代役
誰かと食事をする。ということを十年以上しておらず、僕は一言も話さず目の前にある夕食を食べている。
これも幻想なんだろうが…味や匂いがあるのは凄いな。五感で感じられるようにはなっているのか。ディストピア…ってわけではないもんな。
「どうした燈義、また考え事か?」
「…別に、なんでもない」
博文の言葉に適当に返事をして僕は立ち上がり、食器を片付けて自分の部屋へ入る。
「あー…くそ。まだ感情がなかったらなんとかやり過ごせたんだろうがな…」
演じられない以上なんとかこの空間を切り抜けるしかないんだろうが…しかし本当にどうなっているんだ?こんなことができるなんて魔法聞いたことないぞ。
可能性として、今までの冒険は全て夢落ちだったという場合も考えたのだがステータスが見えるし、さっき試しに魔法を使ったら使えたのでそんなことはないだろう。
「外に出てみるか…」
家の中には何もない。だったら外を探すしかないだろう。
自分の部屋を出て博文と静乃が楽しそうに話しているのを聞きつつ靴を履き、外に出る。午後八時、日は完全に落ちていて目の前の大通りには車が走っていたり、部活で遅くなったであろう男子高校生が携帯電話で誰かと話しながら帰っている。
僕は街の様子を見ようととりあえず学校へと向かった屋上は解放されていないが魔法があれば鍵ぐらい開けられる。
「寒いな…」
カレンダーで確認したがもう十二月だった。季節は冬、寒いのは当然だろう。
僕は校門から学校に入り玄関のカギを開け、階段を上がって屋上へ向かう。
その途中先生などとすれ違ったが「忘れ物をした」と言うと「お前も忘れ物するんだな。なんか安心したよ」と言って行ってしまった。どんな感想だ。
そして屋上へと続く階段に足をかけた時、廊下の奥から走ってくる音が聞こえた。
「こらー!屋上へは行っちゃいけないんだよ!」
「…美月か」
僕に注意を促したのは美月だった。しかし目の前に現れた美月に違和感を覚える。
なぜだろう。と思ったがとりあえず屋上へ向かうため適当に話を振る。
「生徒会の仕事か」
「そうだよ」
「頑張れよ」
適当に言葉を送り階段を上り始めたところで「こらー!」とまた声が聞こえたそれでも無視して上っていると服を掴まれる。
面倒な奴だな。
「生徒会に戻れよ。勇也が待ってるだろ」
「ゆうや?誰?」
「誰って、生徒会長だろ」
「違うよ。生徒会長は村崎達人くんだよ?」
…おい、ちょっと待て。村崎達人って誰だ。
僕はある考えが頭をよぎり、その仮説を実証するために質問をする。
「お前の名前、土屋美月だよな」
「へ?違うよ。私は三谷奈波だよ」
美月、ではなく三谷の言った言葉に僕はため息をつく。
なんてことだ。ここはそういう世界か。
ここは、僕たちが抜けた世界か。
屋上に行くのを諦め僕は三谷と一緒に下校することになった。他の生徒会の面々はとっくに帰ってしまったらしく、先生に頼まれて資料の整理をしていたらこんな時間になってしまったらしい。
三谷から聞く限り、生徒会の面々は三谷を含めほとんど凪川たちと性格の違うはないらしい。写真を見せてもらったが容姿もほとんど違わない。
絶対記録がなかったら分からなかっただろう。
「って、燈義くん本当に覚えてなかったんだね」
「興味なかったからな」
「そっか、でも興味もってくれてうれしいな。だって燈義くんいつも一人だもん。話しかけても反応してくれないし」
やっぱりこっちの僕もそんな感じなのか。
というかなんで僕だけこの世界に残ったままなんだ。
「ねぇ、アドレス交換しようよ」
「あぁ」
別れ道に差し掛かったところで三谷がそう言ってきた。
連絡先を聞いておいたほうが何かと便利だろう。こいつくらいしか僕に話しかけてくる奴いなかったし。
僕は携帯電話を取り出してお互いのアドレスを交換した。
「それじゃ、私こっちだから」
そう言って三谷は僕と別れた。僕は携帯電話をポケットにしまい三谷とは別の道を歩き出す。
本当にどうなってるんだこれ。
『お答えしましょうか?』
「ッ!?」
いきなり頭の中に声が響いた。
『誰だ…』
『私のことはメモリーと呼んでください』
頭の中で言葉を返すと返事を返してきた。念話みたいなものか。
『それで、僕に何をさせるつもりだ』
『身構えなくて結構です。この世界では争い事は起こりません』
『答えになってないぞ』
『あなたにはこの世界で生きるかあの世界に戻るか、一週間後に選んでただきます』
『選ぶまでもない。こんな生きにくい世界よりあっちのほうがいいに決まってる』
『人間は慣れる生き物でございます』
『この世界に慣れろってことか』
疑問を返しても返事がなかった。一方的に話して切られたらしい。そして僕の携帯電話にメールが届く。携帯電話を開いてみると差出人は三谷だった。
『明日、遊びに行きませんか?』
昔の僕なら断るどころか返信もしないだろうし、現在の僕でも拒否のメールを送るだろうが、今の僕は三谷に肯定のメールを返した。
だってこんな文章が書かれていたのだから仕方がない。
三谷からのメールのずっと下。最下層に書かれてあった文章。
『ミッション 三谷奈波と遊びに行ってください メモリー』
何がミッションだ。遊んでるのかこいつは。
僕は携帯電話を閉じてため息をつく。そして自分の家の前に着き玄関の扉を開けた。
「おかえり」
そこには優しく微笑む静乃がいた。
僕はあり得ない現実を目の当たりにして言葉が出なかったもののなんとか「ただいま」を言って自分の部屋へ行った。
悪趣味だろあんなの…
「人間は慣れる生き物って言ってた…アレは慣れないぞ…」
あの静乃が僕に笑いかけることは絶対にない。
またため息をついて椅子に座ると部屋の扉がノックされ、博文が入ってきた。
「ケータイ、落としてたぞ」
「あ、あぁ」
携帯電話をいつの間にか落としていたらしく、僕は博文から受け取る。しかし博文は部屋を立ち去ろうとせず、にやにやしながら僕を見ている。
「…なに?」
「燈義、女の子とデートするのか?」
三谷のメールを見たのか…
「勝手に人のメールを見ないでくれ。あとデートじゃない」
「違うのか?」
「違う。ただ遊びに行くだけだ」
「そんなこと言って、本当は嬉しいんだろ?」
「あのなぁ…」
僕を見てにやにや笑う博文に反論しつつ、僕はあることに気が付いた。
僕は今、とても楽しい。ということに。
なんだかメモリーの言っていたことが、この世界とあの世界を選ぶということの意味が分かった気がした。