回帰
女を殺した僕たちは悠子とフェルが起きるのを待って到来へと帰還した。まだ少しふらふらしている三人を寝室へ寝かせ、僕はキトルと話すためキトルの部屋へと向かった。
「おかえり」
部屋に入った途端にキトルが言った。僕たちと一緒に魔力魂を取りに行っていたやつらも戻っており、フォンも城に戻したそうだ。キトルにとってもフォンの存在はイレギュラーだったらしい。
とはいえ、きっちり利用しようとしているみたいだが。
「勇者くんは、大道魔術を習得したみたいだよ」
「大道魔術?」
「詳しく知らないんだ。でも正式に呼ばれた勇者にしか使えない魔法らしいよ」
「ということは、他の三人も使えるのか?」
「使えるよ。勇者ならだれでも」
それじゃ面倒なことになるな。こっちも向こうも勇者は二人。大道魔術がどの程度の威力か分からないけど、召喚勇者特有の魔法だというのなら期待してもいいだろう。脅威でもあるのだけれど。
「そして、君たちイレギュラーにも固有スキルを獲得してもらうよ」
「獲得?習得じゃなくてか?」
「そう。獲得。君がまさにやってきたことだよ」
僕がやったことって…まさか。
「神々と交渉して味方につけてもらう。そのための君たちで、そのための到来だ」
「ここに乗ったときから手のひらの上かよ…」
「君たちにとっても悪い話じゃないよ?」
そうだろうよ。一部とはいえ神の力を授かれるんならな。成功しなければその場で殺されそうだけど。
でも、やるしかないんだよなぁ。
「取りあえず大道魔術に対抗して新道魔術と名付けてみたんだけど、どう?」
「名前はどうでもいい…で、お前はこれからどうするんだ?百年前の仲間とはいえ今は到来機関の長だろ?そろそろ本気でコーホジークの革命したほうがいいんじゃないか?」
「その件に関してはもう最終段階だから問題ないよ」
「問題ない?」
「うん。だって」
キトルは特に何でもないように言った。
「明日、総攻撃を始めるから」
…マジか。
僕は天井を仰ぐ。
まぁ…仕方がないことか。これ以上引き延ばすのは多分、無理だ。
「なぁキトル。聞きたいことがある」
「何かな?」
「お前、大丈夫なのか?」
「大丈夫って?」
僕は前々から疑問に思っていたことを聞いてみた。
「お前、無理してこの世界にいるんじゃないかって聞いてるんだ」
「…どういうこと?」
キトルは言葉に少し詰まった。動揺しているのだろうか。
「お前の弟子が開発した魔法、リライト。その効果がそろそろ切れるんじゃないのかと思ってな」
そう言うと、キトルはため息をついた。
「バレてた?」
「確証はなかった。…ここまで来たら腹を割って話そうか。お前のことを」
「話すことなんてないよ。君の考える通り、思った通り。とっくの昔に死んでいた魂がリライトによって無理やり器に入れられた。そうして出来上がったのが、僕さ」
キトルは悲しそうに笑った。
そりゃそうだ。百年も生き続けられる奴が、イレギュラー以外でいるはずがない。そしてイレギュラーが干渉して世界に影響を与えることをできる限り避けるあいつがイレギュラーを一国を担うかもしれない革命軍に入れるはずはないからな。
「お前、死ぬのか?」
「死ぬっていうのは少しおかしいかな。もう死んでいるんだから」
キトルは自分の腕をはずして見せた。
「ほら。本当はちゃんとした設備で変えるはずの容姿をこんな着せ替え人形みたいに変えられる。これを生き物と言える?」
「でもお前にはHPがあるし、スキルもあるだろ」
「スキルは魂に宿ってるものだからね。そしてHPはこの体の人のだよ。偽りの体に魂が入っているに過ぎない」
「…それでもお前はちゃんと心があるだろ」
「この心は偽物だよ」
「違う」
僕は怒気をはらんだ声でキトルの言葉を否定した。
断定してみたところで、キトルの言葉を否定したところで何が変わるわけではない。でも譲れない。
イラつく。これが同族嫌悪というやつだろうか。
「お前の心は僕の心より本物だよ」
「…だといいね」
信じろよ。バカが。
僕は部屋を出ようと扉に手をかける。
「キトル、もし生き残る方法があったら生きていたか?」
「…いや、もう疲れた。そろそろ休みたいね」
その言葉を聞いて、僕は部屋を出た。
そして部屋の前でうずくまっているルーを見る。
「…聞いたか?」
「聞こえた…」
「理解、できたか?」
「…できるわけ、ないだろ…!」
涙ぐんだ声でルーは言った。
「分かるわけないよ…!!お前ら…なんなんだよ!何をするつもりなんだよ!」
「…本当に、何してんだろうな。僕は」
どこか虚しくつぶやいた言葉は空気に消えた。僕はこれ以上ルーにかける言葉が見つからずその場を離れる。
キトルが死ぬ。死んで消える。認めたくない。認められるはずがない。
僕の歩く速度は少しずつ早くなっていき、自分でもどこに向かっているのか分からない。
「ふざけんな…ふざけんな…!ふざけんな!」
何かないのか!僕にできることはなにもないのかよ!
『落ちつけ。少年』
「落ち着けると思うか!?」
『落ち着くべきなのだ』
「それはそうだが…!」
『要するに、リライトという魔法の発動期限が過ぎようとしているのだろう?だったら少年の得意分野ではないのかね?』
「得意分野?」
『少年のスキル、よもや忘れたわけではあるまい』
僕の、スキル?…そうか。そうだ。今は世界に存在しているのだから…!
「…やるか」
僕は小さくつぶやき、美月が寝ている部屋へと向かった。