不遭
クリューくんが死者を現世に呼び戻してもう二日目。特に動きを見せることはなく、また住民の辺境への避難も着々と進んでいた。
ちなみにこの世界、グールなどといったゾンビのような魔獣や魔物はいない。死体は消えるから生き返りも何もなく、今回初めて俺達はゾンビの類と闘うことになった。しかし死者たちにはHPはあってもスキルはなく、HPがなくなれば生者と同じように光となって消える。しかし生者とは違って痛覚はないようで、すでに派遣された隊が青白い顔をして「足がもげても止まらなかった…」という報告をしてくれた。
「で、ついに戦争になるわけだが」
ディスベルさんが重々しい声で集まった俺たちに告げる。この場にいるのは全員、今回の戦争に向かう兵士たちだ。無論、俺や悠子も例外じゃない。
べリアちゃんも行きたいと言っていたがさすがに連れてはいけない。しかしディスベルさんに「やってもらうことがある」と言われていたからべリアちゃんも忙しくなるのだろう。
戦争は二回目か…それに今回の敵はクリューくんだ。やっぱり気が引けるけど…
「全軍!我が国のために命をささげよ!」
前で兵士たちを鼓舞しているリュートさんを見る限り、やっぱり戦いたくないなんて泣き言は言えないよね。それに、ディスベルさんと悠子がクリューくんを助けるって言ったんだ。その言葉は十分に信じられる。
この戦争、生者と死者の戦争を終わらせることもできず、全世界を巻き込んだ戦争なんて生き残れるはずがない。いわばこれは俺にとっての試験なんだ。
「全軍!出撃!」
約十万人の軍が行進を開始する。
敵が侵攻しているというのはフィレツ高原という何もない場所らしい。開けた地形をしていて地盤がしっかりしていないから建物が建てられないとか。そこは魔王城から徒歩で二時間ほどで到着し…
到着した全員が恐怖と驚きで立ち止まった。はるか先、まだ見えるかどうかも分からないであろう距離から聞こえてくる死者たちの声。そして足音。すぐにこの大地を埋め尽くすほどの、埋め尽くしてもまだ足りないほどの軍勢が現れるのだろう。
一体この中で、何人が死ぬのだろうか。そう考えると俺は足が振るえる。情けないと分かっていても震えてしまう。そんな俺を見たリュートさんが俺の頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でた。
「怖く、ないんですか?」
「怖いさ。当たり前だろ。でもな」
リュートさんが兵士たちをぐるっと見回す。
「ここにいる全員にそれぞれ、大切なものがある。それが守れずに壊れることのほうがよっぽど怖い」
…そうですね。俺もそれは凄く怖いし、すごく嫌です。
「全員、聞いてくれ」
戦場についてきたディスベルさんが全員に聞こえるために用意した拡声器で声を張り上げる。
その言葉は、俺たちを鼓舞するのに十分すぎるものだった。
「オレたちは運命を踏みにじる!常識を嘲笑う!悲劇を覆す!絶対を潰す!それがオレの信じる!オレたちが信じてきたお前らだ!全員前を向け!これが生者の意思だと今更出てきて好き勝手やるつもりの死者たちに見せつけろ!自分たちの居場所を自覚させてやれ!」
ディスベルさんは大きく息を吸い、叫んだ!
「ここは!オレたちの世界だ!」
「「「「「おおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」
全軍の叫び声で死者たちの声がかき消される。俺も高ぶる心臓を押さえつつ一つ、息を吐く。
大丈夫だ、一人じゃない。浅守に頼らなくても勝てる。これは俺が勝たなければいけない戦いだ!
「行くぞ!」
リュートさんが剣を抜き、姿が見えた死者の軍勢のほうを向く。その姿はまるで空を覆い尽くす雨雲のようで、よくこの場所に入り切ったな。という感想が出てきてしまうものだった。
でも、だれも恐れてなんていない。自分が死んでも誰かが守ってくれるから。
「砲撃準備!」
ありったけの大砲が並び、死者が射程圏内に入った瞬間に轟音を鳴り響かせ弾が飛んでいく。そして地面に着弾し、数百人の死者を巻き込んで爆発した。
しかし死者は止まらず、やはり手足が吹き飛んでも這って進んでくる。
「さて、武勇の見せ所だな」
リュートさんが兜をかぶり剣を抜く。俺もエクスカリバーとデュランダルを解放して目を閉じる。
さぁ、行こうか。
「第一突撃部隊!行くぞ!」
兵士たちの声が鳴り響き、足音が大地に響く。俺も叫び声をあげて死者の軍勢に突っ込んだ。そして死者がもっている剣を斬り、死者を切り殺す。
「弱い!これなら!」
死者のレベルはせいぜい二十が限界だ。一体一体なら一撃で殺せる。でもこれだけ数がいたら俺でも十分殺される可能性が出てくる。
それにもう、数に押しつぶされてあちこちで光の粒子が天に昇っていく。
「陣形を崩すな!」
リュートさんが指揮をして兵士たちがその通りに動く。よく訓練されているから今のところ被害は最小限に抑えられているのだろう。
でも、最小限とはいえこれか。つらいな。
「はぁぁぁ!」
エクスカリバーエクスカリバーを振るい俺はため息をつく。斬っても斬っても敵は無限に出てくる。いつか終わりはあるのだろうがこれはあまりに不利だ。
でも、この状況は逆転できる。俺はそう信じて剣を振るう。
「ユウヤ!」
リュートさんが俺を呼ぶ声が聞こえる。何があったのだろう。
「右にバカみたいに強い奴がいる!相手してくれ!」
「はい!」
俺は右のほうで粒子が上がっている場所に向かう。
そして、息をのんだ。
「……クリュゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」
思わず全力でクリューくんの名前を叫んでしまうほど、その出会いは唐突で、一番望まないものだった。
だって、
「なんであなたが敵なんですか!ギアトさん!」
ボロボロになったギアトさんが、俺に剣を向けているのだから。