08話 カモミ―ユ
楽屋の出口で円陣を組む5人の少女たち。
「カモミーユ、楽しんでこ~!」
『楽しんでこ~っ!』
BGMが止むと刹那の静寂が訪れる。真っ暗なステージを切り裂いて強い光の矢が放たれるとカモミーユのSE(入場曲)が流れ出す。観客の手拍子が始まる。メンバーたちは一列にステージの中へ溶け出すと、一曲目のフォーメーションについた。
(私はアイドルっ!)
青いライトに浮かび上がった少女たちは軽快なカッティングギターに促されると、ゆっくり客席へと手を伸ばした。
♪熱い心に咲いたカミツレの花
あなたを癒やす輝きになりたい~♪
一気に加速するステップ、もう何千回踊っただろう。カモミーユのテーマ曲を舞いながら、眞名は笑顔を弾けさせた。満員ではないけれど、たくさんのお客さんが私たちを見ている。スポットライトが客席を赤や青に染めていく。
慣れ親しんだステージで眞名は右寄り三列目辺りに目をやった。いつもたっくんが白いペンライトを振っているその場所に、しかし今日は赤いペンライトが掲げられていた。
(え? 今日来るって言ったのに?)
笑顔で歌って踊りながら客席を順に見ていく。眞名のメンカラーは白。だから「カモミーユの姫路眞名」を推すヲタクは白いペンライトを振ってくれる。ひとりふたりさんにんといつものファンに笑顔でレスを返していく。
嬉しい。こんな私を応援してくれて――
踊りながらフォーメーションを変える。前から後ろ、右から左、くるりと回ってジャンプする。見た目は優美に見えるかも知れないけれど、休み無く続くダンスと歌、結構キツい。こんなの練習で体に叩き込まなきゃ出来っこない。だって歌って踊るのは最低ライン。そこにたくさんの笑顔とファンサを添えなきゃ誰も楽しんではくれない――
(あれっ??)
見慣れない女の人がいる。
スラリ痩身、長い髪の綺麗っぽいその人は白いペンライトを持っていた。彼女はずっと真っ直ぐに、観察するように眞名を見ていた。
(やった! 私推しだ!)
そう思った瞬間、彼女の隣にたっくんの姿を見つけた。眞名を見ながら笑顔でフリを真似していた。だけどペンライトは持っていない。いつもは白く光らせて私に向かって振ってくれるのに――
あ!
あの女の人のペンライト、たっくんのペンライトだ!
「眞名あっちっ!」
「えっ? あっ、ごめいたっ!」
慌て自分の場所へと駆ける。
(いけない、集中集中!)
しかし視線は無意識にたっくんの隣の人へと向いてしまう。
カモミーユに女性ファンは少ない。いない訳ではないけれど毎回せいぜい数える程度だ。だから女性が来てくれるのはとっても嬉しい。男性ファンには申し訳ないけれど正直嬉しい。しかもそれが自分の色を振ってくれるなんて。
しかし――
眞名の胸はざわついた。
もしかして、たっくんの彼女?
たっくんには彼女いないって勝手に決めつけていたけれど、恋人の有無なんて確かめたこともないし、たっくん背も高いし優しいし、頭良いしルックスだって!
いつも私に声援くれて、私と一緒にチェキ撮ってくれて、SNSだってリプくれて、だから私だけだって思ってた。勝手に思ってた。
だけど――
メンバーの花恋は自分のファンに「早く彼女作れよ」なんて毒を吐く。それほどアイドルライブに通ってくれるファンには独り身の人が多い。でも、たっくんがそうだと誰が決めた? 物腰柔らかなたっくんだったら彼女がいたって不思議じゃない。私が勝手に思い込んでただけ。
でも。
でも、彼女とのデートにココを選ぶ?
よほど親密な関係だったらあるかもだけど、今までずっと週に一度は来てくれて物販も必ず来てくれて――
(あ、あの女の人、反対の男の人と喋ってる)
そのシーンを見ても胸のモヤモヤは晴れなかった。
何故なら彼女は時折たっくんの様子を窺う素振りを見せるから――
元気のよい定番の2曲を続けて披露する。
ちょっと息が上がったところで横に並んでメンバー紹介。
「はいっ、ではメンバーを紹介しますっ!」
「いつも元気な緑担当・伏見花恋です」
かれん~っ!
「高嶺に咲く黄色い花・二条冬華よ」
と~かさまっ!
「永遠の女子高生・ピンク担当・桃山さくらです」
さくら~っ!
「いっつも笑顔の白色担当・姫路眞名です」
ひ~めっ!
「おっとり可愛い癒やし系、青色担当・小田原紗菜です」
さなぽ~んっ!
「私たち」
『カモミーユですっ!』
みんなで深く頭を下げると、たくさんの拍手に包まれる。
ご来場のお礼、週末のライブ告知、物販のご案内――
短いMCの間、眞名は思い切ってたっくんの方へ笑顔を向けた。さっきの女の人がすぐ横に立っている。やっぱり繋がってる。今日に限ってペンライトを持っていないたっくん、そして彼のペンライトを持ち隣に立つ女の人。アイドルを舐めて貰っては困る。私はたっくんのペンライトは見ただけで分かるんだから――
あれ、私ったら何考えてるんだろう?
心臓がちょっとだけうるさい。
確かに昨日、「外では他人でね!」とお願いしたけれど、ライブの時は今まで通りでいいじゃない。なのにたっくんったらいきなり綺麗な女の人をお持ち込みしちゃって、私の前で見せつけて!
ヲタクの幸せを願うのがアイドル。それが私のポリシー。
だけど無性に腹が立つ。
バカ!
たっくんのバカ!
バカバカバカバカ!!
メラメラと眞名の闘志に火が付いて、ライブは後半戦へと突入した。
今日のライブも写真撮影OKだ。会場の至る所からバズーカのようなレンズ砲が眞名たちを狙っている。歌って踊ってポーズを決めるとレンズに向かって目線を送る。「俺の頭はストロボだ」と自分を茶化すふじあんさんに視線を送り、「ボーナス全部注ぎ込んだんだ」って涙目で白いレンズを自慢していたまおさんにも指差しを決める。時々見かけるけれどもお話に来てくれたことのない背広おじさんの大っきなレンズにも最高の笑顔でウィンク。ペンライトを振り回す常連のかんべえさん、とっちゃんさん、清正さん、みんなみんなに、できる限りたくさんたくさん、目線を送って指差ししてウィンクしてレスを振りまく。
(ちゃんと見ててよ! これが眞名の笑顔だよ!!)
くるりと舞うとたっくんにレスを送る。
バッチリと目が合うと、たっくんの手がこちらへ伸びる。
激しい動き、喉が渇く。練習頑張ったから筋肉痛。だけど全然気にならない。みんな私を見てくれて手拍子入れてペンライトを振ってくれる。コールが聞こえる。トラトラトラトラとMIXが後押しする。みんな楽しげにリズムを取ったり振りコピしたり、跳んだり沸いたり踊ったり――
こんなに気持ちがいいことって他にある?
悪い感染症が流行っていた頃は声での応援が貰えないこともあったけれど、今ではそれもOK。眞名はライブが大好きだ。勿論あの髪の長い女の人にも笑顔でレスを送った。後半戦に入ってからもずっと眞名を見ていてくれる。白いペンライトを振ってくれている。私の大切な大切な新しいファン。
いつもならとても嬉しい。
アイドルとして最高に幸せな瞬間――
のはず。
だけど……
眞名はその先の思考を強く激しく断ち切ると、精一杯のパフォーマンスを披露する。
ソロパートが来る度に声援を投げてくれるヲタクさんたちに元気を貰う。狭いステージでも右に左に跳んで走って動いて回ると、予定の5曲はあっという間に終わってしまった。




