宣言
大鍋で反乱を起こした貴族が持っていた食料をスラムの奴らに配っている間に僕はディスベルに報告を済ませることにした。
「つーわけでスレイクでやることは無くなった。世界終末時計があるかぎりここに攻撃はされないと思うが、万が一を考えるとここは防衛戦に適してないからな。そっちに戻りたいんだが…」
『ユウヤが王になったから戻れそうにないか。面倒なことになったものだな』
「全くだ…」
『ところでトーギ、お前に変化はなかったのか?』
「なにが」
『いや、お前にしてはえらく慎重だと思ってな。普段なら代役立ててとっとと帰ってくるだろう』
「まぁな……絶対記録が、なくなったんだよ」
『…スキルがなくなることがあるのか…?』
「色々あってな…詳しくは言えないが、なくなったんだ」
『まぁ今までの知識があれば今後の作戦にそれほど支障はないと思うが…不安か?』
「…いや、大丈夫だ。とっとと代役立てて帰る」
『分かった。ユウコとミスズとフェルとタマモはもう回復している。早く帰ってこい』
ディスベルとの通信を済ませて僕は忙しそうに働いている美月を見る。
過去に絶対記録が憎らしいと思ったことは何度もあった。普通の人間になりたいと何度も思った。しかしいざ無くなってみると不便なものである。そして当たり前にできていたことができなくなると精神的にくるものがある。
間違った選択ではないと断言できるが、気持ちは落ち込でいる。
「トーギくん大丈夫?」
「大丈夫だ。ディスベルがとっとと帰ってこいって言ってるから代役立てて帰るぞ」
「了解。勇也くんたちに伝えてくるね」
美月は勇也のところまで走って行った。僕も美月の後を追って歩く。
確認のために空を見上げても、穴はもう見えなかった。
適当に代役を立ててルグルスに帰ってきた。まずは回復した奴らと現状報告をしてからいつも通りの訓練に移った。
「もう立ち直った?」
「そうくよくよもしてられないからな」
僕は僕と同じく後衛の美月とともに魔法の実験をしている。今は実験の最中でも経過を書き留めておかないと忘れてしまう。
不便だな。
「しかし、いちいち実験過程を書き留めていたらきりがないな…」
「そうだね」
美月は少し笑った。
「なんか嬉しそうだな」
「えっとね…不謹慎かもしれないけど、うれしいんだ」
「何で」
「燈義くんも私と一緒のことしてるんだなってね」
本当に不謹慎だが怒る気にならなかった。僕は実験結果書き留めたものを美月にわたし実験に戻る。
「いちゃついているね」
「ッ!」
背後から声がして振り向きざまに爆発魔法を発動させたもののそもそも効くはずがなく僕は美月を抱きしめつつ爆風に紛れてその場から訓練場へと転移した。
訓練場ではいきなり現れた僕たちに驚いている兵士と勇也たちがいる。
「そんなに逃げなくてもいいのに」
「…なんでお前らはそう神出鬼没なんだよ」
今度は上空から聞こえた声に僕は恨みのこもった声で答える。声の主は小さく笑って「そういうものだからね」と答えた。
「で、何しにきやがった堕神」
「堕神って呼ぶのはやめてくれるかい?わたしにはロキと言う名前があり、追放したのは神々なのだから」
ロキはそう言って僕たちを見下した。いきなり現れたロキに即座に反応したのは勇也たちだった。すぐさま戦闘態勢に移行しそれからすぐに兵士たちもロキを敵だと認定して戦闘態勢に移行した。
しかし兵の中でも実力があるやつは剣が抜けずにロキに魅入ってしまっている。圧倒的な存在感に押しつぶされそうになっている。
「何しに来たかというと最後通告だよ」
「最後通告?」
「そう。降伏してくれないと、皆殺しにするぞっていうね」
ロキは楽しそうに笑う。だがその言葉を聞いても誰も降伏するとは言わなかった。降伏したくないとか、勝つ可能性を見出したとかそう言うのではなく、降伏したところで少し寿命が延びるだけで結局は殺されると全員が理解したからだ。もしかしたら人権を無視した労働を強いられるか実験か何かの道具にされるかもしれない。最悪、神々を楽しませる道具として遊び殺されるかもしない。
ロキの悪意が全身に伝わってきたからこそ、誰も降伏を言い出せなかった。
「なんだつまらない。降伏したら遊べたのに」
全員が「やっぱりか」と思った。もし降伏していたらその場で地獄行決定だっただろう。しかし、降伏していないからといって事態が好転したわけではもちろんなく、まさかそんなことを言うためにここまで来たとも思えなかった。
「さて、交渉も決裂したし武力行使でもするよ」
ロキの言葉で全員が魔法や剣で攻撃するために手に力を入れた。どれだけ強大でも一人。数でかかれば勝てると思ったのだろう。
しかし僕は一歩も動けずにいた。絶対記録があれば前に見た挙動一つ一つを比べたり目線を追ったりできた。しかしそれができない以上慎重にならざるおえない。
そして勇也たちも慎重になりすぎて動けいないでいた。
「どうする…?」
腕の中で美月が心配そうに聞いてくる。しかしすぐに答えを返せない。そんな僕たちを見てロキは笑みを崩さず言った。
「安心していい。すぐには攻撃しない」
「じゃぁいつするんだよ…」
「さぁ?一時間後かもしれないし、明日かもしれないし、一か月後、一年後、十年後かもしれないね。まぁでもその時は総戦力で当たらせてもらうよ」
ッ!最悪だ!ただでさえ立て続けの大きな戦いで兵士たちは精神的に疲弊しているのに総戦力で攻撃してくるという宣言はまずい。しかも時間の指定をしてこないところがさらに悪化させている。
僕たち全員が冷や汗をかいているとロキは消えてしまった。