銀狼
もう夜、迷宮の中からは部隊の交信が絶えず続いている。そんな中オレはゴーレム一体一体を変化させられるような方法があるのか考えていた。
しかし、そんな方法があるのか…考えられないな。実際にヒュガスを占領下においていたオカウラなら分かるのだろうが、先ほど通信したらとても情報を聞き出せる状態ではないらしい。
「で、何か思いついたのかい?」
「なにも思いつかねぇよ。実際見てみないと…」
そんな行き詰った状況が小一時間ほど続き、そしてついに報告が入った。
「キトル!」
「ルーさん、何か見つけたんですか」
「見つけたっていうか…なんだこれ…」
「映像を送れ」
そしてルーからの映像が送られてきた。
全員が、絶句した。
「おい……これは、なんだ……」
何とか声を絞り出した。絞り出さなければいけないほどの状況だった。
状況が理解できない…いや、理解はできる。だがこんな悪意の塊みたいな、理性も何もない光景を見せられて何を思えと。
「これって…脳、だよね」
「脳…だな。なんで消えてないのか知らねぇけど……」
「多分脳にさしてあるコードから回復魔法が流れてるんだと思う……」
「脳だけで生きられるのか…?」
「理論上では、可能だよ。君の右手がなくなったように体を死なない程度に一日ずつ削って最終的にここまでいったんだよ」
「そんなこと……いや、可能だからこの光景なんだろうが……」
「気持ちはわかるよ。さすがの僕でもこれほど醜悪な光景は見たことがない…でもこれで仕組みが分かったね」
目の前の光景は、半透明のカプセルに入れられて機会につながれている、数十人分の脳だ。
確かに仕組みは分かったが…こんなもん実行するのもそうだが思いつく時点で人間として終わってるだろ。
つまり、この脳からスキルを強制的に発動させ迷宮中に伝わっているわけだ。
「確かに脳をいじれば疲労なんて感じないだろうし、この装置がスキルを共有するものならこれほど長時間に渡ってスキルを使い続けたことも一体一体を変化させたことも説明がつくね」
「説明はつくが…」
「ダメだよディスベルさん。この光景は現実で、直視しなくちゃいけないものだ」
「分かってるよ…オレも自分の子孫を犠牲にして生きながらえてきたバカを見たことがあるからな…このくらいの悪意が存在することは理解できるさ……その悪意そのものは理解できないがな」
「しちゃダメだと思うけどね。で、どするのこれ」
「壊せ。一つ残らず、ぶっ壊せ」
オレの指示に部隊は即座に従い轟音とガラスが割れる音が鳴り響いた。誰もが目の前の光景を見たくないのだろう。
色々と疑問はあるが…なんとか終わったな。部隊と保護対象を回収して帰るか…
「ディスベルさん!」
「どうした!?」
気を抜いていたオレのキトルの焦ったような言葉が響く。そしてキトルは画面に映し出されている遥か彼方の映像を指さした。
「おい…なんだあれ…」
遥か彼方だというのにその強大さが分かる。銀の毛並みを持つ狼。その狼はこちらを睨み、体中から敵意を向けている。
逃げろ!
「――ッ!」
逃げる考えが頭をよぎった瞬間に自分の頬を叩いて踏みとどまった。そうでもしなければオレは何もかもを放棄して一人で逃げ帰っていただろう。
だが、今は一国の王でこの部隊の指揮官だ。逃げるわけにはいかない。
「…キトル、あれは…救済で倒せるか…?」
「無理無理絶対に無理。とっとと逃げることをお勧めするよ」
「逃げられるかよ……まだ下に兵と保護対象がいるんだぞ」
「だったらどうする?」
オレは目を閉じ、そして言った。
「他の艦と救済の接続を切れ。そしてできるだけ兵と保護対象を乗せて逃げろ」
「そんな!ディスベル様たちは!?」
「僕たちはあれを食い止めるよ」
部隊のあちこちから不満の声が上がる。中には自分も残るという声も少なくない。
だが、これは戦争なのだ。犠牲を覚悟で進む必要もある。
「これは指揮官命令だ!とっとと逃げろ!」
命令とあっては誰も何も言えない。兵は、悔しそうな顔をしながらも保護対象と自分たちを船にのせ浮上した。
「ごめんね救済…一緒に壊れてくれ」
「バカ言うな」
「え?」
「生きて帰るんだよオレ達も。つーかオレが死んだらユウコまで死ぬし」
白銀の狼はこちらに向かって高速で突き進んでいる。このままじゃすぐにここに到達するだろう。
…上等…!
「全く…トーギくんから聞いておいてよかったよ本当に!」
「あれを知ってるのか」
「知ってるよ。あれこそラグナロクの象徴の一つ……フェンリルだ」
フェンリルは救済に向かって飛びついて来る。救済ほどの大きさを誇るフェンリルは俊敏で、防御しきれず甲板に牙が突き刺さった。
「被害は!?」
「救済のHPが五分の一も削られた……でも、この距離なら外さない…!砲撃開始!弾薬の残りとか気にしなくていいから全部あいつにぶち込むんだ!」
凄まじい轟音と共にフェンリルに砲弾と魔力弾が当たりフェンリルの牙は救済から離れ地面に落ちた。救済も攻撃の余波を喰らったものの微々たるもので、先頭に支障はない。
さて…どうだあの狼は。さすがに頭に砲弾ぶち込まれたらしばらく起きないだろ…
しかしそんな希望は、二秒後に打ち破られた。
煙の中から姿を現したフェンリルは無傷、回復したとかではなく無傷だった。
「おいおい…冗談だろ!?」
しかしそんな愚痴も言っていられない。フェンリルが一つ遠吠えすると、周りにいたらしい魔物や魔獣がフェンリルに従うように集まってきた。
…マジでバグレベルだなこれ。
まぁ、そのバグの塊みたいなヤマタノオロチだって倒せたんだ…今回だって行けるさ。
つーかそう思わないとやってられねぇよ。
「行くぞキトル…殺すつもりでな」
「了解」
救済は再びフェンリルと向き合い、傷ついたまま戦いを続行する。