13話 さくらさん
さくらの鍵開けはけいたさん。
ふたりは一緒に小さなハートを作る。
列の最後尾からその様子をぼんやりと眺めていた拓海はおもむろにスマホを取り出した。何を喋ろうかな? さくらのプロフィールをチェックする。大学3年生、拓海よりふたつ年上の彼女の趣味は編み物、貝殻集め、鉄道―― あ、さくらさんって鉄ヲタなんだ。今更ながら思い出す。SNSでも電車の話題多いもんな。電車の話しようかな――
スマホから視線を上げるとひめの横顔が目に入った。
眩い笑顔は惜しみなく、身振り手振りも全力で、かんべえさんも笑ってる――
拓海がカモミーユの現場に通い始めて4ヶ月。毎週のようにライブ会場に足を運び、ひめに向かってペンライトを振り回し、目一杯にコールを叫び、うろ覚えのMIXも叫び、特典会でも何度となくお話をした。当然お金も必要だからバイトも始めた。全てはカモミの姫路眞名を応援したいがため。だけどひめ以外のメンバーについてはあまり知らない。
カモミーユのメンバーは5人。
全てのメンバーの顔と名前とメンカラーを覚えるのに、さほど時間はかからなかった。
だけど特典会でお話をするのはひめばかり。
他のメンバーとも時々お話しするけれど、さくらさんは初めてだ。
花恋ちゃんとは生誕祭でお話しした。冬華もさなぽんも二回くらいチェキを撮ったことがある。だけど、さくらさんはいつも行列が長いので、後回しにしたままだった。
緊張する。毎週のようにライブを見ているのに一度もチェキを撮ったことがないのも気になった。遅くなりました、って言わなきゃかな? いやいや僕のことなんて認知してないかも知れないし――
拓海の前には10人ほどの列、色々考えている間にけいたさんの番が終わる。歩いてきた彼は拓海を見て驚いた。
「あれ? ここさくらちゃん列だよ?」
「分かってますよ」
「推し変? ひめちゃん泣くよ?」
「違います違います。さくらさんと一度も挨拶してないし、今日かなーって」
「ひめちゃんも了解済みなの?」
「え、まあ、そう言うことです」
「じゃ、代わりに僕がひめちゃんにご挨拶しようかな」
「是非ぜひ! でも、さくらさん怒りませんか?」
「怒らないよ。こんなおっさんが何しようと」
知的な風貌のけいたさんは自らをおっさん呼ばわりすると笑いながらロビーへの階段へと消えた。多分ドリンクを貰ってくるのだろう。後ろに並ぶ常連さんと次のライブ会場の場所の確認をしている間に、やがて拓海の番が回ってくる。
えっと、何喋るんだったっけ?
目の前で微笑むさくらさんを見た瞬間、考えていたはずの話題が頭の中から蒸発してしまった。
「たっくんさんこんにちは!」
両手を振って喜んでくれるさくらさん。
「えっと、はじめまして」
「はじめまして? そうなんだ! はじめましてなんだ!」
「僕の名前知っててくれてたんですね」
「いつもライブに来てくれてますよね。ひめちゃん推しさんですよね。ツーショットでいいですか?」
「ピンで」
スタッフがチェキを構えると両手でハートを作るさくらさん。こうして間近でじっくり見ると笑顔も仕草も凄く可愛い。ファンが多いのも頷ける。
ウェーブが掛かったセミロング。すらり長身の綺麗なお姉さん風アイドルは上目遣いに微笑むと、撮影したチェキを手に拓海の前に立った。
「来てくれて嬉しい!!」
「僕も嬉しいです。えっと――」
拓海はスマホを取り出すとメモしておいた話題を確認する。
「そうそう、さくらさんって鉄ヲタなんですよね」
「そうなの! 私なんかが鉄ヲタを名乗るなんておこがましいんだけど大好きなの。電車ってカッコイイでしょ! 色んな場所を色んな電車が走って。たくさんのドラマがあって」
「ですね! 僕も好きなんですよ」
「わあっ嬉しいな。たっくんさんの好きな電車は?」
「えっと、しらさぎ、かな」
「特急しらさぎ? 名古屋・米原から金沢を結ぶのよね」
「詳しいですね」
「一応は鉄ヲタの端くれですから」
さくらの笑顔に拓海も釣られて笑顔になる。
「しらさぎは白基調のデザインがカッコイイですよね」
「九州新幹線は興味ない?」
「九州新幹線?」
「さくらよさくら!」
「あ、そうか」
拓海の言葉にさくらは笑い始めた。
「もう……「しらさぎ」と言えば姫路城の代名詞じゃない?」
「あ」
「いつも白色振ってくれてるものね。ひめちゃん推しだから「しらさぎ」なんじゃないの?」
「そうかも知れませんね……」
「じゃあひめちゃんのお話ししましょうか。知りたいでしょ?」
「えっ?」
何となくさくらさんに気を使われてしまった気がする。ここは嘘でも「新幹線のさくら」とか「さくらライナー」と言うべきだった。しかし気付いた時にはもう遅い……
さくらは拓海の言葉を待たずに、ひめについて喋り始めた。
「ともかくお菓子が好きなのよね。いつもお菓子を隠し持っていて私たちにも分けてくれるのよ、みんなカロリー気にしてるのにね」
「その割には細いですよね、ひめちゃん」
「でもご飯は小食かもね。ピーマン嫌いとかお魚嫌いとか好き嫌いも多いみたいだし。でも「お菓子は別腹」が座右の銘なんだって」
彼女が言うには姫のポシェットはお菓子で半分占められていて、若いのに渋めで和菓子が好きで、こしあんより粒あん派で。それは拓海の知らないことも多くて、チェキの時間はあっという間に過ぎた。「ありがとう、またね」。ずっと手を振るさくらを背中に感じながら、拓海はその場を離れた。




