03話 特典会には来ないでください!
拓海が通う大学は家から電車で1時間ほどの地にあった。
その日の講義を終えた拓海は所属するサークルへと向かった。プレハブ造りのサークル棟2階角部屋。ドアを開けると大きな楕円のテーブルを囲んで部員たちが談笑していた。
「あ、こんにちは小倉くん。コーヒー飲むわよね」
「ありがとう柳川さん、でも自分でやるよ」
「遠慮はなしよ」
言うが早いかウェーブの栗毛をサラリと揺らして立ち上がったのは柳川美妃、教育学部の一年生。朗らかでとても気が利く器量よし。
拓海は彼女に礼を言うと、椅子に腰掛け小さくため息を吐いた。
「どうした? 美妃ちゃんのコーヒーじゃ不満か?」
隣から声をかけてきたのは唐津先輩、がっしりした体躯の経済学部三年生は、ここ文芸部の部長さんだ。
「いやいやそんなことは」
「元気ないね。私が慰めてあげよっか?」
小倉の正面に座っているのは明石綾乃。スラリとした長身の、ショートボブがよく似合う派手な印象の美人さん。美妃と同じ教育学部の一年生だ。唐津先輩は彼女たち一年生女子を「文芸部にあるまじき美形揃い」と辺りに吹聴している。確かにその通りだと拓海も思う。
「セクハラだ」と言う声も聞こえてくるが、評された本人たちも満更でなさそうだし、何より文芸部の宣伝になる。実際にこの噂を聞きつけて入部したと思しき輩も若干名。
「いや、ホントに大丈夫だから。そうそう、この前話したプーシキン持ってきたよ」
「やった! サンキュ!」
床に置いたリュックから一冊の文庫本を取り出しながら、拓海は今朝のことを思い返した――
「今夜はライブがありますから私は遅くなります――」
支度を調え居間に入ると、長い髪をポニテに纏めたセーラー服が待っていた。
「大きな鍋にカレーを作っておいたので温めて先に食べておいてくださいね。ちなみにバターチキンカレーです。チキンは安くて美味しくてカレーには最適だと思うんです。辛口にしていますから、お兄ちゃんのお口にもきっと合うはずです。じゃがいももニンジンもいっぱい入れてるから栄養だって満点です。あ、もしかして今日のライブ、お兄ちゃんも見に来てくれますか?」
キッチンで鍋を覗き込んでいた拓海は顔を上げて振り向いた。
「うん、前売り買ってるよ」
「嬉しいです。でも、今日からは特典会で私に並ぶのナシにしましょうね」
「どうして?」
「どうしてって、ちょっとお話しするのにお金払わなくたって、これからはこんな風にお家でいくらでもお喋りできるんですよ? もちろんアイドル衣装の可愛い私とチェキが撮れるとか、特典会ならではの非日常的な雰囲気とか、私のテンションが異様に高いとか、笑顔が普段の5割増しだとか、お化粧も10割増しだとか、お家でのお喋りとはちょっと違うかもですけど、バイトして稼いだ大切なお金でしょ?」
「だけど――」
「だけどもしかしもありませんっ!」
眞名はピシャリと言い放つ。
「家での眞名ちゃんは厳しいな」
「眞名ちゃんではありません。眞名ですっ!」
彼女は柔らかに目を細めると小さく息を吐いた。
「お兄ちゃんが言いたいことは分かりますよ。でもね、私にだって他にもファンはいるんです。お兄ちゃんが並ばなくたって私はちっとも寂しくありません。悲しくもなりません。その分新しいファンを増やして見せますっ!」
「まあ、ファンが増えなくてもカンベエさんがもう一回余計にループするだろうけど」
「カンベエさんに無茶させないでください! ホントにいい人なんですから!」
確かに、同居している妹の特典会にお金払って並ぶ必要なんてどこにも無い。まったく眞名の言う通りだ。
言う通り、なのだが――
拓海は何か引っかかるものを感じながらも肯いてしまった。
【すぐ消えるあとがき】
今日もアイドルライブに来ています。
いわゆる地下アイドルのライブ会場のお客さんにはいろんなタイプの人がいます。
・沸きヲタ 推しメンへコールしたりMIXを入れたりヲタ芸したり騒いで楽しむ人たち
・最善管理 何故か必ず最前列の真ん中あたりにいるファンの総称
・カメコ カメラを構えて写真を撮りまくる人たち。決して子供ではなく年配の人が多い。
・地蔵 淡々とライブを堪能する人たち。基本動きがない人に対して使う。
まあ、ペンライト持って笑顔で軽くノッてる人たちも多いわけで、分類という行為に無理はあるのですが、ともあれこれらの人たちが混然一体となってライブを盛り上げているのが地下のアイドルライブですかね。年齢層もほんとに幅広いです。ちなみに椅子があるケースは稀で、ほとんどの場合立ち見です。
そういう僕は沸きヲタの部類かなぁ?




