04話 拓海カミングアウト
「短編集なんだ」
本を受け取った綾乃の声に、拓海は今に連れ戻される。
「あ、うん。タイトル作が一推しだけど他も面白いよ」
「はい、ミルクも入れといたわ」
目の前にインスタントのコーヒーが現れる。振り返ると美妃がニッコリ微笑んでいた。
「ありがと」
「その本、アヤが読み終わったら私にも貸してくれる?」
「ああ、いいとも」
「ありがとう」
マグカップを手に取るとひとくち口に含む。安物のインスタント、決して美味しいわけじゃないけれど「美味しい」、と声に出した拓海はまた今朝のことを思いだし、小さく小さく嘆息した。
「どうしたの? 困り事?」
「あ、いや何でもない」
「ふう~ん。でもちょっと暗いんじゃない? 景気づけにあとでパフェ食べに行く?」
美妃は綾乃の隣に腰掛けると悪戯っぽく笑ってみせた。
「あ、いや今日は用があるんで」
「バイト?」
「あれか? 例のアイドルライブか?」
横から口を挟んだのは唐津先輩。彼はテレビや雑誌でもよく見かける有名なアイドルグループを推していた。そんな彼とのアイドル談義は今や拓海の日常になっている。
「そうです。この前お話しした対バンです」
「面白そうだよな。俺も行っていいか?」
「勿論です! 是非!」
「アイドル? 小倉くんアイドルなんて好きなの?」
明石綾乃はプーシキンをめくっていた手を止めた。
「あ、うんまあ」
「ふう~ん―― もしかしてロリコン?」
「いや、僕より年上のアイドルなんて普通にいるし、アラサーやアラフォーのアイドルだってたくさんいるし」
「ま、地下世界は広大だからな」
唐津の言葉に綾乃は目を見開いた。
「えっ、地下って地下アイドル?」
「うん」
「楽しい?」
「あ、まあ、楽しいよ」
「光る棒とか振ってるの?」
彼女はペンライトを振る仕草をしてみせる。
「そうだね」
「あんなのが楽しいんだ…… キモくない? ねえ美妃ー」
話を振られた柳川美妃は苦笑いを浮かべながら。
「私は別に。友達の友達もやってるらしいし」
「友達の友達って一万人いるでしょ?」
綾乃の理論は100人の友達にそれぞれ100人の友達がいたら、と言う前提に立っているらしい。間違いとは言えないが100人の中には陰キャもいるので現実は多分違う。
「だいたいアイドルなんて貢いだってリターン無いよ」
綾乃の声は確信に満ちている。
「でも、元気は貰えるかな」
「元気欲しけりゃ栄養ドリンク飲めば?」
「心の元気だよ」
「彼女作ったら?」
「ムリムリ、僕なんかに出来る訳無いじゃん」
「またまた~ 結構モテるんじゃない?」
首を横に振る拓海。
「CD買う枚数減らしたら女の子にプレゼント買えるでしょ?」
「CDなんて売ってないし」
「じゃあ、アイドルのサイン入りTシャツ?」
「それは、まあ」
「アイドルのチェキと一緒にご飯を食べたり?」
「そう言う人もいるね」
「部屋中アイドルのポスターだらけとか?」
「ポスターなんて売ってないから」
「フィギュアは?」
「アニメじゃないし」
「等身大の抱き枕?」
「ないない」
「売ってなければ作っちゃえば?」
「へ?」
「ポスターもフィギュアも抱き枕も、売ってないなら自分で作ればいいのよ! それが推しへの愛ってもんでしょ!」
「しかし、そんなことバレたら軽蔑されるんじゃ……」
「誰に?」
「推しに」
「しないわよ! アイドルだって嬉しいわよ!」
「まあまあ」
一気に畳みかける綾乃の大攻勢を止めたのは唐津だった。
「お楽しみのところ申し訳ないけど、コピー用紙がないんだ。小倉、頼めるか?」
「あ、はい、もちろん」
「俺はちょっと例の配信があるから」
「じゃあ私も一緒にいくわ。ひとりじゃ持てないでしょ?」
そう言って立ち上がったのは柳川美妃だった。




