死者
にやりと笑うクリューくんに攻撃を仕掛けたのは悠子とフォールだった。悠子が捕縛魔法でクリューくんの身柄を押さえフォールの闇核が容赦なくその体を貫く。
しかしクリューくんは笑いを崩さず、一滴の血を流すことなく立っている。
「やっかいだなぁ…!」
嬉しそうに笑うフォールと悔しそうに顔をゆがめる悠子、そしてクリューくんを睨むディスベルさん。三人以外は何が起きたのか分からず、動けなかった。そんな俺たちに悠子の叱咤が飛ぶ。
「攻撃を仕掛けて!」
「え…で、でも…」
「信じて!誰も死なないから!」
悠子が叫ぶ。俺はクリューくんをみて、覚悟を決めた。
悠子があんなに言っているんだ。だったらその言葉に答えなければいけないだろう。
絶対に誰も失ってやるもんか。
「行くよ…」
小さく宣言して俺はデュランダルとエクスカリバーを解放し、両手にエクスカリバーを握り斬りかかる。光る二つの刀身はクリューくんに当たったものの傷つけることは出来なかった。
これ…見えない鎧か!
「五十年前に戦場で死んだ獣人族のある兵士のスキル『ストップアタッカー』。能力は攻撃の無効化だよ」
子供らしい無邪気な笑顔を向けながら俺にそう言い、俺の腹部に手を当てた。
「デッドショック」
「ガッ!?」
腹部に感じた軽い衝撃がすぐに強大なものとなり俺は後方に吹っ飛んで床に激突する。とっさに魔力を集めて衝撃を吸収したものの息が口から強制的に排出される感覚がして少し息が詰まる。
あ、危なかった…
「早く起きなよ」
「言われるまでもないよ…」
俺が体を起こすとフォールが攻撃しているのが見えた。闇核で構成した無数の魔力弾が四方八方からクリューくんを襲う。しかしクリューくんは両手でそれを振り払った。
「凄いね…まさにチート」
「嬉しいでしょう?」
グリューくんがフォールに問いかける。フォールは満面の笑みを浮かべて言った。
「茶番だね」
フォールから肯定の言葉が返ってくると思っていたクリューくんは驚いた顔をして、そしてフォールを睨む。
「茶番、ですか。この状況が、あなたたちの圧倒的に不利な状況が、茶番ですか」
「その通り。だってこんな典型的な展開だよ?きっとこのシナリオを用意した奴は作家の才能がないんだろうね」
「この世は、物語ではありません。それとも一撃で吹き飛んだそこの勇者が覚醒でもして反撃するんですか?」
「そうだね。きっとそういう展開だ。覚醒した勇者によって冥府の契約者は倒され皆笑顔になりました。なんて絵本みたいなシナリオになるんだよ。そんな結果が決まっている戦いなんて茶番以外の何物でもない」
笑顔で、まるで子供をなだめる大人のような声でフォールは言った。クリューくんは額に青筋を浮かべてフォールを見る。フォールはやれやれと首を振った。
「百年前は面白かったんだけどな…まぁあんな戦いは一年後に期待だね」
「戯言を!」
とうとう怒ったクリューくんがフォールを攻撃する。無数に現れた透明な弾丸がフォールを襲う。
まずい!俺とフォールは魔力探知で位置がわかるけどディスベルさん達はできない!防御魔法を!
「だから君は負けるんだ」
パン。とフォールが手を叩くと、透明な弾丸は消えた。クリューくんの顔が驚愕に歪む。
「百年前、ボクはあらゆる生物の頂点にいた。そんな存在にただの死者が勝てると思うかい?」
「ぐ…!」
「ボクに勝てる存在はただ一つ、ボクと同じ頂に立つ勇者だけだ」
そう言ってフォールは俺と悠子を指さす。「今は欠けているけどね」と言った。一言多い。
クリューは俺と悠子を交互に見て、舌打ちをする。
「冥府だぞ!冥府の契約者!死者の王!数兆人のスキルが敵なんだぞ!」
「だから?」
フォールは興味を失ったようでため息をつきながら答える。
「死者の王とか、数兆人のスキルとか、そんな下らないものに興味ないんだよ。所詮、雑魚が数億人集まっても数兆人集まっても雑魚だ」
本気でぶち切れたキトルが全力でフォールを攻撃するもその攻撃は全てかき消される。そしてフォールは闇核を集めてクリューくんに攻撃を仕掛ける。しかしその攻撃はまたしてもバリアで阻まれる。にやりと笑うクリューくんにフィールは「ばーか」と言った。
その瞬間、クリューくんが口から吐血する。
「はい。これが対処法でした」
そう言って、自由奔放に言い放って消えた。クリューくんは血を吐き終えて俺たちを睨む。
えっと…なんだろう、この理不尽な怒りは。いやまぁ敵なんだろうけど、ここまで引っ張って否定されるって光景を目の当たりにした後じゃ戦いにくいなぁ…
「ユウコ、リュート、ユウヤ」
俺たちの名前を呼んで、ディスベルさんはクリューくんを指さす。
「クリューを助ける。だから、攻撃しろ」
ディスベルさんの命令を受け、俺たちは一瞬の迷いもなく、今まで放心状態だったリュートさんすら迷いなくクリューくんへの攻撃を開始した。
絶え間なく続く俺たちの攻撃にクリューくんは舌打ちをして後退を始める。
「逃がすな!」
言われなくても。逃がさないように三人で囲んで退路を断つ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!」
と叫び地面に自分の手を押し付けた。俺たちは殺気を感じて後方にさがり、悠子は打ち合わせしてあったかのように転送魔法を発動させた。そしてクリューくんが転送される。
「転送先はあの廃城やけど…これはまた面倒なことになったね」
「面倒なことって…へ?」
クリューくんが転送されたはずなのにクリューくんの声が聞こえる。これもスキルなのだろうか。
『地獄は始まり世界は飲み込まれる!亡者の叫びは世界に響き生者は等しく死に絶える!』
俺たちは城の外に出ると、あの廃城があったあたり、ここからかなり距離があるはずなのに赤い魔法陣が見えた。そこから黒い雨のように何かが落ちている。
それが死者だと気が付いたのは、それから五分後のことだった。