準備
魔法は無事展開された。世界の狭間ともいえるこの遺跡から世界そのものに介入し光海を探し出す。探索の光景はスクリーンのように目の前に映し出された。
「美月、頼んだぞ」
「うん」
美月はスキルを発動させた。僕が見落とした場所は美月が見ていてくれるだろう。僕のなくなった絶対記録は美月が補完してくれる。
そして景色はどんどんと鮮明になっていく。
そして見えたものは……
「ここは…」
「うん。間違いないね」
その場所を見て僕たちは驚きを隠せず、苦笑いすら浮かぶ。
そりゃ分からないよな。
「上空、とはな…」
僕たちはそろって上を見上げる。
スレイク王国の遥か上空。そこに敵の本拠地があった。
灯台下暗し。確かに人間は誰も警戒しないよな。そして僕たちですら最近まで警戒しなかった。
「燈義くん!時計が!」
「動いたのか!?」
「うん…一分だけ、動いた」
確かに時計は動いていた。今まで五十五分をさしていた長針は五十六分をさしている。
つまり、あいつらが動き出した。
「見られていたことがばれたのかな」
「さぁな。でも動いたってことは、始まるんだろ」
「最終戦争?」
「だろうな…帰るぞ」
僕たちは遺跡を出て、そして一回だけ上空を見てルグルスに帰った。
会議でディスベルが結果を報告しているだろう。僕は失った体力を回復するため部屋で休んでいた。
美月も同じく休んでいて、フェルは資料の整理をしている。
「そういえば、この三人でこうやって過ごすのって久しぶりだね」
「そうだな…僕や美月は一緒にいることが多いがフェルは最近一緒にいることが少ないよな」
「そうですね。タマモさんに剣を習っていますので」
「剣か」
「はい」
フェルは資料の整理が済んだのか僕たちの前に座った。
「強くなりましたよ」
「知ってる」
フェルがいなかったら勝てなかった場面だって何度もある。
フェルは僕たちを見て少し笑った。
「懐かしいですね…この一年は色々なことがありすぎて時間が過ぎるのが早かったです」
「だねー。私も早く感じたなぁ」
「そうだな。いろいろありすぎたな」
僕たちはこの一年を思い出して笑う。
召喚されて森に飛ばされてエルフに拾われて悪神撃退したら破壊の勇者とかでてきて、そして確変前の世界のことまで関わってきて、そしてその最終局面にいる。
こう振り返ってみると色々ありすぎだよな。
「あの時、ロキに魔法をかけられて、幸せな夢を見ました」
「あぁ、見たな」
「見たね」
僕たちは戦いもなく二人で暮らしている夢を、フェルは…両親と一緒に暮らしている夢だったはずだ。
「私はあの夢を見て、この幸福につかりたいと思いました」
フェルはどこか遠い目をして話す。
フェルの家族はもう殺されているはずだ。だからこそ僕を過剰に、本当に過剰に守ろうとする。最近は少なくなったが前は口数も少なかったし、一人で背負いこむことが多かった。
「トーギさん、ミツキさん」
「なんだ」
「何?」
「私がいう事ではないですが、無茶だけはしないでください。前にも言いましたが私の世界はトーギさんとミツキさんだけなのです…どうか、どうか私を守ってください」
そういってフェルは頭を下げた。美月はそんなフェルの頭を優しくなでる。
「分かった。無茶はしない」
「私も。もうフェルちゃんを傷つけるようなことしないから」
フェルは頭を上げて笑った。僕たちもつられて笑った。
決戦前ということで訓練は盛り上がりを見せていた。
「っと」
俺は美鈴と手合せをしている。もう一般兵では束になっても勝てないので美鈴に頼むしかないのだ。
「休憩しようか」
「そうね」
疲労がたまったので木陰で休憩する。水がうまい。
俺は空を見上げて、美鈴に聞いた。
「美鈴は、地球に帰りたいって思う?」
「勇也が帰るのなら帰るわよ」
「…俺は、このまま永住するよ」
「じゃぁあたしも」
美鈴は迷うことなくそう言った。
美鈴も悠子も、もうこの世界にとどまることを決めている。勿論俺もとどまるし、世界に穴をあけない方法も考えてある。実際に成功もしている。
だが、前の世界で死んでしまって、美月と違い魂もない美鈴たちに関しては…
「ねぇ、美鈴」
「何?」
「もし俺のために世界から消えなくちゃいけないってなったら、どうする?」
「は?いやよそんなの。あたしは勇也と一緒に生きたいもの」
「…だよね。俺も嫌だ」
誰かが犠牲になって生きる未来なんてものはまっぴらごめんだ。そんな世界になるのならこの戦いすら意味を無くしてしまう。
俺は、全部救うために戦っているのだから。
「戦争はこれで終わると思う。美鈴、最後まで頑張ろう」
「勿論。生き残って一緒に生きましょう」
俺達は気合を入れて立ち上がった。
どこでもない空間、創造主は決戦前の世界を見て確変前のあの魔王との戦いを思い出す。
僕たちはこんな余裕なかったな。復讐にとらわれて、世界を巻き込んでずるずるとこんな事態を引き起こした。
これが正しいとは思ってない。だが間違っているとも思いたくない。
「もうすぐだね」
「あぁ…僕たちも準備するか。ラスボスらしく威張り散らして登場でもしてやる」
「その前にこの戦争の行方を見守らなくちゃ」
「見守るまでもないだろ」
あいつらは、あの時の僕たちと同じくらいで、僕たちが失ってしまったものを持っているのだから。
「もう終わりだ…最後まで頑張ろうな。勇也」
「あぁ、頑張ろう。燈義」
こうして戦争は最終局面へ突入し、そしてこの世界での戦いの最後もすぐそこまで近づいていた。