」
「あのさ…」
土屋が聞きずらそうに質問する。
「さっきから言ってる連中って、誰?」
「さぁな。クーデターを起こそうとしているかもしれない奴らのことだ」
「クーデターって!」
「フォンに言ってある。周りのエルフが信用していないから証拠を提示することになったんだ」
「だから私に…もう!ちゃんと説明してよ!」
「説明してもなにもできねぇだろ。ネイスが起きる前に帰れ」
「うぅ…バカにしてー!」
土屋は走って行った。残ったのはトーレイと僕。
「何か言いたいことはあるか?」
「今のお前に言ってどうにかなるのか?」
「なるさ。演じているとはいえ僕は僕だ。それとも」
顔から表情を消す。
「こっちのほうがいいか?」
「…本当に演じているんだな」
「でないと感情が表現できないからな」
感情の表現ができない人間は信用されない。当たり前の常識だ。
「今は何も言わない。結果として王都が救えるというのなら願ったりかなったりだ。お前なら権力を得たとしても固執したりしなそうだしな」
「そうだな。自分の欲望さえ満たせればなんでもいい」
権力と言うのはただの称号にすぎない。称号だけで欲望を満たせるほど僕は甘い存在じゃない。
「この世界は魔法至上主義という名の実力主義で弱肉強食だ。権力者に取り入り使える人材を使い尽くすことで成り立っているのならそれに従うだけだ」
「人の心を無視してでもか?」
「無視していたら人はついてこない。考慮して協力したうえで使う」
「…お前は王に向いているのかもな」
「くだらない。そんなものに興味はない」
王なんて面倒なことしたくない。一国を統治するのがどれだけ心を摩耗させることか。ただでさえ偽っている心を摩耗させるなんてことしたくない。
「わたしはお前に捕食される側に立ってしまった。邪魔はしない」
「今後ともそうしてくれ」
「だが抵抗はする」
「そうか」
「捕食される側だとしても捕食者に抵抗するのは自然の摂理だ。手を噛まれないように気をつけるんだな」
「安心しろ。手を噛まれそうになったら息の根を止める」
肉体的にも社会的にもな。爆弾は確実に相手の息の根を止めるためにあるものだ。
「もういいか」
心を作り偽る。これから忙しくなるんだ。いつまでも素でいるわけにはいかない。
「同情するよトーレイ。お互い大変だな」
「心にもない言葉を」
「心はあるさ。偽りでもな」
少し笑ってその場を後にする。
トーレイの言葉はしっかり覚えておこう。心を作るうえで役に立ちそうだ。