15話 余韻
ヲタクたちの手拍子で特典会は締めくくられる。
控室に引き上げた眞名は帰り支度を始めた。
「おつかれさま」
遅れて戻ってきたさくらは眞名の横に荷物を置いた。ライブの後でも疲れた顔を見せないさくら。眞名は尊敬するお姉さんの着替えに手を貸した。
「ありがとう。今日は平日なのにお客さん多めだったね」
「そうですね。はじめての人も来てくれました」
本当は泣きたかった。
いつも熱烈に推してくれてるたっくんが私のところには来なくって、さくらさんと楽しそうにお話ししていた。でもそれは全部私が悪くって――
「そうそう、眞名ちゃん推しのたっくんが初めて来てくれたわ」
「え? 初めてですか?」
たっくんがカモミーユの常連になったのは4ヶ月ほど前のこと。いつも眞名の列に並んでくれるけど、その後で他のメンバーのところに行くことがあるのは知っていた。毎回特典会の最後まで残っているし、だからさくらさんにも当然、と思っていた。
「彼ってひめちゃん一筋じゃない?」
「そう、ですね」
「ひめちゃんがお菓子大好きなこと大々的にバラしちゃった」
「ええ~っ!」
「和菓子が好きなのもこしあん派なのも」
「私の悪口で盛り上がったんですね?」
「あら、悪口じゃないわ。本当のことだもの」
「私そんなに食い意地張ってないですよ!」
ちょっとムキになりながらも眞名はさくらに感謝していた。
私を推してる人だから私のことを話題にしてくれたんだ。きっと私に気を遣ってくれたんだ。やっぱりさくらさん大好きだ――
背中のチャックを上げると、さくらは眞名に振り向いた。
「その代わりピーマンは絶対食べないお子様ですよってフォローしておいたから」
「全然フォローになってません!」
頬を膨らます眞名の着替えを、今度はさくらが手伝う。
「で、眞名ちゃんはどんなお話をしたの?」
「え?」
「今日、たっくんさんと」
「えっと―― 頭ポンコツだから忘れちゃいました。えへへへ……」
さくらにはふたりの関係を打ち明けようか迷っている。
今はまだ心の整理が付いていないけど、さくらさんならきっと頼りになる――
「これからも私の可愛いとこをバンバン宣伝してくださいねっ!」
「分かったわ。その代わり私の宣伝もよろしくね」
主催の人やライブハウスの人に挨拶回りをして解散したのは夜の9時半だった。まっすぐ帰っても10時半は過ぎる。たっくんもまだ帰宅していないだろう。
みんなと別れてひとり駅へと向かう。
不意に思い出すのは美妃さんとのやりとり――
「あれっ?」
いつしか景色が霞んで見えた。
バックからハンカチを取り出すと目尻を押さえる。
「喜んであげなくちゃいけないのに……」
電車を乗り継ぎ最寄り駅に到着。
今頃たっくんはカレーを食べているはずだ。
――大丈夫かな? レシピ通りに作ったから間違いないと思うけど。辛口のルウに胡椒とか唐辛子とかガラムマサラとか色々足してみたけれど、たっくん辛いのが好きって言ってたしきっと大丈夫だよね。野菜とお肉も多めにしてみたから満足感も高いはずだし…… って私、レシピ完全に無視しちゃってたかな?
そんなことを思いながら重い足取りで改札を抜ける。
(綺麗な人だったなあ……)
続く思いを小さく頭を振って追い払う。
私はアイドル。
みんなをいっぱい応援するんだ。
みんなをたくさん笑顔にするんだ。
だから後悔なんてしていない。
なのに心がざわついて止まらない――
街灯だけが照らす道。
誰もいない、誰も見ていない。
それまで堪えていたものが不意にぽろぽろと溢れ出してしまう。
「あれっ、あれっ! どうしてこんな……」
独りごちた眞名は、家路の途中にある小さな公園に立ち寄った。




