第2話 『スライムのような何か』
オレンはその言葉を理解するのに、数十秒を使った。
「・・・スライムを倒すためだけに勇者を召喚したと?」
「ええ、そうよ。あなたが驚くのも無理は無いと思う。私だって、勇者として召喚されて依頼されたのがスライム討伐なら驚くもの。いいえ、呆れるかしら・・・。でもね、これは事実なの。この国、いえ、この世界はスライムに滅ぼされそうになっているのよ。」
アンナの顔は真剣そのもので、とてもふざけているようには見えない。
だが、アンナが本気なのがわかっても、オレンが心から信じることが出来ないのも仕方がないことと言えるだろう。
なぜか、各世界間には、いくつか共通したルールがある。
その内の一つが魔物の強さのランクだ。
ドラゴンなどの幻獣種が最強で、最弱はスライム。
今までオレンはこの定説が覆されたという話を聞いたことがない。
様々な世界に勇者を派遣している<エイジ>に住んでいるにも関わらずだ。
どれだけ数がいようと、スライム如きでは世界を脅かす程の脅威にはならないはずだった。
「私の世界では、『スライム』は弱い魔物なのですが、この世界では違うのですか?」
オレンが質問すると、アンナは苦い顔をして言った。
「元々は弱い魔物だったわ。でもね、1年前『魔王』を名乗る男が大陸の東に突然現れて『魔王城』を創り、あちこちの国に侵攻を始めたの。手勢はたった数匹のスライム。普通のよりも倍くらい大きいスライムだったけど、所詮スライムだと思って油断していたら、あっという間にいくつかの国が滅ぼされたわ。」
「な、たった何匹かのスライムで国を滅ぼした・・・?」
オレンは驚愕を隠せなかった。
「幸い魔王は全然強くなくて、我が国の隠密部隊が隙を見て捕獲したんだけど、尋問によってあのスライムに対する情報を聞き出したら大変なことがわかったの。」
「それは・・・?」
「その魔王はこの世界の<魔道学者>で、そのスライムは研究の結果生み出した最強の品種改良スライムらしいの。一度の突進で石壁をも破壊し、切れば切るだけ増殖し、魔法で燃やしても数秒で再生する、反則レベルのスライムよ。数匹いればドラゴンにすら勝てる。」
「・・・!?」
ドラゴンとは、いうなれば勇者の永遠のライバルである。
種類や生きた年月によって大きく力が変わるものの、強い固体なら1~2匹で国を滅ぼすことさえ可能なのだ。
種族的に強い人間が多い<エイジ>でさえ、ドラゴンを倒すことの出来る力を持つ者は限られている。
ドラゴン討伐は、勇者の最終目標とされているほどなのだ。
(そのドラゴンをたった数匹で倒すだなんて・・・)
はっきり言って異常である。
「増殖を繰り返して既にどのくらいいるのかもわからないの。今までは東側の国が狙われていたんだけど、多分次はこの国。滅ぼされるのも時間の問題ってわけ。」
それはつまり、東側にあった国は全て滅んでいるということだ。
いくつの国があったのかわからないが、切れば増殖し魔法は効果が無いのでは対応のしようがなかっただろう。
おそらく、何も出来ずに滅んだのではないだろうか。
(でも、今重要なのはそこじゃない)
オレンは確認しなければならないのだ。
「私は、何をすればいいのですか?」
何のために召喚されたのかがわからない。
魔王は既に捕らえたらしいし、おそらく生きてはいないだろう。
つまり、そのスライムは、主人の命令がなくても動き続けるということだ。
「一度そのスライムと戦ってみないとわかりませんが、とりあえず話しを聞く限りでは私に何か出来るとは思えないのですが。まさか、スライムを全滅させろ、というのが依頼内容でしょうか?」
それはおそらく不可能だ。
オレンの戦闘スタイルはオーソドックスな魔法剣士で、いくつかイレギュラーな能力は持っているが、それでもスライムを倒すことは難しいだろう。
何か弱点があるというのなら話は別だが。
(スライムを倒せない勇者って・・・)
オレンは一瞬落ち込みかけたが、直ぐに気を取り直した。
ドラゴンより強いスライムなどそれはもうスライムではない。
『スライムの形をした何か』である。
「いいえ、あなたに依頼したいのは、品種改良スライム第1号、通称『スライムコア』の討伐よ。」
「『スライムコア』・・・?」
「ええ。魔王の尋問中に得た情報よ。全てのスライムを統率するスライムがいるらしいの。これを倒せば全てのスライムの生命活動が停止するわ。元々は、予期せぬトラブルが発生したとき魔王自身がスライムを止めるために付けた機能らしいの。」
(なるほど)
オレンは納得して頷いた。
魔王自体は隠密部隊が捕まえられる程に弱かったらしい。
つまり、その弱い魔王でさえ倒すことが出来る『スライムコア』とは、更に弱い魔物なのだろう。
(勿論、何か特殊な方法でないと倒せない可能性もあるが・・・)
「あなたの考えてることはわかるわ。結論からいうと、不明よ。魔王が喋ったのはここまでで、これ以上は何をされても言わなかった。彼はこの後に牢屋で自殺したわ。」
アンナは一度言葉を切ると、深く頭を下げた。
「この『リン』の王女として勇者オレンに依頼します。どうかこの世界をお救いください。」
態度は毅然としているように見えるが、よく見ると小さく震えている。
断られたらどうしようと思っているに違いない。
不安で泣きそうになる女の子の姿がそこにあった。
(王女とはいえ、小さな女の子がここまでしたんだ。ここで逃げたら男じゃない。何より、これに応えなきゃ勇者になった意味が無い。俺は、人の涙を止めるために勇者になったんだから!)
「王女様、どうか頭を上げて下さい。」
オレンがニッコリ微笑むと、アンナはおずおずと頭を上げた。
「『<派遣勇者>オレンマスクード』、命に代えても必ずや期待に応えましょう。」
オレンは王女の白くて小さい手を取ると、優しく口付けた。
それは、契約完了を示す合図だった。