二十二歳のおじさん
初めて書いた小説です。拙いものですが、読んで頂けますと幸いです。
目が覚めると知らない少年が隣に寝ていた。
昨日は、何社も何社も面接を受け、ようやく内定をもらった会社の、新入社員歓迎会だった。ぼんやりとした記憶だが、上司が酒を勧めてきたときに、「申し訳ありませんが、あいにく下戸ですので、お気持ちだけ頂戴します」と言うと、「俺の酒が飲めないというのか」と一喝されたことだけは覚えている。それからの記憶はまったくない。
ゆっくりと身体を起こす。フローリングにそのまま寝ていたようだ。ぐるりとあたりを見回す。まったく見知らぬ、何もない部屋だ。扉や窓もない。まるで箱の中にいるようだ。
おい、といまだ寝息を立てている少年に声をかける。少年はなかなか目覚めなかった。何度か呼びかけると、ようやく少年は目を開けた。しばらくぼんやりとしていたが、ふとこちらに気付き、猫のように飛び起きた。
「おじさん、誰」
そう言いながら、周りのようすを見ているようだ。脱出口がないことを確認すると、再び睨みつけるようにこちらを見る。
「俺は和泉正博だ。きみは」
「イズミマコト」
「なんだ、同じ苗字か。俺の和泉は泉一文字ではなく、和風ハンバーグの和に泉と」
「おじさん」
遮るようにマコトが言う。
「ここはどこ。早くここから出せよ」強気な口調とは裏腹に、顔を真っ赤にし、今にも泣きだしそうだ。言いにくそうに和泉は切り出す。
「すまん、俺にもここがどこだかわからないし、ここから出る方法も知らない」
とうとう泣き出したマコトを慰めるように隣に座る。ダンゴ虫のようにうずくまるイズミの背中に手を置きつつ、話しかける。返事をしない相手に話していると、ほとんど一人言のようになる。ついつい大学生のときの就職活動の後悔や、昨日の歓迎会の愚痴をこぼしそうになり、強引に話題を変える。
「ところで、マコトくんはここに来る前のことを何か覚えているかい」
身体を起こし、置いた手を振り払い、マコトは答える。
「明日から中学生になるから、遅刻しないように早く寝た」
そう言うやいなや、はっとしたように顔を上げ、和泉の頬を叩いた。痛い、何をする、と言おうとしたとき、和泉は気付いた。
「おい、痛くないぞ」
マコトは誇らしげに胸を張る。
「ふふん、こんなおかしなことが本当にあるはずないよ。これは夢だよ、おじさん」
「そうなのか。それにしてはやけに意識がしっかりしているような気がするし、目覚めようとしているのに一向に起きる気配がしないが」
「それはそうだけど。おじさんのいじわる」そういうと、また顔を伏せてしまった。
「おいおい、俺はまだ二十二歳だぞ。おじさんはひどいと思わないか」
「ねえ、おじさん。おじさんは今、楽しい」
顔を伏せたまま、和泉の言葉にかぶせるようにつぶやく。ああ、楽しいよ。そう言おうとしたが、つい言葉に詰まる。
「どうかな。俺は大学生のとき、絵の勉強をしていたのさ。小学生のころから人よりほんの少し絵が上手だった。将来の夢は小学生のころからずっと絵描きになり、自分の個展を開くことだった」
「だけど、大学に入ると俺より上手いやつはたくさんいた。まさに井の中の蛙だったということだ」
「卒業制作もほどほどに、俺は絵を描くことをやめた。就職しようにも絵一筋だった俺を採用するところなどなかったさ。ようやく内定をもらった会社にはなじめそうにない」
「おじさん、泣くくらいならあきらめるなよ」
気が付くと、顔中涙と鼻水だらけだった。うるさい、と弱々しく返す。
「まだ、二十二歳なら余裕だよ。それに」
マコトは言葉を切る。
「なぜかわからないけど、おじさんにはしたいことをしてほしいと思うから」
目を覚ますと、俺は病院のベッドにいた。あの日、急性アルコール中毒になった俺は三日間生死の境目をさまよっていたらしい。見舞いに来た上司に辞表を突き付け、俺は会社を辞めた。
不思議な夢を見ていた気がする。
「おはよう」
「おはよう、誠。あら、学生服に合っているわよ」
「おはよう」
「おはよう、父さん」
「おはようございます、正博さん。今日は早起きですね」
「今日は結婚記念日だからな。誠、父さんと母さんはな」
「父さんの個展に母さんが来たのが出会いだろ。何度も聞いたよ」
「そうだったか。おお、今日も美味しそうだな。さあ冷めないうちに」
いただきます、と声が重なる。
リビングには、コンクール受賞を示す数々のトロフィーと、幸せそうに笑う家族の絵が飾られていた。
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