喪失
ユウヤがいなくなった。全力で捜索をしているが全く見つからない。証拠すらない。
本当にこの世にいるんだろうな…あの一瞬で死んだとも思えないが。
まるで瞬間移動のように、魔法陣も何もない状態からユウヤはどこかに消えた。
「で、ユウコは何か知ってんのか?」
隣で書類整理を手伝っているユウコに聞いてみた。ユウコは悩んだように言った。
「一応見当はつくし、死ぬことだけはないと思うけど…この状況はまずいよねぇ」
「そうだな…闇核の効果がないとアスルートを助けられないんだよなぁ…」
初代魔王に乗っ取られたアスルートの行方も全く分からず、行動を起こそうとしている気配もない。ホーメウス全土に警戒を呼びかけ、どんな田舎にも兵士を向かわせ定期的に連絡をさせている。そしていまだに連絡が途切れた場所はなく、異常な現象も見当たらない。
「失礼します」
「ホトか…何かあったのか?」
「クリューが目覚めました」
今まで気絶していたクリューが起きたらしい。死んでもおかしくない衝撃を受けたはずなのに起きるまで回復したのはやはりユウコの治療の賜物だろう。さすが勇者。
「そういえばクリューくんって苗字とかリュートさんと同じじゃないけど、結婚した時は同じ苗字にせんの?」
「別に苗字は別でも困ることはないだろう。それにクリューは…戦災孤児だ」
「戦災孤児…」
「軍と革命軍との戦いに巻き込まれた村の生き残りだ…リュートが拾ってきてな。帰る家もないし、まだ赤ん坊だったから二人で育てることにしたらしい」
「大変やろうに…」
「あいつらも許して欲しいんだよ。守れなかった奴らにな」
ホーメウスは一見平和そうに見えても前々から危ない状態にある。アトランティスから支給される無限の資源は分け隔てなく、与えすぎず与えなさすぎず恩恵をもたらしてくれる。しかしその資源を独占しようと様々は国が、貴族が、この魔王という肩書を狙っている。
特に、闇魔法の使い手が現れなかった今代は特に水面下での争いが激しくなっている。暗殺なんてことも結構な数が報告されている。
「絶対王政である以上次の王を決定することは最優先事項だが…随分と長く王が不在になったもんだな」
「でもディスベルがみんなをまとめてくれ取るから軍も、大臣さん達も機能しとるんよ?もう魔王になるべきやと思うけど」
「最初はジューダスの企みを阻止するためだったんだがな…まぁ企み自体オレの勘違いだったんだが」
ジューダスの遺体はしっかりと墓に葬られ、少人数ながらも葬式もちゃんとやった。アスルートもちゃんと墓参りさせてやらないと。
「失礼する…調子はどうだ?」
「あぁ…ディスベル様。この調子ですよ」
病室にはリュートがいて、ベッドに上にクリューがじゃらだを起こした状態でオレを見ている。そして少し遅れて小さく礼をした。
「なんか感情が抜け落ちたみたいだな…大丈夫なのか?」
「体の傷は全部直したんよ。でも精神的ショックが大きくて…多分今まで寝てたのもそのせいやと思う」
「精神的、か。話せるのか?」
「まだ無理です。体を少し動かすことはできるのですが…」
「無理はさせなくていい…咎めるつもりもないしな。ハデスの力は無くなったんだろう?」
「うん。完全に消えとる」
ならいい。そう思って病室を出ようとすると、クリューが小さく声を発した。全員が驚いてクリューのほうを向く。
クリューは驚いたように、困惑したように言った。
「ここは…どこ?ぼくは…だれ?」
これがお約束のセリフだったら、クリューがふざけているだけだったらどれだけよかっただろう。
クリューは記憶をなくしていた。
珍しく泣きじゃくるリュートをホトがなだめ、オレが病室に行ってから実に二時間後に自室に帰ってソファーに座った。
…傷は、思ったより大きいな。オレも、あいつらも。
「ディスベルが落ち込むことないんよ」
「そう言うユウコもだろ…あの状態から意識が回復したことは奇跡だよ…」
この世界では寿命、もしくは病気などで死ぬときはHPがだんだんと減っていき、どんな回復魔法を使っても回復しないままゼロになる。死ぬまでの平均時間は約三十分ほどだ。クリューもまさにそんな状態で、唯一の救いは死が決定しておらず回復魔法が効いたことだろう。
とはいっても断続的とはいえ三時間も回復魔法を使ってくれたユウこのおかげなんだろうが。多分、ユウコがいなかったらクリューを見捨てていただろう。
「記憶障害か…あれも精神的なものなのか?」
「もしかしたら『記憶はないもの』として完全回復してまったのかもしれんね。この片腕みたいに」
オレたちは無くなった右手を見る。体の破損は回復しない。HPは全回復するのだがなくなった部分は戻らない。
もしクリューの記憶が『なくなったもの』として世界に扱われたのならもう戻ることはないだろう…
「犠牲はつきものだというが…」
実際、戦争が起きるたびに何千人もの兵士が死んでいる。それを考えると生きているリュートはまだましなのだろう。
戦争とは、そう言うものだ。
「ま、落ち込んでる暇はないんだよな」
ユウヤにアスルート。探さなくてはいけないのが二人もいる。早く見つけてこのくだらない魔法継承騒動を終わらせ―――
『我が僕、我の姿を括目することを許そう』
城中に、いやホーメウス中にその声は響いた。
聞き間違えるはずもない。今まで必死に守ろうとしていたやつの声だ。ただ一人の家族の声だ。
『我は王。神に成りし原初の王。夜明けとともに我は凱旋する。宴の支度をしろ。大いなる王の凱旋である』
それだけ言って声は消えた。
このタイミングで、このユウヤがいないタイミングで来るかよ…魔王!!