第七話(陽菜視点)
「お母さん、逃げて!」
お買い物で賑わっていたショッピングモールは、たった一瞬で悲鳴の渦に飲み込まれた。
ガラスの天井を突き破って現れた、見たこともない巨大な化け物。
鋭い鎌のような足が、倒れ込んだお母さんのすぐそばまで迫っている。
怖い。足が震えて動かない。
でも、お母さんを助けなきゃ。
そう思ったとき――頭の中に、鈴を転がしたような、不思議な声が響いた。
『――君の中に眠る光を、解き放って』
気づけば、私は空から降ってきた黄金の光を掴んでいた。
温かくて、胸が熱くなるような不思議な感覚。
目の前が真っ白な光に包まれる。
ピンク色のリボンが宙に舞い、白いフリルが私の体を優しく包み込んでいく。
手の中には、ずっしりと重いけれど、吸い付くように馴染む綺麗な剣。
「これ……私が、戦うの?」
身体が軽い。どこまでも高く跳べるような、そんな万能感。
私は夢中で剣を振った。お母さんを傷つけさせない。それだけを考えて。
でも、化け物の体は岩みたいに硬くて、私の剣は何度も弾き返された。
怪物が大きく咆哮し、巨大な鎌が私を目がけて振り下ろされる。
(あ、もうダメ……!)
ギュッと目を閉じた、その時。
――ズズッ。
変な音がして、化け物の足元が急にドロドロの沼みたいに沈み込んだ。
バランスを崩した化け物の、柔らかそうなお腹が目の前に晒される。
「……チャンス!」
どうしてか分からないけれど、神様が味方してくれたんだ。
私は思い切り地面を蹴った。
光の翼が生えたみたいに体が宙を舞い、剣先が怪物の胸の宝石を貫く。
「たぁぁぁっ!!」
キラキラとした光の粒が、粉雪みたいに舞い散る。
怪物は黒い煙になって消えていき、モールの喧騒が嘘のように静まり返った。
「はぁ、はぁ……お母さん、大丈夫?」
変身が解け、いつもの服に戻った私は、慌ててお母さんに駆け寄った。
お母さんは無事だった。腰が抜けているみたいだけど、怪我はない。
「良かった……」
安堵して、ふと顔を上げた。
吹き抜けの上の階、エスカレーターの影に、誰かが立っているのが見えた。
――え?
見覚えのある、落ち着いた黒い上着の背中。
私の大好きな、いつも勉強を教えてくれる、お隣のお兄ちゃんにそっくりな……。
「……蒼真、お兄ちゃん?」
思わず声を上げたけれど、その人影はすぐに人混みの中に消えてしまった。
そんなはずないよね。お兄ちゃんは大学に行ってるはずだし。
でも、不思議と怖さは消えていた。
私の手の中には、まだあの光の温もりが残っている。
「……守れたんだ。私でも」
舞い落ちる光の粒を見つめながら、私は自分の運命が、今日から大きく変わってしまったことを、予感していた。




