消滅
剣を突き刺された魔王は苦悶の表情を浮かべ目の前にいるディスベルさんを振りほどいた。ディスベルさんは地面に転がったもののケガは大したことないようだ。
「ざまぁみろよ…死にぞこない…!」
ディスベルさんが嘲るように笑う。魔王は刺さっている剣を抜こうと手でつかみ、そして無理やり引き抜いた。
しかし、その行動こそ俺たちの目的だ。
「な、ん…!?我が、消えっ!?」
魔王が驚きの声を上げる。
魔力の塊でしかない闇核の剣には体を傷つけることも、HPを削ることもできない。しかし、敵を戦闘不能にすることはできる。むしろ敵を戦闘不能にして殺さず捕まえることこそこの剣の神髄だ。
そしてアスルートさんに寄生している魔王は、当たり前だが体はなく闇核と同じ魔力の塊、同じイレギュラー。イレギュラーはイレギュラーでこそ斬れる。
魔王に抜かれた剣は消え、魔力は俺の中に戻る。魔王は胸を押さえて苦しそうにしているが所々から黒い何かが漏れている。
あれが、魔王の本体か!
「な、なぜだ!?なぜ敗北する!?我こそが最強の、最高の王だというのに!?」
「最強?最高?…あほか。一人で何でもできるなんて思ってる誇大妄想野郎に国を任せておけるわけないだろ」
ディスベルさんがため息交じりに魔王に言った。
「あるべき場所に帰れ死人。オレこそが魔王だ」
魔王は憤怒の表情を浮かべるがすぐに苦悶の表情に戻り、そして気絶した。倒れたアスルートさんを悠子が介抱している。
よかった。これで終わり…
「避けろユウヤぁ!!」
安心しているところにディスベルさんの声が響く。ハッとして上空を見上げるとまさに黒い塊が目の前に迫っていた。
あ、ヤバ―――
黒い塊が中に入ってきて、俺の意識が途切れた。
精神に入った魔王は勇者の体を乗っ取るため浸食を開始していた。
よくもやってくれたなあの勇者。まぁこの体を乗っ取れば勇者の力も我のものにできる。まずは姿を隠して勇者の力を完全に支配下に置いてからデュランダルとかいう力も…
「人の領土に勝手に入ってくるなんて、礼儀をわきまえない王なんてただの偉ぶってるおっさんだよ?」
不意に、上のほうから声が聞えた。
バカな!?精神に介入するなど我以外にできるはずが!?
「何者だ!?」
「ぼく様だよ。初めまして魔王様」
そこにいたのは少年だった。
確か…フォールだ。ナイト=フォール!戦争に参加していないと思ったらこんな場所に!?
「しっかしシナリオ通りに進んでいるね。君がここに来たということは現実での君は敗北したのだろう?」
「まだ敗北はしていない。むしろこれから勝つのだ」
「悪あがきなんてらしくない。王なら引き際をわきまえなよ」
「引き際をわきまえているからこそここにいるのだ。我はまだ死んでいい存在ではない」
「死んじゃいけない存在なんていないよ。だから君はここで死ね」
ざくり、と無数の槍が魔王の体を貫いた。魔王は何が起きたのか分からず目を見開く。しかしそれはフォールも同じだった。
ぼくの見せ場を奪わないでほしいなぁ。
「貴様ぁ…何、を!?」
「いや今のはぼくじゃない。…ユウヤくん、やるなぁ」
ユウヤ…勇者…か!?バカな!この力は闇魔法、光魔法を使う勇者が闇魔法を使えるはずが…!?
「大道魔法。全てを許容する力って感じかな」
「許容…だと!?これだけの矛盾を!対極に位置する二つを許容したというのか…!!」
「それができるから勇者なんだよ」
あの闇魔法の剣は勇者の力だったか!?くそ!…いや、落ち着け。この空間は肉体的死がない。意識を強く保てばなんとかやり過ごせるはずだ。
この程度の危機、今まで何度味わったと思って――
「おや、遅かったねご老体」
「黙れ若造」
声が一つ増えた。後ろから老人の声がした。驚いて振り向くと黒い剣を持った老人が立っていた。
「特別製じゃ。痛いぞ?」
老人――ギアトは両手に持った二本の剣を魔王に突き刺した。
痛い痛い痛い痛い!?なんだこれなんだこれおかしいだろこの痛みはこんな痛みこの世にあるのか!?
「まぁ、君にとっては精神こそが存在だからね。存在そのものに対する攻撃なんて痛いに決まってるか」
同情するようにフォールが言った。しかしその声は魔王に聞こえない。存在そのものが揺らいでいる魔王の叫び声は消えかけている。
さてと、そろそろぼくの出番かな?とフォールは右手をかざした。
「生き物は死んだらどこに行くと思う?」
もう聞えないであろう魔王にフォールは問いかける。当然のことだが返事はない。小さなうめき声が聞こえるだけだ。
「ハデスの力、味わってみるといいよ」
消えかかっている魔王に穴が開いた。その穴に魔王は吸い込まれていく。
死んだら行く場所は、今はこの世とあの世の境界。しかしハデスの力を使って魔王を送ったのは、世界外の空間。
簡単に言えば生も死もない、何もない世界から外された空間。当然死ぬことはできず永遠に何もない場所に閉じ込められることになる。
「残酷なことをする」
「残酷じゃなくて何が魔王だよ。ぼくの世界では魔王は絶対悪です」
「絶対悪が勇者の手助けか…」
「そう言わないでよご老体。もうすぐぼくたちは消える。これくらいはしてもいいじゃんっと、そう言ってる間にほら」
フォールとギアトの体が透けていく。二人は苦笑いしつつ言った。
「ま、弟子に道を示せるくらいの師匠でよかったよ」
「いやいや、全く」
二人は笑う。消える瞬間に泣きながらも笑っているユウヤが見えた気がした。
あぁよかった。
二人は師匠としての役割を全うできたことに満足し、幸福な感情に包まれて消えた。
そして、精神世界での静かな戦いが終わった。
こうして長く続いた魔王の呪いは終わり、新しい魔王が誕生する。勇者とともに世界をかけた戦いに身を投じることになる魔王が即位した。