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魔導書製造者  作者: 樹
それぞれの戦い
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火災

 現在、例の部屋の中。僕とナナはそこに隠れていた。あの話し合いが行われた後に、なんと母親は包丁で襲ってきた。まぁその程度なら魔法を使えばなんとでもなったが母親の狂気を見てナナが泣き叫んで走って部屋を出て行ってしまったため僕も少し迷い、ナナを追いかけた。今思えばあそこで無力化しておくべきだった。


「大丈夫か?」


 僕の呼びかけにもナナは全く応じず、ただ震えている。

 この部屋はナナのトラウマでもあるが、幸子から逃れられる場所でもあるようだ。この部屋の中にいるときだけは幸子は自分に関与せず、一人で安全にいられた場所なのだろう。

 自分にトラウマを与えた場所が、自分の安息の場所となっていた。


「僕が出ていくわけにも、いかないか」


 ナナは僕の服を握っている。無理に振りほどいたら錯乱しそうだ。

 とはいえここにずっといるわけにはいかない。ここには窓がない。外の音が聞こえる限りもう警察はついてるみたいだ。さすが研究所の指示。

 しかし、それでも入ってこないということは…


「やっぱりか…!」


 閉めてある扉の向こうから煙が入ってきた。そして室温がドンドン熱くなっている。

 火をつけやがったか!


「まぁ魔法があるから何とかなるだろうが…」


 そう思って天蛇の書を開けると、文字化けしていた。

 …嘘だろ?


「使えない…だと!?」


 なぜか魔法が使えない。その事実に僕の体を焦燥が支配し、何とか打開しようと状況を見直す。

 失敗した。魔法が使えると思い込んでいた。どうして魔法が使えなくなったかなんて分からないがとにかく今は使えない。魔法が使えたから油断していたからこの状況の打開策を用意してない。

 壁を打ち破るにしても火を消すにしても魔法が使えてこそだからな…どうする。どう打開するんだこの状況!


「くそ!」


 扉は既に燃えはじめ、もうすぐに燃え尽きるだろう。この部屋の外に出れば魔法が使えるかもしれないが確証がない以上危険だ。いや、危険云々言ってられる状況か!?でもそこで床が抜けたりしたら万事休す…!


「どうすればいい!?どうすれば助かる!?」


 考えろ。幸い魔導書は使えないがそれ以外が取り出せるんだ。それならまだ打開策はあるはずだ!


「燈義、くん…」

「なんだ!?今考えてるから話しかけるな!」

「私に構わないでいいよ」


 ―――――――は?


「私に構わなくていいよ」

「おま…何言ってんだよ!かっこいいとか思ってるのか!?」

「声が、聞こえたの。メモリーっていう人の声」


 メモリー!?あいつ何を吹き込みやがった!?


「燈義くんが魔法を使えなくなったのは地球にいたいって、私と一緒にいたいって思ってるからなんだって。あっちの世界への思いが消えかけてるから、使えないんだって」

「だから、ナナを見殺しにしろ、と?」

「そう。私がいなくなれば、燈義くんが地球に残る理由の大半は消えるでしょ?」


 確かにその通りだ。静乃や博文のこともあるだろうが一番の要因はナナだ。ナナがいなくなれば、僕が地球にいる理由もなくなるだろう。


 で、そんなことできるか?答えはNoだ。


「ふざけるなよナナ。僕はナナを見殺しにしたなんて傷、背負いたくないぞ」

「でもこのままじゃ死んじゃうよ!」

「死なないために考えてるんだろ!」


 ナナを黙らせたものの状況が打開できたわけではない。むしろ刻一刻と炎が迫っている。

 ダメだ。希望を持て。僕は帰らなくちゃいけないんだ!


「…そうだよ」


 僕は呟く。


「帰らなくちゃいけないんだよ!美月のところに!」


 今更になって自分の思いに気が付く。僕は美月が好きだ。だから帰らなくちゃいけない。ピンチになってようやく気が付いた自分の気持ちで奮い立つ。

 思い返せば、僕がこいつと一緒に遊ぶのに抵抗がなかったのは美月に似ていたからだったな。

 好きになったのはこいつが先でも、好きでいるのは美月なんだ。


「僕は向こうに帰るぞ!魔導書を戻せ!」


 僕は叫び、魔導書が光る。しかし、それだけだった。少し文字化けが直ったもののまだ使えない。


『遅すぎです』


 メモリーの声が聞こえた。

 遅すぎ…ふざけんな!


「ふざけんな!」

「本当にね!」


 僕が叫ぶと同時に扉の向こうで叫び声が聞こえ、扉が蹴破られた。燃え盛る炎の中に立っていたのは、水をかぶった博文だった。


「近所で火事だって言われて来てみたけど!無事でよかった!」

「ど、どうやってここまで!?」

「親の愛に不可能はないんだよ!さぁ!早く!」


 博文が僕たちを呼ぶ。僕たちは弾けるように飛び出し。そして消火された廊下を走る。階段の下には煤だらけになってあちこちに水をかける静乃がいる!


「早く!」


 静乃が叫び、僕たちは全力で外に飛び出した。僕たちが走った後を炎がおい、僕たちが家を飛び出すころには家が炎で包まれていた。僕たちはそのまま保護され、ようやく一息つく。


「し、死ぬかとおもった…」

「もうこんなこといや…」


 そう言って博文と静乃、父さんと母さんがしゃがみこむ。僕は二人の前に行った。


「ありがとう」

「無事で、よかった!」


 母さんが僕を抱きしめる。

 そうか。この世界なら、僕に優しいこの世界なら、僕は幸福に生きていけるんだ。


 僕は決意を固め、携帯電話を取り出した。そして着信履歴からメモリーの番号を呼び出す。


「ナナ、またな」

「うん。ばいばい」


 ナナは悲しそうに笑い、僕は父さんと母さんに微笑む。

 そして僕は、地球から消えた。

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