布石
ヤマタノオロチの周りが火に包まれる。獣人族の戦士たちは雄たけびをあげて敵を殲滅するため全力でぶつかっていく。
だが、揺らぐことすらない。淡々と獣人族を葬っている。
これだけの人数でかかって揺らぐことすらないって一体なんなんだ。
「谷川、まだか!」
「もういけるよ!」
しかしこっちにだって策はある。谷川の大道魔法だ。
「さてと…それじゃ、いくよ!」
谷川が杖を地面に向けて振り下ろした。そして谷川の大道魔法が発動する。
『抱擁』というのが谷川の大道魔法らしいのだが、名前だけでは全く分からない魔法ではあるが実際に見てみると納得した。
包み込んだのだ。戦場を丸ごと、魔法の指定範囲にした。
「大道魔法と並列して遮断魔法使い続けるなんて、そう長くはもたんよ」
「大丈夫だ。三十分も持てばいい」
ヤマタノオロチのバカみたいな力は人間どもの憎しみがある限り無限に供給され続ける。でも谷川が造ったこの範囲だけは違う。遮断魔法によって外部からの一切の魔法を遮断した。
憎しみを吸収するのが魔法ならば、当然その効果も遮断される。証拠に、
「ぐおぉおおおおぉおお!!」
ヤマタノオロチが少し揺らいだ。傷口も回復していない。とはいえこのままでは先に谷川の体力が切れる。その前にあいつと接触しなくちゃいけないんだが…
「美月は捜しててくれ。僕は魔法で攻撃する」
「分かった。勇也くんたちはどうするの?」
「あいつらは止められないだろ」
僕の眼前では勇也とタマモが作戦も何もなく全力でヤマタノオロチに斬りかかっている。もうこれだけで勝てそうだがそうもいなかいらしい。
「揺らぐは揺らぐけどダウンしない!」
「だったらもっと全力で!」
ドン!!とヤマタノオロチが光に包まれる。その光景に活気づいた獣人族の兵士たちはさらなる攻撃を開始した。
しかし、一方的すぎる。さっきからヤマタノオロチが何の反撃もしてこないのはおかしい。
「…やっぱりか」
案の定、集まってきたところを一斉攻撃するつもりだったらしい。僕はそれを魔法で防ぐ。古代魔法を使えばわけない。
とはいえ、これ以上暴走されるとフォローしきれなくなるな。
「勇也は下がって攻撃しろ!タマモ!軍を下げるから草薙の剣をつかえ!」
僕の指示に従い軍はすぐに後ろにさがり勇也も遠保からの攻撃に切り替える。
「動くなよ」
エクストラバインドでヤマタノオロチの動きを止める。しかしすぐに拘束を破って攻撃してきた。
しかしタマモのほうが早かった。
「呼応しろ…草薙の剣!」
タマモが天に向かって草薙の剣を掲げる。すると、タマモの上空にだけ太陽の光が降り注いだ。どういう原理だ。
「あれは…光魔法!?」
「いや、違う。あれがタマモのスキルだ」
草薙の剣は百年前にヤマタノオロチから回収された後一度天照大神に献上された。その後守護の剣のスキルとしてタマモのお家に受け継がれているらしい。そしてその草薙の剣の効果は、空の加護を得ること。つまり、天候を操ったりできる。アペピの能力と同じだがさすがに威力が違う。
「斬陽!」
光をまとった草薙の剣がヤマタノオロチに向かって振り下ろされる。ものすごい威力の攻撃がヤマタノオロチをとらえた。そして断末魔のような叫び声とともに光に包まれる。
勝った。と大多数の獣人が思っただろう。しかし僕たちはすぐに次の行動に移った。
「タマモを回収しろ。勇也!」
「分かってる!」
一時的とはいえ神の力を使ったタマモは疲労のあまりその場に倒れた。素早く獣人族の兵士がタマモを連れていく。
そしてその直後、タマモを連れていた獣人族がタマモを仲間の方へ投げた。そして空中から降ってきた黒い槍に貫かれて消える。
ヤマタノオロチは健在、か。
「美月まだか!」
「もう少し!心臓部らへんなんだけど…!」
「心臓部ってどこだ!?」
「ヤマタノオロチの首の付け根!」
そんな場所に心臓があるのか。どうりで異様に硬いと思った。
「聞えたな勇也」
「聞こえた!大丈夫うまくやるから!」
そう言って勇也は斬りかかった。
さてと…
「そろそろやるぞ、フェル」
「準備はできています」
未だヤマタノオロチは健在。正攻法であれを倒すことは不可能。それは何度もこの目で見てきたから確信している。
だから正攻法で闘わない。
「頼むぞ…」
一か八かの賭けに僕は拳を握る。
終わりが近い。
「見つけた…!燈義くん!見つけたよ!」
「どこにいる!」
「心臓…心臓にいる!」
「了解した…行くぞ!フェル!」
「はい!」
正直病み上がりのフェルにこんなことさせたくなかったが仕方がない。フェルでなくてはこんな繊細な作業できないのだから。
「勇也頼む!」
「了解!」
勇也がヤマタノオロチを引きつける。獣人族も参加して僕たちをヤマタノオロチの視界から外す。
大量の命が失われてきた。そしてようやく訪れた大逆転のチャンス。
「間違えられないんだよ!」
僕はフェルとともにヤマタノオロチの首の付け根に転移する。そしてエクストラバインドでヤマタノオロチを縛り、そして僕自身も固定した。
無茶してでも落ちるわけにはいかない。
「フェル!」
「はい!!」
フェルの気合の入った声が響きヤマタノオロチの硬い鱗が壊れた。そこでフェルはいったん離れる。
ここからは僕の仕事だ。
「収束圧縮魔法…!ホーリーランス!!」
収束した光魔法がヤマタノオロチの肌を削る。そして―――そいつがいた。
「ルーーーーース!!」
「ありがとう…トーギさん!」
そして僕たちの逆転が始まる。