改造
ロキの宣言から五日が経ち、戦争らしい戦争が起こらなくなった。たまに魔獣が攻めてくる程度だし、近頃は尖兵も攻めてこない。
とりあえず世界終末時計だけは確認しているものの針はピクリとも動かない。
平和だ。だが平和なのがよくない。
「こう平和だと気が抜けるね」
「それが狙いなのかもな…」
僕と美月は休憩中の兵士たちを見て話す。
ロキの恐怖はほとんど消え兵たちにはあの戦争をしていた時のようなやる気が感じられない。
とはいえまだもっているな。だがそう長くはもたない。
「敵がどこにいるのかわかれば先手を受けるかもしれないのにね」
「先手を打って踏み込んだところで相手はほとんど何でもありの神だぞ?しかもフェンリルもいる。場所が割れたところで見張ることができるとも思えない」
「そうかなぁ…」
「それに…針は動いてないしな」
終末時計が一分でも動いたらすぐに総攻撃が始まると思っている。しかし、これはあまりに静かすぎる。
そしてこの平和の間、ロキがただこちらがだらけるのを待っているだけとは思えない。
可能性としては…神との戦いか。
「つってもここからじゃ観測できないんだよな…」
神々の戦いがどの程度進んでいるのか、また神話通りに進んでいるのかも分からない。もしかしたらロキはもう死んでいるのかもしれない。
…いや、そんな都合のいい考えはやめよう。むしろ最悪を想定して行動するべきだ。
そして僕が今とるべき行動は、ロキを倒す行動を模索することだ。
「何か手がかりがあればなぁ」
僕は青い空をみてつぶやいた。
手がかりか…
訓練をしていて少人数ではあるが兵たちの気が緩んでいるのが分かる。
戦争をしている最中でも人は「自分だけは死ぬことはない」と思えるのか、兵たちは明日死ぬかもしれないという現実を無視しているだけなのか知らないがどうも最初のころの気合が感じられなくなってきた。
まだ五日なんだけどな…いや、あの殺意を受けたから逆に気が抜けるのが早いのか?どういうことなんだ?
「恐怖支配でもする?」
「美鈴、それはダメだよ絶対」
「冗談よ。…でもこれは危ない」
「知ってる…何か手がかりがあればいいけど」
手がかり、手がかりか…手がかり?
「あ…」
「何か思いついたの!?」
「うん…恵梨香さんのことだけどさ」
「恵梨香?」
「そう。召喚魔法は勇者にふさわしい人を王様が選んで召喚したんだよね」
「そうらいいわね」
「だったらさ、それを使って恵梨香さんを探すことができないかな」
俺たちは勇者認定されているわけだし、召喚魔法を改造したら恵梨香さんの居場所をつかむことだってできるかもしれない。
「ちょっと燈義に聞いてくる」
「あたしも行く」
俺と美鈴は燈義に相談するために立ち上がった。
勇也が僕に相談を持ち掛けた。
「つまり、召喚魔法を改造して光海を探せないかってことか」
「そういう事」
「…確かにできないことはないかもしれない。魔法を改造するのか美月がいれば可能だろうしな」
「だったら!」
「だが範囲が広すぎる」
僕はため息をついた。
確かにいい案だ。よく思いついたなと僕も思っている。しかしそれを聞いて考えてみるとどうしても壁に当たってしまう。
「あいつらは世界のどこにいるか分からない。もしかしたら遥か上空かもしれないしな。召喚魔法は穴を通して僕たち、というか勇也たちを召喚することで範囲を絞ったが世界単位で魔法を展開することなんて……」
「どうした?」
「いや…世界単位で展開しなくても世界そのものに影響を与えられれば何とか…」
「世界そのものって…あの遺跡を使えば!」
「あぁ…試してみる価値はあるかもな。美月、手伝ってくれ」
「俺達は何かできないか!?」
「勇也は来い。岡浦、防衛を任せたぞ」
「またあたしは置いてきぼりなの?」
岡浦が少し不機嫌になったものの勇也のとりなしによってしぶしぶながら納得してくれた。今の僕はアトランティスの奴らと接触できるとは限らないからな。同じく世界の異常を抱え込んでいる勇也ならできるかもしれない。
と言うわけで、遺跡に着いたわけだが。
「なんでお前もいるんだよ」
「見張りだ」
ディスベルまで付いてきた。
まぁいい。ここに書いてあることを参考にして魔法を改造するだけだ。邪魔になることはないだろう。
「こんな場所があったんだね」
「あぁ、僕もこの前初めて知った」
そしてここで絶対記録を無くしたんだよな…いや、考えるのはよそう。一応要点を書き留めてあるわけだし、あとは足りない情報を足していくだけだ。
とはいえ、多いな。
「頑張ろう」
「あぁ、そうだな」
…美月の言葉一つでやる気になる僕は、やはりだんだんと人間に成っているのだろうか。
足りないものは沢山あった。術式に必要な属性と魔力の量。大量の術式を組み合わせ、しかもそれぞれ違った魔力量を注ぎ込む。そして絶対記録がないからいちいち書き留めなければいけなかった。
ここは日が差さないから分からないが、もう日は暮れているのではないだろうか。途中から身体強化して書いていた手はもう感覚がない。最終的に魔導書は三冊に及んだ。
実際に召喚魔法を創ろうと思ったら何十年かかるんだよ…
「あー…疲れた」
「お、お疲れ…ていうか私も疲れた…」
「俺も…」
「オレもだ…でもできたんだろ?」
「一応な…実験してみなくちゃわからないが」
途中で何度も、それこそ術式を一つくみ上げるたびに実験をしていた。なにせ失敗したらどこか分からない空間に飛ばされることだってありうる。
「それじゃ、始めるよ」
勇也が闇核を使うと遺跡の雰囲気が少し変わった。まるで闇核に反応しているようである。
そして勇也は頷き、僕は魔法の起動準備に入った。