友人
敵をすべて倒し切り、僕は魔導書を閉じる。すると音が戻ってきた。隔離が解除されたのか。…それにしても後処理が完璧だな。削れた地面も壁も倒れた街灯も全部元通りだ。
それにしても…面倒なことになったな。三谷にどう説明らいいか…記憶改竄でもできればいいんだが生憎、そういう魔法は持ってないんだよな。
「あー…大丈夫か?」
「 」
絶句とはこのことを言うのだろう。まるで召喚されたときに発した僕の言葉を聞いた時のようになっている。
「おい、三谷」
三谷の目の前で手を振る。
「あ…えっと…」
「…場所を変えるか」
まだしばらくうまく話せなさそうなので落ち着けるように適当に見つけた公園のベンチで休むことにした。自販機で水を買い三谷に渡す。三谷はそれを一気に飲んでため息をついた。
「とりあえず、一から説明してくれる」
「そうだな」
一から説明と言ってもこの状況が理解できていないのは僕も同じなので適当に話をごまかしつつ三谷に話す。
異世界に召喚されたこと、そこに魔王みたいなやつがいて倒さなくてはいけないこと、僕が魔法を使えることなどを話すと三谷はまたため息をつく。
「遠いなぁ…燈義くん」
「そうか?」
「そうだよ。あの時からずっと、遠くにいる」
そう言って三谷は僕の目を、悲しそうな目で見つめる。
…なんだ、なんだこの感じ。嫌だ。こいつにこんな顔をされると本当にいやだ。でもなんでだ?こいつは美月に似ているけど美月じゃない。それは僕が一番分かっていて、だからこそこいつにこんな感情を抱くはずないのに。
「私は、君の近くにたどり着けるかな……・・?」
そう言って三谷は、とうとう涙をこぼした。
その瞬間、僕は思い出した。今まで経験のないことで『思い出す』というのがひどく不思議に感じられた。
「ナナ…?」
僕がそう呟くと、三谷が驚きつつも嬉しそうに顔を上げた。
ナナ、というのは僕が研究所にいた時に、同じ研究所にいた少女だ。母親に捨てられた僕は人間不信になりかけていて、毎日が色あせていた。
その時にあったのがナナ、三谷奈波で、彼女も才能を見込まれ研究所に引き取られた。というか売り飛ばされたうちの一人だった。
ナナは僕が優遇されたことで友達ができないことをなぜか気にしており、よく話しかけてきた。
『遊ぼう』
『やだ』
そのころはナナの一方通行で、僕は無視して研究所の課題をやっていたのだがとうとう無視できず、怒鳴り返した。
そしてそれが間違いだったと、その時は本気で思った。
怒鳴り返してショックを受けるよりも、むしろナナは反応してくれたことが嬉しかったらしく今まで以上に話しかけるようになった。
そして、僕も次第にナナと話すようになった。結局、僕は一人だとう現状を我慢していただけで話しかけられて嬉しかったのだ。
そして、ナナは僕と約束した。
『いつか、燈義くんと同じ場所に行く』
その約束はナナの中で絶対的なものとなり、それからのナナの学習は凄かった。本当に僕に追いつくかもしれないと、幼いながらに思っていた。
でも、現実は違った。ナナは僕に追いつくことなく研究所を去った。
ナナが研究所を去った理由は簡単で、僕が課題をしっかりしなくなったからだ。もちろん日々でていた課題は完璧にこなしていたのだが研究所の奴らはそれだけでは足らなかったようで、僕の才能の邪魔になると判断したナナを追い出した。
あぁ、そうか。だから僕は人間不信になって、その時に心が壊れないようにナナとの記憶を封印したんだ。
「思い出した…?」
「思い出したよ」
きっちり全部、思い出した。でも、これは思い出してよくもあったが悪くもある。
僕はナナが好きだった。だから美月を好きになったのではないだろうか。
「どうしたの?」
「…いや、何でもない」
僕はナナを見つめる。
ナナは美月の代役ではなかった。そして僕はナナという人間があったからこそ美月を好きになったのではないか?僕の心はずっと前からナナに氷解されていて、それを一方的に僕が忘れ、美月に氷解されたと思い込んだだけではないのか?
「あー…ダメだ。答えがでない…」
僕はナナのことも気にせず呟く。ナナは嬉しそうに「君でも分からないことがあるんだね」と言った。
あるに決まっているだろう。僕は神様じゃないんだから。
「何に悩んでるの?一緒に考えようよ」
…そういうのが悩みの種なんだよ。と僕は呟きたくなった。しかし言ってもの仕方がないのとなので話題をそらす。
この感情から逃避する。
「それより、お前のことだろ。あの部屋、何があったんだ?」
僕はそう聞くとナナは笑顔を凍らせた。そして下を向き少し震える。
「握ってて、いいかな…?」
「好きにしろ」
僕が素っ気なく返事を返すとナナは僕の手を握った。
「…研究所から帰ったらお父さんが死んでたの」
「死んでたって…」
「心臓麻痺。もともと心臓が弱くて、お薬とか飲んでたんだけど…私が管理してたから」
「いや、お前がいないからって飲まないのはおかしいだろ」
「飲まないんじゃなくて、飲ませてもらえなかったんだよ…!」
ナナは少し怒りを込めた声でそう言った。
…若干、予想はしていた。研究所に売られて、定期的に仕送りと称して入ってくるお金は基本親が使う。そんな親でないとあそこに我が子を置き去りになんてしないだろう。
もちろん、我が子に毎日会いに来る両親もいた。しかし、少なくともボクとナナは違った。
「警察も心臓麻痺だって断定したらしくて、私は何も知らないままお母さんに引き取られて…それで……!」
「いい。もういい」
ナナの言葉を僕が遮る。
そうか、研究所でもいらなくなって、家でも居場所を無くしたのか。だから僕を頼ったのか。
…まずいなぁ。この世界にとどまりたい事柄が、また一つ、しかも今度はとてつもなく大きな要因ができてしまった。