消失
ただ前世の記憶が蘇ったところで僕は特に驚きはしなかっただろう。急な頭痛も少し顔をしかめる程度で済んだだろう。
しかし、これはどういうことだろうか。
「…幽体離脱?」
僕は体から抜け、体は下に倒れていた。僕の体を揺さぶって美月が叫んでいる。一応無駄だとは思っても声をかけてみた。
「美月ー」
「燈義くん!?起きたの!?」
…何で通じるんだよ!?と驚愕していると美月と目が合った。しかしすぐにほかの場所に目を移す。どうやら声は聞こえるが見えはしないようだ。
「聞こえるか?」
「えっと…聞こえるよ!聞こえる!どこにいるの!?」
「真上」
「え?」
「真上だ。俗にいう幽体離脱ってやつだな」
「幽体離脱…?なんで?」
「さぁ?」
分からないのだから仕方がない。しかしこの状況にも原因があり、そしてこれは多分いいことじゃない。
というか何も起きないことが逆に怖いぞ。
「で、どうなってるんだこれは…」
『ほう、ようやく君も世界に弾かれたのかい?』
「誰だ!」
いきなり声が聞こえた。しかしそれは姿を現さない。
というか今ようやくって言ったな。つまりこうなることを知っていたのか。
『我々は君と同じ状態の者だ。世界に弾かれたのだよ』
「いや例えそうだとしてもなんでいきなり僕は弾かれたんだよ」
『ここに来たからだ。ここは前の世界で造られこの世界に持ってこられたのだよ。つまりここは世界が不安定なのだ』
「質問の答えになってないぞ。僕は何で弾かれたんだ」
『それは君が君でありながら君ではないからだ』
僕でありながら僕でない。つまりあの確変の時の兵士が僕の魂だとかそう言う話か。いやでもあれは時間をかけて浅守燈義に成ったってことで完結しなかったか?
『いくら時間をかけようとも完全別の魂が体に溶け込むことはできない。故に君には絶対記録のスキルが残っているのだ』
「…で、お前は何しに来た。というかお前は誰だ」
『我々は君を手助けしに来た、アトランティスの民だ』
…そうですか。
『リアクションが薄いな』
「いやそもそもここはアトランティスの遺跡だろ?しかもこの状況ならなんとなく予想はつく」
『まぁいいや。それで、君への処置だが…浅守燈義に成るつもりはあるかい?』
「当たり前だ」
『そうか。では後悔しないように』
その声が聞こえて僕の耳元で何かが弾ける音が聞こえて意識が一瞬跡切れ目を開けると目の前に美月の顔があった。
「よかった!声も聞こえなくなったから心配したよ!」
「あぁ…悪い。もう大丈夫だ」
「そう…それじゃこの遺跡の解析をとっとと済ませるか」
「そうだね。どの程度まで終わったっけ」
「えっと………あれ?」
どの程度まで終わったっけ?いや内容は覚えているが所々しか覚えていない。なんだこれ…
嫌な予感がした。
「美月…何か本がないか?」
「本?一応いろいろ持ってきたけど」
「くれ」
美月が解析用に持ってきた本の一冊をかりてパラパラとめくる。そして本を閉じて内容を思い返す。
ほとんど、覚えていなかった。
「…マジかよ…」
絶対記録が消えた。
僕は本当の意味で浅守燈義に成った。
ある程度貴族を鎮圧して溜め込んであった食料をできるだけ領民に配ろうと計画していたところで燈義たちが帰ってきた。
燈義の顔色が悪い。美月は燈義を椅子に座らせて水を取ってくるとルーさんと一緒にどこかに行ってしまった。
「どうかした?顔色悪いけど」
「いや……絶対記録がな」
「うん」
「消えたんだ」
「…消えた?」
「あぁ…今までの知識はあるがこれ以上知識を詰め込むことはできなくなった…悪い」
「なんで謝るのさ」
「いや…なんとなくな」
燈義はいきなりのことで戸惑っているようだ。しかしそもそも見ただけで全部覚えられる能力自体なかった俺からしてみれば燈義の悩みは分からなかった。
でも、できたことがいきなりできなくなることは辛いことだよな。
「休む?」
「…いや、別にいい。違和感はあるが大丈夫だ」
「そう?」
「あぁ…アトランティスの知識は手に入った。手は疲れたがな」
「書いてきたんだ」
「まぁ、な。前まではこんな能力いらないって思ってたんだがなくなると不便で仕方がない…」
「そうだな」
確かに燈義のスキルは便利だったけど…いや、そう落ち込んじゃダメだ。今までの知識がなくなったわけじゃないし、魔導書館さえあればこの戦争に支障はない。
そんなことを話していると美月が水を持ってきた。燈義はそれを一気に飲み干す。
「ふぅ…」
「大丈夫?」
「大丈夫だ…やることをやろう」
「で、何をするの?」
「アトランティスは召喚魔法の研究をしていた。つまりこれは世界と世界をつなぐ魔法だ」
「俺達を召喚するための魔法だな」
「あぁ、前に話したと思うが僕が見えていた穴を塞ぐ手段でもある」
「あのスカイツリーが見えるとかいう穴?」
「あぁ…あの穴は世界を繋げている限り存在して、しかも両方の世界に影響を与える」
「つまり?」
「最悪、両方の世界が消滅する可能性がある」
それは…笑えないね。
「それで、どうすればいいの?」
「ますは創造主を倒すことが大前提だが…世界を切り離す」
燈義は自分が書いてきた本を広げた。