表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
必ず君を救ってみせる。〜推しが消える最終回は認めない〜  作者: 唯乃


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/14

第十一話

 八月の茹だるような陽光が、青い水面に反射して視界を白く染める。


 塩素の匂いと、弾けるような歓声。


 俺と澪は、陽菜に誘われて、屋外プールのあるレジャー施設に遊びに来ていた。


「陽菜! 恥ずかしがってないで、良い加減出てきなさい」


「でも…」


「でも、じゃない!」


 澪に引っ張られて更衣室から出てくる陽菜。


「どう?お兄ちゃん、似合ってるかな?」


 恥じらいながら、少し上目遣いの陽菜。


 今日の陽菜は、白のフリルビキニ。

 誕生日の時の反省を活かしたのか、露出度は控えめ……なはずなのだが、身体のラインがはっきり分かるデザインなのが、


「あぁ、すごく似合ってるぞ」


「ほんと?やったぁ!」


 満面の笑顔を浮かべる陽菜。

 尊い…あまりにも尊い。


「お兄ちゃん!早く行こう?」


 ぐい、と腕を引かれる。その拍子に、柔らかい感触が二の腕に当たった。


 ……陽菜。お前、自分がどれだけ無防備か分かってるのか。


 俺は必死に視線を泳がせ、背後から近づいてきた澪に助けを求めた。


「……蒼真さん、鼻の下、伸びてますよ?」


 ラッシュガードのジッパーを喉元まで閉めた澪が、ジト目で俺を射抜く。


「……暑さで膨張しているだけだ。それより澪、お前はその……泳がないのか?」


「私は日焼けしたくないので。……でも、陽菜にあんな顔をさせるなんて、やっぱり蒼真さんは『劇薬』ですね」


 澪は俺の隣に座ると、長い脚を水に浸しながら、悪戯っぽく微笑んだ。


「さっき、陽菜が更衣室でなんて言ってたか教えましょうか? 『お兄ちゃん、私のこと女の子として見てくれるかな』って、鏡の前で一時間も悩んでたんですよ」


「……っ、よせ。俺はあの子の兄代わりだ」


「あら、耳まで赤いですよ、お兄ちゃん?」


 澪が身を乗り出し、俺の顔を覗き込む。彼女の濡れた髪から滴る水滴が、俺の膝に落ちた。


 その瞬間、風に乗って彼女のシャンプーの香りが鼻をくすぐる。

 

【クク……蒼真。貴様の心拍数が先程から限界値に近いぞ。魔族の我が当てられるほどの情動……。この雌ども、境界獣よりよほど質が悪いな】


(黙ってろヴァル。……俺は今、必死に『善良な隣人』を演じているんだ)


 流れるプールでは、さらに過酷な試練が待っていた。


 巨大なシャチの浮き輪に乗った陽菜が、バランスを崩して俺の上に倒れ込んできたのだ。


「わわっ!? お、お兄ちゃん、ごめん……っ!」


 密着する、温かくて柔らかい体温。


 水飛沫に濡れた陽菜の肌が、太陽の光を浴びて宝石のように輝いている。


 至近距離で見つめ合う瞳に、俺は心臓が止まるかと思った。


「……っ、大丈夫か。怪我はないな?」


「うん……。でも、お兄ちゃん、心臓……すごくドキドキしてる」


 陽菜の細い指が、俺の胸元に触れる。


「そ、れは……流れるプールの水圧のせいだ」


「ふふっ、お兄ちゃんって時々変なこと言うよね」


 陽菜が花が咲くような笑顔で笑う。


 その横で、澪が「水圧のせい、ねぇ」と、くすくすと肩を揺らしていた。


 焼きそばを食べて、かき氷を回し食べして。


 陽菜が「お兄ちゃんのイチゴ味、一口ちょうだい?」と、当然のように間接キスを仕掛けてくるたびに、俺の寿命は数年分ずつ削られていった。


「……あーあ。ずっと、こんな日が続けばいいのにな」


 ふと、陽菜が青い空を見上げて呟いた。


 その横顔は、一瞬だけ大人びていて、けれどどこか儚げだった。


「……続くさ。俺が、続けさせてやる」


 俺の言葉に、陽菜が驚いたようにこちらを見て、それから今日一番の、とろけるような笑顔を見せた。


「うん! お兄ちゃんが言うなら、絶対だね!」



 ――バリリッ!!

 

 晴天の空に不快な音が響き渡った。


 プールの真上、黒い雷鳴と共に現れたのは、半透明の巨大な身体を持つ、多頭の海蛇型境界獣『ヒュドラ・ヴォルテクス』。


「きゃあああああッ!!」

 

 さっきまでの楽園が、一瞬で阿鼻叫喚の地獄へと変貌する。


「陽菜、澪! こっちだ、逃げるぞ!」


 俺はあえて一般人のフリをして二人を誘導する。

 だが、俺の手を振り払う二人の瞳には、「戦士」の光が宿っていた。


「……お兄ちゃん、ごめん! 忘れ物しちゃった、先に行ってて!」


「私も陽菜を追いかけます! 蒼真さんは早く避難して!」


 見え透いた嘘。けれど、その背中は驚くほど逞しい。


 二人が死角へと消えた直後、眩い黄金と蒼の光柱が立ち上がった。


『ギシャァァァァッ!!』


 ヒュドラが数多の首から、高圧の水刃を放つ。

 プールのコンクリートが豆腐のように切り裂かれるが、そこにはもう、二人の魔法少女が舞っていた。


「アステリオン……『アクア・バインド』!」


 澪が放った蒼い矢が空中で霧散し、ヒュドラの首を一本ずつ水の鎖で拘束する。

 

「そこだよ……レグナリア・スラッシュ!」


 陽菜が水面をスケートのように滑り、黄金の剣を振り抜く。


 一太刀。たった一太刀で、拘束された首が三本同時に光の塵へと還った。


(……速い。もう俺のアシストなんて必要ないくらいに)


 俺は物陰から、右手の魔力を解いた。


 以前なら支援していた場面だが、今の陽菜は自らの魔力で反動を制御し、完璧な体勢で次の一撃へと移行している。


「澪ちゃん、左の三本お願い!」


「了解。……逃がさないわ。アステリオン・マルチショット!」


 澪が放つ無数の氷の矢が、ヒュドラの死角を正確に貫く。


 熱波で敵を怯ませ、氷結で動きを止め、黄金の剣がトドメを刺す。


 それは、完成されたコンビネーション。

 

「これで……最後! 『ルクス・ブレイヴァーー』!!」


 陽菜が空高く跳躍し、太陽を背に剣を振り下ろす。


 黄金の光が巨大な一振りの刃となり、ヒュドラの本体ごとプールの水を蒸発させるほどの威力で叩きつけられた。


 ――ドォォォォォン!!


 爆ぜる光と水飛沫。


 数分前まで猛威を振るっていた境界獣は、欠片も残さず浄化されていた。


「やったぁ! 澪ちゃん、今の完璧だったね!」


「ええ。陽菜、腕を上げたわね」


 変身を解いた二人が、水濡れの肌を輝かせながらハイタッチする。


 その光景は、あまりに眩しく、そして――。


「……ヒヒッ。いいねぇ、実にいい。たまらねぇじゃねぇか」


 プールの外壁の上、逆光の中に佇む歪な巨漢。


 グラディウス=ラグナが、狂気に満ちた笑みを浮かべて喉を鳴らしていた。


 倒された境界獣のことなど微塵も見ていない。その瞳が射抜いているのは、肩で息をしながら笑い合う陽菜と澪。


「あのガキ共……ありゃあ『本物』だ。あんなに澄んだ目をして、あんなに容赦なく叩き斬る。……壊し甲斐がありそうだぜ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ