追悼
絶望を体現化したようなそのプレッシャーに全員が押される。なんとか思考を保っていられるのは各部族の代表ぐらいだ。ほとんどの兵士がヤマタノオロチを見た瞬間に自分の死を悟ったに違いない。
それに僕も、もう『諦め』の文字が頭の中を占めている。
というか何で出てくるんだよ亜音速砲すらまだできてないんだぞおい!
などと文句を言っても始まらないのは分かっている。でもこれはさすがに、ない。
「ぅぁぁあぁぁあああああ!」
「攻撃するな!」
僕の制止も虚しく一人の兵士が恐怖に駆られ攻撃をしてしまった。しかしそんな攻撃でヤマタノオロチが倒れるはずもなく平然とそこになっている。
しかし反撃はなかった。てっきり攻撃して来たら反撃するものだと思っていたがヤマタノオロチは特に何をするでもなくそこにいる。もしかしたら結界があって攻撃できないのかもしれない。
しかし結界はすぐに壊されるかもしれないし次に攻撃が来ないとは限らない。できることならルグルスごと放棄したいがそんなことはできない。
「燈義くん…」
「大丈夫だ…最悪でもあと二時間くらいで亜音速砲ができる。そうすれば何かできるはずだ」
勿論亜音速砲だけでヤマタノオロチに勝てるとは思っていない。でもあれがあれば何かしらの突破口が開けるはずだ。
そんなことを思っているとヤマタノオロチが動いた。全員の体が強張るもののヤマタノオロチはそのまま後ろを向き地面に潜って行った。
よかった…帰ったのか…
全員が安堵していると水晶の向こうから悲鳴が聞こえた。
『あぁぁぁああぁぁあああああ!!!』
勇也の叫び声が聞こえる。驚いて水晶の向こうを見ると、ルースが腹を黒い槍で貫かれたまま宙に浮いていた。
ヤマタノオロチの出現により俺はエクスカリバーとデュランダルを解放する。闇核も同時に使えるようにはしておいたが斬りかかったところで勝てる気がしない。どうやっても負ける。
強くなったつもりではいたんだけど……これは正攻法で勝てる相手じゃないよ…!
「ユウヤさん…」
「大丈夫ですルースさん…動かないで」
ルースさんからヤマタノオロチが見えないように立つ。とはいえ本気で攻撃して来たらひとたまりもない。
そんなことを考えていると一人の兵士が魔法で攻撃するのが見えた。
「なんてことを!」
舌打ちして悪態をつく。しかし予想していた反撃はこずヤマタノオロチはただそこにいた。心なしかこちらを睨んでいる気がする。
どうしようか…燈義は何を考えて…
「って、へ…?」
いきなりヤマタノオロチが動き出したかと思うと背を向けて地面に潜って行った。
か、帰った?
「よ、よかった…」
死ぬかと思った。と気を抜いた瞬間後ろから押された。全く予想していなかった衝撃に俺は地面に転がる。
文句を言おうと振り向こうとしたその時―――
生温かい液体がが俺の後頭部から背中を濡らした。
「……」
嗅いだことのある匂い。鉄のような嫌な臭い。
後頭部を触ってその液体を確かめると、予想した通りの真っ赤な血液。
そして振り返ると、地面から突き出た黒い槍のようなものに腹を刺されて宙に浮いているルースさんがいた。
「あぁぁぁああぁぁあああああ!!!」
うまく声が出ない。目の前の状況が理解できない。
しかしそんな俺を待つことなくさらに三本の槍がルースさんの心臓部と頭に刺さり、そこからも血が流れ始める。
そして間もなくルースさんは粒子となって消え、かなり遅く伸ばした俺の手が届く前に魂は黒く染まり槍と一緒に地面に消えた。
そして、そこには血液とルースさんが着ていた鎧と使っていた武具が残され、ルースさんのそれ以外が消えた。
「なん……で…!」
おそらくヤマタノオロチは俺を狙っていた。安堵して油断した俺を狙っていた。でもルースさんは気を抜いていなかった。脆弱だから、誰よりも臆病だから気を抜けなかった。
そして俺の代わりにルースさんは死んで、魂はヤマタノオロチに喰われた。
「俺は、なんで勝てないんだよ!!!」
俺の絶叫が響いた。
ルースを失った日の夜。それは一日目と変わりのないものだった。
軍全体から見れば一人の兵士が死んだだけ。それに今日は一人どころか全体の三割の兵が死んでいる。一人の死を特別に悼むようなことはしない。
だから僕たちだけでやることにした。参加者は僕と美月と勇也と谷川とフェルだ。
「これで…いいな」
ルースが着ていた鎧や武具を掘った穴に埋め木で作った粗末な墓標を立てる。そこに名前を入れて全員で手を合わせた。美月の鳴き声が聞こえる。勇也は泣き声を我慢しているようだが少し漏れている。
そして僕も、唇を噛んでいた。
貧弱兵士。僕は勇也にそうルースを紹介した。その時は僕もそう思っていた。
でも、全然違った。貧弱だと言った自分を殴りたい。
「あぁ……クソ…」
腹が立つ。なぜそんな言葉が最後なんだろう。ルースのおかげで二度も絶望を乗り切れたというのに。
「安らかに、眠らせてやらないとな…」
僕の小さなつぶやきに全員が頷いた。
「その通り」
不意に後ろから声をかけられた。振り向くとフォンがいた。
「ルースには…とても世話になったものね」
そう言ってフォンはルースの墓の前で手を合わせた。
「亡くすべきじゃなかった。と後悔してる…!」
「そう…そうね。亡くすべきじゃなかった。でも、まだちゃんと死ねてないのよね…」
死ねてない。ルースの魂はヤマタノオロチに喰われてしまった。
「ユウヤ、最後にルースの近くにいたのはあなた?」
「…はい。守れなくて、すみません…!」
「いいの…とは言えないわね。ルースのスキルはこれからも必要だったから」
勇也がグッと拳を握る。
「だから、あなたが終わらせてあげて」
「え…?」
「だってずっと蛇の腹の中なんて、嫌でしょ?」
そう言ってフォンはその場を離れる。そして離れ際に僕に言った。
「勝利こそ最高の弔いよ。空いてしまったルースの分の力、ちゃんと埋めなさい」
「…あぁ」
僕が頷き返すとフォンは去って行った。
僕たちは魔獣に対抗する策を失い、また明日からの戦争の行方が分からなくなった。