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魔導書製造者  作者: 樹
再会から戦争へ
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巨穴

 目の前の銀狼を睨みつつオレは一発逆転の術を考える。とはいえこの状況で逆転などそう簡単にできるものではなく、なのでそう簡単に策を思いつくわけがない。

 だが、死ぬわけにはいかない。


「どうするんです!?今の攻撃だけでも五回くらったら終わりですよ!?」

「分かっている…!つーか救済のスキルって何なんだよ!」

「今は使えないんですよ!広範囲ですから逃げている船まで巻き込んでしまう!」

「使えないなぁおい!」

「仕方がないだろう!」


 そんな言い合いをしつつありったけの魔法弾と砲弾をぶち込む。今は勢いで押さえていられているがそのうち弾薬は底をつく。


 そしてフェンリルには、未だダメージを与えられていなかった。


「冗談だろ冗談だろ!クソが悪夢もほどがある!」

「これは夢じゃなくて現実だけどね…!というかもう弾丸が底をつくよ!?」

「逃げられてない艦はあと何隻だ!?」

「一隻…ていうか、戻ってきてるんだけど!?」

「はぁ!?」


 オレが驚いた声を上げると同時に弾薬が底をついた。大きく陥没した地面の下から舌を出した巨大な銀狼がこちらを睨む。

 ここまでかよくそったっれ!


『お逃げください!』


 通信からそんな声が聞こえた。いつの間にか下を向いていた顔を上げると、目の前には二隻の船がフェンリル目がけて砲撃を開始していた。


「お前ら…逃げろって言ったろ!」

『王あってこその国でしょう!兵が死ぬことはあっても王が死んではいけないんですよ!あなたはアスルート様に負けず劣らず優しすぎる!』

「お前なぁ…!」

「逃げましょうディスベルさん!」

「キトル!あいつら死ぬと分かって逃げるなんて――」

「甘えないで下さいよ!」


 キトルが初めて怒りで声を荒げた。そしてオレにつかみかかる。


「あなたは修羅場を潜り抜けて来て戦を分かっているようで全く分かっていない!戦とは、死ぬものなのです!命は平等じゃない、僕たちは指揮官なんです死んではいけないんですよ!」

「だが!」

「いいですかディスベルさん、僕たち以外にこの部隊を立て直すことはできません!他にできるものがいるというのなら何も言いませんがそんな人はいないのです!しかもあなたが死ねばアスルートさんが戦場に赴き、そして死ぬでしょう!そしてあなたが死んだことにより運命を共にして死ぬユウコさんの代わりはおらずこの戦争は僕たちの負けなんです!」

「ッ!」


 何か言おうと思ったがしかし何も言えなかった。オレは無言でキトルの手を払い通信機の前に向かった。


「おい、お前ら」

『なんですか?王』


 オレは息を吸い込み、言った。


「…オレのために、死んでくれ……!!」


『了解…!獣人にできて我々にできないなど、ありえないんです!』


 即答だった。

 通信機の向こうからは十人ほどの声が聞こえ、そのどれも、誰もがオレを励まし、慰め、そして勝利を約束してくれと頼んでいる。


「約束しよう…オレ達は、お前らを糧に勝利する!」


 その言葉を受けて遺恨を無くした戦艦はフェンリルに突撃していく。

 オレはその二隻の戦艦を見送りつつ指示を出した。


「これより後退する…!あいつらの死を、無駄にするな!」


 これが、戦争。そして今まで安全圏にいたオレが判断を鈍らせたからこそ起きた惨劇。

 ユウヤも初めて戦争を知ったとき、こんな感情だったのだろうか。


「悪いキトル…もう大丈夫だ。自分の価値は理解した」

「そうですか…すみま――「言うな。オレが悪い」


 キトルの謝罪を遮り、オレは後ろから聞こえてくる爆発音を聞きつつ唇をかんだ。


 作戦は成功した。もう破壊の勇者の軍は機能しないだろう。


 そしてオレは、初めて戦争を知った。



 ディスベルの後退とフェンリルのことを通信で聞き、僕は空を仰いだ。

 ラグナロクの狼。破壊の勇者が無力化できたと思ったら神話の生物か。本当に休まる暇がないな。

 いや、元々戦争に休む暇なんてないか。


「ディスベルが帰ってくるぞ」

「…そう。作戦は成功したんだね?」

「作戦は成功した。だが新しい敵も現れて被害も出たらしい」

「…そう」


 かれこれ三時間。岡浦と勇也は一切の口をきかず同じ牢の中にいる。

 …なんつーかさ、空気が重いんだけど。この牢が地下にあるこのも関係していると思うが、この空気の重さはそれだけではないだろう。


「外にいる」


 空気に耐えられなくなった僕は外に出た。生暖かい嫌な風が吹いている。


「トーギさん」

「どうしたフェル」

「この戦争の終点、見えましたか?」

「終点は見えてるさ。だがそこに至る過程が見えない」


 だから怖い。


 だが、フェンリルが出たということはこの戦争の終わりは近いのだろう。そろそろ創造主が動き始めてもいいころだともうが。


「…何を考えているんだあいつは……」


 僕はもう一度空を仰ぎ見る。そこには肉眼でとらえられるほどの大きな穴があった。

 空にあいたその穴の向こう、あれは、東京。


「何が起きてんだよ…」


 あの穴は僕にしか見えない。美月も勇也も、勿論フェルも見えないらしい。あの穴が見えて半年。世界の終わりが近づいているという警告か、それともあのメモリーが起こした事態が大規模で起きているのか…どちらにせよ、いいものではないだろう。


 戦争の終わりは近い。しかしその先に待っている不安の終りは来るのだろうか。

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