狂気
フェルが負傷しつつも百年前のフェルを倒し、僕の企みも成功したところで一日目は終わった。夜はアペピのおかげで今は神々の侵攻がなく嘘のように静かだ。しかし壊れた街も負傷した兵士も、そして死んだ兵士も嘘じゃない。
フェルのケガも、勿論。
「確かに死ぬなとは言ったが……」
僕は自分の部屋に寝転がりつつ考え事にふけっていた。
それにしてもギリギリすぎる。一年前のフォーラスを巻き込んでの爆発よりも危なかったぞ。
でも、それより危ないことがあるんだよな。だって制止役を担っていたとみられるフェルがいなくなった今、破壊の勇者が暴走する可能性は大きい。そうなれば単身で突撃してくるも十分にあり得る。一年前もあったらしい。
その場合、甚大な被害がでることは想像に難くない。いくら勇也がいたとして完全に抑え込むことは不可能か…しかもあいつも勇者。大道魔法が使えないというのは甘い考えだろう。
しかしあいつ…なんでこうも早く退場させてどうするんだよ。
いまいちあいつの考えが分からない。と悩んでいると部屋の扉が開いて美月が入ってきた。
「燈義くん」
「どうした美月」
「今、いい?」
「何かあったのか?」
「ううん。ただ会いたかっただけ」
そう言って美月は僕の隣に寝転がった。
「ねぇ、燈義くん」
「なんだ?」
「フェルちゃん、大丈夫だよね」
「大丈夫だろ…HPも完全に回復したんだし。それに十二時になればある程度の異常はなくなるはずだ」
まぁあの大怪我では完全回復は難しいだろうが。
「違うよ。私が言ってるのは百年前のフェルちゃんのこと」
「あぁ…」
僕は自分がしたことを思い返し何も間違っていないと再度確認する。
「フェルは大丈夫だ…ちゃんと向こうにいけた」
「本当?」
「あぁ…お前だって見たろ?」
「そうだけど…」
この一年で僕たちがしてきたことは神々の説得だけではない。どちらかと言うとこの目的のために特定の神々に接触してきたのだ。だから、失敗するはずがない。
「なぁ」
「なに?」
「お前はいいのか?地球に帰らなくても」
「燈義くんがここに残るなら、私も残るよ」
「…そうか」
美月の即答に僕は安堵して目を閉じた。
すぐに意識が遠のいていった。
悠子がディスベルさんと一緒に今後の作戦を検討し、べリアちゃんも武器の開発のために工房にこもっているので俺はとある場所に向かって夜のルグルスを歩いていた。
フェルちゃんが創造主の仲間を見事に倒し、燈義たちの企みもうまくいったらしい。
「一日目から色々とありすぎでしょ…」
疲労は結構溜まっているものの十二時を過ぎればその疲労もなくなる。一日目は全くダメージを負わなかったので身体的には全く問題がない。というかそのことに罪悪感を覚える。フェルちゃんが十分すぎるほどに強いというのは分かっているけれどそれでも自分より小さい子が死にかけたという事実が辛い。
「…ここが、天岩戸か…」
ルグルスの近くの洞窟。その最奥に天岩戸はあった。天井に穴が開いていて月の光が差し込んでくる。
かつてここに魔物が封印されており、そしてその魔物はいまだに数体しか確認されていない。それも封印が解かれた最初だけでここ半年は全く確認されていない。
ヤマタノオロチのことにあるし…できるだけ魔物のことを知らないといけないんだけど…
「とはいえ…手がかりがねぇ…」
「だったら上げようか?」
その声に、俺は思わず剣を抜いて振り返った。
そこには、あの懐かしい岡浦美鈴がいた。
岡浦美鈴。俺と同じ勇者として召喚されつつも俺のせいで暗黒面に落ちた少女。そして、べリアちゃんの故郷を襲いこの戦争の中心にいる破壊の勇者。
そんな彼女が、なぜここに……!?
「久しぶり勇也!元気だった?」
「あ、う、うん…」
まるで戦争のことなど何もなかったかのように美鈴は挨拶してきた。その言葉に驚きつつ俺はなんとか頷き返す。美鈴は俺が反応してくれたことがうれしいのかにっこりと笑った。
「ねぇ勇也、あたし頑張ったよ?」
「何を…?」
「世界征服」
さらっとすごいこと言った。そしてまだ世界は征服されたわけじゃない。
「あたしね、勇也のことが好きなんだ。だから勇也」
美鈴は、嬉しそうににっこりと笑った。
「世界をあげるから、私だけのものになってよ」
「――――ッ!?」
決定的だった。
俺は…ここまで美鈴を追い込んだのか?このふざけた戦争の、べリアちゃんの故郷を滅ぼしたその理由が、俺を手に入れるため。
胃が締め付けられる。心臓が信じられないほど早く鼓動を打つ。しかし美鈴はしっかりとそこにいて、そして美鈴が発した言葉も真実だ。
ダメだ飲み込まれるな!
「…美鈴、俺は世界なんていらない。だから戻ってきてくれ。今ならまだ――」
「無理だよ」
俺の言葉の途中で美鈴は簡単に否定した。
「無理。だってもう退けないもん。あたしは世界を征服する」
「なん、で…」
「だって勇也、こんな世界にいたら絶対に誰かを助けちゃう」
………は?
美鈴の言ってることが全く分からない。助けてしまう。とはどういう事なんだろう。
「あのべリアって子みたいに勇也に悪い虫が付くのは嫌。だから世界を征服して創りなおすの。私と勇也の理想の世界に」
「理想の、世界…」
「そう。私の勇也だけが結ばれる世界。それ以外の人たちなんて従順な奴隷でいい」
ダメだ!
「それはダメだ!」
思わず俺は美鈴にエクスカリバーを構える。しかし後悔はない。
ダメだ。美鈴は俺が無理やりでも抑え込まなくちゃダメだ。美鈴の思想は、最悪すぎる!
「恵梨香さんは…」
「恵梨香?あぁ、大丈夫よ。生きてはいるから。そんなことより勇也…」
美鈴はにっこりと笑った。
「私に剣を向けちゃダメよ」
ゾクリッ!と全身に鳥肌が立ち本能的にその場を離れた。そして全力で洞窟の外に出る。
俺が洞窟を出た瞬間、洞窟が消滅した。比喩ではなく言葉のまま。一片の痕跡を残すことなく消滅した。
「勇也ぁ…」
美鈴はそれでも、にっこりと笑っていた。
「待っててね。すぐに終わらせるから」
そう言って美鈴は消えた。俺はそれを見届けてその場に膝をつく。
さすがにこれは、シャレにならない…!