第七話
4月、陽菜は中学二年生になった。
そして、いよいよ原作第一話が始まる。
この日は、多忙な看護師である陽菜の母親・洋子さんの久々の休日だった。
「蒼真お兄ちゃん、見て! お母さんに新しいバッグ買ってもらうんだ!」
玄関先で会った陽菜は、どこか落ち着かない様子で、けれど本当に嬉しそうに笑っていた。
隣で苦笑いする洋子さんも、心なしかリラックスして見える。
「良かったな、陽菜。……おばさん、湾岸のショッピングモールに行くなら、あそこは潮風が強いですから、上着持っていった方が良いですよ」
「あら蒼真君、いつも気が利くわね。ありがとう」
俺は何気ない世間話をしながら、彼女たちを送り出す。
その背中が角を曲がった瞬間、俺の顔から「お隣のお兄ちゃん」の仮面が剥がれ落ちた。
(……さて、行くか)
【クク、お前がいつも言っている『原作』とやら、与太話かどうか見極める良い機会だ】
◇
数時間後。湾岸の巨大ショッピングモール。
休日の賑わいは、突如として悲鳴に塗り替えられた。
御堂の『ヴォイド・ドライバー』が異界の門をこじ開ける。
モールの噴水広場、ガラスの天井を突き破って現れたのは、金属質の外殻を持つ巨大な蜘蛛型の境界獣。
「「キャーッ!!」」
悲鳴が響き渡る。
逃げ惑う群衆。崩落する瓦礫。
「…ッ、思ったよりも瓦礫が多い」
俺は建物の影からリコンストラクトを使い、極力、一般人の被害がないように調整していく。
【つくづく甘いな貴様は。こいつらは放置しておいても計画に支障はないのだろう?】
(うるさい。ここで大怪我する人がいたら、陽菜が悲しむ。助けられなかったと言って。あの子はそういう子だ)
【フン。まぁ良い。それよりも、境界獣があの娘のところに向かったぞ】
陽菜は、足を挫いた洋子を庇うようにして、怪物の前に立ち尽くしていた。
怪物が二人に向けて鋭利な脚を踏み折ろす。
その瞬間、虚空から一筋の黄金の光が降り注いだ。
陽菜が光を掴み、魔法少女へと覚醒する。
原作で何度も見た変身バンクが始まる。
ーーーーー
「星の光よ、希望の剣となれ!」
「私が守る、みんなの未来!」
「聖剣レグナリア・ルクス!」
「――キラメキ☆レグナリア!!」
ーーーーー
ピンクと白を基調としたフリフリのドレス。
胸元には大きなリボン。
そして…聖剣レグナリア・ルクス。
聖剣と名がついているが、魔力のないこの世界の人間にとっては、生命力を燃やす事でしか使えない呪われた剣。
【ほう。勇者が使っていた剣か。お前の言った通りだな。だが、ここまで神格が落ちているとは】
ヴァルが興味深そうに、陽菜の戦いを見ている。
「はっ……、たぁぁっ!」
陽菜が必死に剣を振っているが、相手は巨大な甲殻に守られた境界獣だ。
素人の剣筋では、致命傷を与える前に弾き返されてしまう。
(原作の流れを極力崩したくはないが、戦闘を早めに終わらせるくらいなら、そこまでシナリオ進行の変化はないはず…)
境界獣が咆哮し、巨大な鎌のような前脚を陽菜に振り下ろそうとした。
(……そこだ)
俺はモールの吹き抜けの陰から、床に手をつけ、能力を発動する。
「《リコンストラクト》」
境界獣が踏みしめている強固なタイルの床。その結合を瞬時に分解し、粘土のような「泥濘」へと書き換える。
『ギ……!?』
突如として足場を失った境界獣が、大きく体勢を崩した。
振り下ろされるはずだった鎌が空を切り、無防備な腹部が陽菜の目の前に晒される。
「……チャンス……っ!」
陽菜はその「幸運」を逃さなかった。
「輝け!ルクス・ブレイヴァぁー!!」
巨大な光の剣が、境界獣のコアを真っ向から貫く。
「たぁぁぁっ!!」
光が爆ぜ、怪物は黒い塵へと還った。
陽菜が肩で息をしながら、無事な洋子に駆け寄るのを見届け、俺は静かにその場を去る。
(……何とかなったな)
階段を上がった先、手すりに寄りかかって俺を待っていたのは、退屈そうに髪を弄るセレフィアだった。
「あらヴァル。あなた大分近くで観察していたようね」
彼女の冷ややかな視線が、俺の右手に注がれる。
「……データ収集だ。境界獣がどれくらい使い物になるか、近くで見るのが一番確実だ」
「ふーん……。相変わらず合理的ね。つまらないわ」
セレフィアはそう呟くと、風のように姿を消した。




