05話 私をライブに連れてって
初夏も近づき夕方でも日はまだ高かった。
「コピー用紙の3つや4つ、僕ひとりでも持てるのに」
「無理しないの」
美妃は軽やかに微笑む。
近くのホームセンターは歩いて10分程度の距離にある。
学内の生協にも売ってはいるのだが、何故かちょっとだけ値が張った。
西の空からは汗ばむくらいに陽が照りつける。
白くすっきりとした半襟のブラウスに柔らかな桜色のスカート。爽やかな出で立ちの美妃に拓海は少し緊張した。
思えば高校時代は男友達しかいなくて彼女なんて夢のまた夢。興味が無い訳じゃなかったけれど、理系選択は男が多い。アニメのラブコメに出てくるような甘いイベントは何ひとつ発生しなかった。勿論異性にまつわる都合のいい事件も事故も何かの素敵な間違いも一切起こらなかった。ひとりだけ心引かれた女の子がいるにはいたが、彼女には別に意中の人がいて、しかもそれは両思いらしくて、拓海は戦わずして失恋した。
いつものジーンズにTシャツ姿の拓海は柳川美妃に歩調に合わせる。
「ねえ小倉くん、さっきの話だけど」
「さっきの話?」
美妃と目が合った拓海はすぐさま視線を逸らす。
「アイドルの話。拓海くんの推しって可愛いの?」
「そりゃあ勿論」
「誰に似てる?」
眞名は眞名だ。唯一無二、比類無き可愛さ。綺麗なのに誰よりも優しい孤高のオンリーワンアイドルなんだ! 気の置けないヲタク仲間になら拓海は即座にそう答えていただろう。しかし相手は女子、しかもサークルの花と讃えられる可愛い女子なのだ。
「さあ。テレビとかあまり見ないから有名人って詳しくないんだ」
「そうなんだ。で、その推しさんのこと、好きなの?」
「そりゃあイチ推しだからね」
「恋してるんだ」
「それは違うかな。あくまでアイドルとヲタクの関係だよ」
「アイドルとヲタクの関係?」
美妃は不思議そうな顔で拓海を見上げる。
アイドルとヲタクの関係はどこまで行ってもアイドルとオタクの関係。ライブ会場では一緒にチェキや写メを撮って仲良くお話しするけれど、それ以外の場所では会っても挨拶すら交わさないし、そもそも会うことすらない。SNSでの交流もあるけれど、それも基本は一方通行。24時間気持ちを寄せ続けたって、それ以上への道は閉じている。拓海がそう説明すると、美妃は跳ねるように前に出て、栗毛をなびかせ振り向いた。
「じゃあ恋愛感情はないんだ」
「あったとしても恋人にはなれないしね」
「で、その推しの人のお名前は?」
渋る拓海から眞名の名を訊きだした美妃はちょっと待ってと立ち止まり、スマホを取り出し白く細い指で操る。
「……ホントだ、綺麗な子!」
「元々モデルだったらしいし」
「拓海くん面喰いだ」
「いや、顔もだけど、性格が推せる」
「アイドルの性格なんて分かるの?」
あ!
と小さく声に出し、拓海は暫し考えた。
何十回、何百回とライブを見ても、特典会で会話をしても、それは作った姿かも知れない。だってヲタクには推しの私生活を知る術はないのだから。いや、SNSとかで普段の様子を流してくれるアイドルもいるにはいるが、作った姿である可能性だって否定できない。ただ姫だけは普段の姿を知っている――
「性格までは分からないかもね」
「でも、きっと優しくって性格も良いんでしょうね」
「え?」
少し驚く拓海に向かって、美妃は言葉を続ける。
「だって小倉くんが選んだアイドルだもの」
拓海が言葉の意味を探している間にふたりはホームセンターへと到着した。
そうして一番お得なコピー用紙を6つばかり買い込むと、今来た道を引き返す。
「もう夏ね」
「そうだね」
「早いものね、入学して2ヶ月経ったんだ」
ベージュの可愛いスニーカーに細く締まった足首、拓海は視線を外して前を見る。ふたりを白い車が追い越していく。
「柳川さんはさ、推しとかいないの?」
「推し?」
人差し指を頬に当て、美妃は少し考えた。
「う~ん、特には。好きな俳優さんならいるけど、そこまではね」
「まあ、普通そうかもね」
「ねえ小倉くん」
「なに?」
美妃は少しだけ思案して――
「部室で言ってた今日のライブ」
「うん」
「私も連れて行ってくれない?」
「…… へ?」
「実は一度見てみたいって思ってたの、アイドルさんのライブ」
「ええ~ッ!」
【あとがき】
次話からは眞名の高校での様子になります。引き続きご愛顧お願いします。
感想などもお気軽に書き込みいただければ幸いです。




