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第1話 勇者の仕事

「それでは、勇者「オレン・マスクード」はこちらへ。」

「はい!」

 城の大広間に集まる学生の中から、一人の男子が進み出た。

「あなたは今日で学生の期間を終えます。それはつまり、<派遣勇者(はけんゆうしゃ)>としての仕事に就くということです。苦難があり、喜びもあるでしょう。あなたの働き次第で、その国の、その世界の運命が変わってしまうことを十分に把握し、それでも<派遣勇者>になることを望みますか?」

「はい、もちろんです。勇者になるのは、俺の小さい頃からの夢でしたから!ここまで来て投げ出すなんて出来ません。」

「それでは、給料分しっかりと、命をかけて働くということでよろしいんですね?」

「はい。この聖剣<アルクシード>にかけて、誓います。」

「わかりました。それでは、あなたはこれから我が<派遣勇者デュランダル>の正式社員です。これからよろしくね。オレン君。」

「はい!よろしくお願いします、社長!」



 勇者養成学校。

 それは、この世界<エイジ>の人気職<勇者>を養成する学校である。

 第1から第3学校まであり、古い中世のお城を改装して建てたこの学校は3番目。

 つまり、<第3派遣勇者養成校>である。

 なぜこんな学校が存在するのか、それは、古くから伝わる勇者召喚システムが原因である。

 簡単に言えば、異世界の勝手な都合で召喚された挙句、理不尽な扱いを受ける人間が多すぎたのである。

 古くからの召喚システムでは、何かよくわからない不可思議な力が勝手に勇者を決定し、おまけに被害者は拒否権すらもなく強制的に連れてこられてしまう。

 そして、被害者に異世界で生きる術などあるはずがない。

 何故か言葉だけは通じるのだが、通貨もなく頼れる人間もなく、生き残るために泣く泣く召喚者たちの思惑通りに勇者として働いてしまう。

 問題を解決出来ることなど(まれ)で、ほとんどの人間は解決する前に死んでしまう上に、もし仮に解決出来たとしても元の世界に帰れないということがほとんどだった。

 魔王だの邪神だの、そんな大層な存在を倒し世界に平和をもたらした英雄は、今度は政治の道具にされるのがオチだからだ。

 さて、この状況にぶち切れたのが、最も召喚される頻度が高かった世界<エイジ>である。

 この世界の人間はとにかく強いのだ。

 戦闘方法は千差万別、しかしかなりの人間が並みの魔王等と同レベルの力を有しているために、とにかく召喚されまくるのである。

 異世界はそれこそ無限大に存在すると言われており、その中で勇者を召喚する理由とその技術、両方を持っている世界だって無数にある。

 そして、拒否の出来ない勝手な召喚のせいでどんどん人口は減っていき、とうとう<エイジ>は滅亡寸前まで追い込まれたのである。

 この状況に対抗するために<エイジ>は、<異世界連合(いせかいれんごう)>へと協力を求めた。

 <異世界連合>とは、自力で世界跳躍が出来るほどに発展した世界の同盟である。

 <エイジ>は、自力で跳躍こそ出来ないものの、異世界に連絡をとれる程度には発展していた。

 協力をもとめられた<異世界連合>は、直ぐに各世界の技術を結集して、古くからの召喚システムに割り込みをかけるシステムを開発した。

 例え<異世界連合>が勇者召喚を止めるように他の世界に警告しても、世界は無限に存在するのである。

 つまり、全ての世界に警告することは出来ないので、この割り込みプログラム<ロック>の開発は正に苦肉のさくだった。

 <ロック>の能力は、勇者として召喚されるものに、拒否権を与えるというもの。

 そして、異世界からの任意帰還だった。

 つまり、勝手に召喚され、帰る手段が無いからと泣く泣く勇者をする必要が無くなったのである。

 こうして、<エイジ>は理不尽な召喚に悩まされることが無くなり、無事滅亡の危機を脱したのである。

 しかし、平和になるとこれを事業に出来ないかと考える人間が出始めた。

 つまり、希望者のみを異世界に派遣して、問題解決の際に報酬を受け取る<派遣勇者(はけんゆうしゃ)>である。

 召喚された世界で、報酬を払わないなどとごねるのであれば、<ロック>の力で戻ってくればいいだけの話だからである。

 戦闘中であれ、命の危険を感じれば元の世界に戻ってきて、体制を建て直し再戦に行く。

 よほどのことが無い限り死にはしない上に、世界を救うのだから報酬はたくさん貰えるので、<派遣勇者>はすぐに<エイジ>の一番人気職になったのだ。

 専門の職業訓練校まで作られるほどである。

 他の世界の命運を分けるかもしれない職業なので、国家資格が必要である。

 それを手に入れる一番の近道が<派遣勇者養成学校>に通うこと。

 長くなったが、つまり「オレン・マスクード」は、先ほどこの学校を卒業し、<派遣勇者デュランダル>に就職した、ということなのだ。



「じゃあまずは、ここに名前を登録してくれる?」

 <派遣勇者デュランダル>の社長室、当然オレンの前に座って契約書を出しているのはここの社長「アンジェ・ローエン」である。

 肩の辺りでバッサリ切った黒髪に、黒のスーツ、そして切れ長の黒い瞳、年齢は20代前半だろうか。

 誰がどう見ても「やり手の女社長」である。

(綺麗だけど、怒らせたら怖そうな人だなー)

「あら、優しい面もあるのよ?」

「え・・・」

「図星でしょ?考えてることバレバレ。ま、よく言われるから気にしてないわよ。」

 口元を押さえて楽しそうに笑う姿は、年頃の女の子のようで、オレンは自分の中の評価を改めた。

「すいません。社長は綺麗ですが、それ以上に可愛い女性(ひと)なんですね。」と何気なしに言った。

 すると、アンジェは目をパチクリさせてオレンを見ると、

「・・・ああ、なるほど、天然か・・・学校の評価欄に「天然」って書かれてたのはそういうことか。」

「え、天然・・・?」

「いいえ、別に。・・・君、モテるでしょ?」

「え、何でですか?」

 オレンは自分は普通だと思っている。

 髪はオレンジのショートで、背丈は180cm、スラっとした体系だが筋肉などは鍛えられていて、おまけに強くて男女問わず優しい。

 これで普通なんて一体どういう感性してるんだと思うかもしれないが、少なくともオレンはそう思っているのである。

 女友達もたくさんいたが、彼女たちに恋愛感情を持たれたことはない、と思い込んでいる。

 実際は何度も告白をされているのだが、その度気付かずにスルーされて、彼女たちも諦めてしまったのである。

 もう友達でいいか・・・と。

 その境地に彼女たちが至るには涙なしには聞けないほどのストーリーがあるのだが、ここでは割愛しておこう。

 ここで大事なのは、オレンは「自分は普通だ」と思っていることである。

「うわ、マジで自覚ないのか・・・何人泣かせてきたのやら。」

 アンジェの独り言を聞き取ったオレンは釈然としない気分になりながらも契約書に名前を書き込んでいく。

 そして、全部書き終えたところでアンジェに渡した。

「うん、完璧ね。これであなたはここの社員。多分数日中には召喚されると思うから、それまではゆっくり体を休めておきなさい。準備もしっかりしておいてね。」

「はい。わかりました。」

 何度も言うが、異世界は無数にあるので、大体1日に1人の割合で召喚されていく。

 新人のオレンですら、何日かすればどこかに召喚されるだろう。

(それまでは、社長の言うとおり準備をしっかりやっておこう。命の保障は完璧じゃない。1つ間違えれば死ぬ可能性もあるんだから)

 <ロック>のおかげで戦闘中も離脱できるため異世界での死亡率は格段に下がったが、完全に0%というわけではない。

(生きて帰るために、出来ることはやっておこう)

 訓練校を主席で卒業したとは言え、オレンは自分に慢心してはいない。

(一瞬の気の緩みが命に関わることもある。準備はしすぎるということはない)

 オレンはすぐさま準備を始めた。



 オレンが就職してから2日後、道を歩いている最中それは唐突にやってきた。

「か、体が・・・!?」

 体全体がまばゆい光に包まれている。

 周囲の人々が目をそらすほどに強力な光だったが、それは数秒ほどすると消えてしまった。

「召喚決まったね、おめでとう。頑張ってきなよ。」

 混乱していたオレンに、近くにいたオジサンが声をかけると、周囲からも応援の声が広がった。

(そうか、これが召喚の合図・・・)

 初めて見た光景に戸惑っていたオレンだったが、気を取り直すと

「はい。行ってきます!」

 と言い残し、人々の歓声の中召喚場(しょうかんじょう)まで走っていった。

 オレンが走ること数分ようやく目的の建物に辿り着いた。

「ここが、召喚場か。」

 それは、小さなドーム型をした灰色の建物だった。

 オレンが鉄製の扉を開けて中に入ると、そこには既にアンジェがいた。

「すいません、遅れました。」

「かまわないわよ。いつ召喚されるのかなんてわからないんだから。それよりも、準備は出来てるのかしら?」

「はい。完璧です。」

 オレンは腰の聖剣と、背負っていた青いスポーツバッグを見せた。

「へえ、異次元バッグか。ちょっと型は古いがいいものを持ってるわね。それなら心配いらないか。」

 異次元バッグとは、異世界召喚頻度が高い<エイジ>ならではの商品で、バッグに入れた物を異次元にしまうという代物である。

 バッグの重量しか無く、収納可能重量はバッグの大きさに比例する。

 元々はいつ異世界に召喚されても、ある程度の生活が出来るようにと開発されたもので、<ロック>開発前はほとんどの人間が常に持ち歩いていた。

 今は<派遣勇者>の必需品である。

「ならこれから転送を始めるけど、確認しておくことがあるの。まず、私たちのこれはビジネスだから。決して慈善事業ではないことを忘れないで。どんなに相手が困っていても、報酬が払えないのなら仕事はしないで。報酬無しで勇者やってたら、なんのために<ロック>を開発したのかわからなくなるわ。いい?あなたは大切な社員なの。無駄なことをして傷付いてほしくはないの。」

「・・・はい。」

「まず前金として成功報酬の3割を貰うこと。失敗してもこれは返さないことを確認してね。このお金はあなたが自由に使っていいわ。」

「はい。」

 例えば、魔物や魔王を倒してくれという依頼だったとしよう。

 その場合、オレンの場合、自前の聖剣で攻撃することになる。

 だが、稀にその世界の特殊な武具でないとダメージを与えられない敵が存在したりする。

 その場合のために、もちろん、宿屋や食事をするときのために前金を準備金として活用することが認められているのだ。

 会社の取り分は、残りの成功報酬の半分で、派遣勇者は残りと、前金が取り分として与えられる。

 これはかなりの額になるので、一回成功させれば、数年は遊んで暮らせるのだ。

 危険にも関わらずこの職の人気が高い一番の理由である。

「ま、こんなところね。あとは、『生きて帰って来い』としか言えないわ。」

「はい!」

「よし、じゃ、始めるわよ。この台の上に乗って。」

 緊張した顔でオレンが建物の中央に向かっていく。

 精緻な細工が施された転送台の上には、魔方陣が描かれている。

「いくわよ。準備はいいわね?」

「大丈夫です。」

 あまりに緊張したオレンを見て可笑しくなったのか、クスっと笑うとアンジェは右手を前に突き出し、詠唱を開始した。

「時空門開放、魔力充填開始。座標X1167から座標X2600へ。座標y449から座標y116へ転送準備。魔力充填38%、・・・60%・・・82%・・・99%、100%!時空転移開始!!」

 オレンの足元の魔方陣が青く輝き、オレンのつま先から徐々に分解していく。

(うわ、これは・・・)

 言いようの無い嫌悪感を感じながらも、オレンはアンジェを見つめ、

「それでは、行ってきます。絶対生きて帰りますから!」

と叫んだ。

「いやそれ死亡フラグでしょ何でこんなときに建てようとするのよ!」

 アンジェが叫んだ内容がわからずオレンは首を傾げる。

 その様子に溜息を吐き、しかしアンジェは笑って言った。

「世界を救ってきなさい<派遣勇者>!幸運を祈るわ!」

 その顔に笑顔で返しながら、オレンの意識は消え去った。

「がんばってね・・・」

 召喚場には、アンジェの声が響くのみだった・・・。



 眩しい光が見えた、そう思った途端、オレンの意識は覚醒した。

 ゆっくりと周囲を見渡すと、2人の人間が見て取れる。

 オレンが立っているのが召喚場だとすれば、召喚場のすぐ近くに立っている小柄な人影が召喚主だろう。

 身長は160cmほど、黒いフード付きのマントをしているため性別はわからないが、強大な魔力を感じる。

(大したものだ、こんな小さな体で・・・)

 通常召喚には大量の魔力を必要とするため、数人から数十人の魔術師で召喚するのが一般的なのだが、この場で魔力を感じる人間がこの人影1人なので、この人間だけでやったのだろう。

 次にオレンは奥の方に立っている男を見た。

 身長160cmほどの小柄な、おそらく70~80代の老人で、緑のマントを羽織り肥満気味な腹を撫でながら何かを思案している。

(あれは、駄目だ)

 直感的にオレンは判断した。

(この男には野心か、それに近い何かがある。そして、それのためならば全てを犠牲に出来る人間だ)

 色恋沙汰には疎いオレンだが、悪人か善人かを見分ける感覚は誰よりも鋭いと自負している。

 その直感が騒いでいるのだ、あれは駄目だと。

 そこまで確認してから、オレンは近くのフードの人間に頭を軽く下げた。

「召喚に従い参上しました。私は<派遣勇者デュランダル>の社員、『オレン・マスクード』でございます。報酬さえいただけるのでしたら、どんな世界の危機でさえ、解決してみせましょう。」

「報酬だと・・・!貴様、自分の立場をわかっておらんようじゃな。こちらの協力が無ければ元の世界に帰ることなど・・・。」

「おや、<エイジ>の勇者派遣を受けるのは初めてですか?私どもは自力で元の世界に帰ることが可能ですが。」

「何・・・?」

 怒鳴っていた老人の顔に戸惑いが走る。

「私どもは職業で勇者をしておりますので、報酬をいただけず、ただこき使おうという魂胆でしたら、これで失礼させていただきますが。勿論、今後一切こちらの世界の召喚には応じることは出来ませんのでご了承ください。」

「ぐううう・・・・・。」

(やっぱりだ・・・)

 この男は勇者を奴隷のように使うつもりで召喚したのだろう。

 これは、今回はハズレだったかと思い落胆するオレンの瞳に、細かく震えるフードの人物が見えた。

「や・・・」

「?どうかしましたか?」

「やったーーー!」

 フードを取り、こちらの両手を掴んで上下に振り回すその人物に、オレンは驚いた。

(少女・・・!?こんな娘が召喚をたった1人でやってのけたのか!?)

 その少女は、美しかった。

 年齢は15,6歳だろうか、燃えるような色の赤い髪を肩口で切りそろえており、何よりその表情がすばらしい。

 ずっと見ていたくなる、皆を幸せに出来るような笑顔だった。

 そう、例えるなら太陽だろうか。

「私、勇者さんを私たちの都合で働かせるのは嫌だったの!でも、お父様とお母様がやれって言うから、しかたなくやったんだけど、お仕事ならお金を払えば何でもやってくれるのね!?」

(なるほど、勇者を奴隷のように無償で働かせるのが嫌だったのか)

 だからフードで顔を隠していたのだろう。

 後ろめたくて。

「大臣、今すぐお父様とお母様にこのことをご報告しなさい。報酬を払わなければこの人は帰ってしまうって!」

「しかし、お嬢様、召喚をもっとすればこやつのような者ではなく、もっと扱いやすい・・・」

「ねえ、召喚魔法を使うのは誰だと思ってるのかしら?私にあんなに疲れることを何度もしろと?それに、『扱いやすい』何て二度と言わないで。人間を物の様に扱うなんて、私たちに許されてはいません。」

「・・・!・・はい。かしこまりました。」

 大臣と呼ばれた人物はそそくさと部屋から出て行った。

 そのときにオレンを睨みつけるのも忘れずに。

 オレンがそのやり取りにポカンとしていると、その女の子がこちらに笑いかけた。

「それじゃ、まずは自己紹介ね!私はこの『リン』の王女、『アンナ・フォン・D・クロイチェ』よ。長いから『アンナ』でいいわ。」

 王女という言葉にも、オレンはさして驚かない。

 勇者召喚など、国を挙げての行動に決まっているからだ。

「私たちが頼みたいのは、この世界を脅かす悪魔の討伐よ。」

(悪魔ときたか・・・どれほど強い敵なのだろう)

 しかし、オレンの自信は少しも揺るがない。

 仕事を請けると決めた以上、どんな敵でも倒してみせる。

「敵は、何なのでしょうか?」

「スライムよ・・・。」

(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。)

 たっぷり数十秒も沈黙した後、オレンは言った。

「・・・・・はあ?」

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