10話 特典会開始前
終演後。
カモミーユの特典会はステージのすぐ前に用意された。
メンバーの顔写真が入ったプラカードが並べられる。勝手知ったるヲタクたちは推しメンのカードを床から拾い上げると後ろに並んだ人に回す。この雑誌サイズのプラカードは最後尾の目印になる、いわゆる「最後尾札」なのだ。
(今日からは特典会で私に並ぶのはナシにしましょうね)
拓海の脳裏に眞名の言葉が蘇る。ひとつ屋根の下で暮らすことになったのだから、眞名の言うことは極めて正しい。
間違いなく正しい。
100%正しい
だけど何かモヤモヤする――
「俺は上の階に行ってくる」
唐津は上の方を指差した。
「ぱっとらぶですか?」
「よく分かったな」
「すごくファンサされてましたからね」
「絶対俺に気があるんだな」
「釣られてるだけですよ」
「それを気があるって言うんだよ!」
「冬華ちゃんはどうするんですか?」
「後で行くよ。でもやっぱり「ぱっとら」最高だよな!」
唐津は笑顔で手を上げると階段を登っていった。
「わたしね……」
彼の姿が見えなくなると美妃は拓海の横に立つ。
「アイドルライブって女の子達がただニコニコして歌って踊ってるだけだって思ってたの。それは、まあ間違いじゃなかったんだけど。でもね、楽しかった。なんて言ったらいいのかな? みんな一緒に楽しもうって気持ちが伝わってきて。特に拓海くんの推しのひめちゃんは何度も何度も私の方を見てくれて手を振ってくれたの。めちゃめちゃ可愛いかも」
「それは柳川さんが白いペンライト持ってたからだよ」
「そうかも知れないけどね、でもとっても嬉しかった」
「チェキ撮ってみる?」
「……いいのかな」
「勿論だよ! 初めてだから無料だしひめだって喜ぶよ!」
拓海はカモミーユのスタッフに声を掛ける。
美妃は水色のご新規様無料チェキ券を手にすると、それをまじまじと眺めた。
「それで好きなメンバー誰かひとりとチェキが撮れてお話しできるんだ。勿論ひめちゃんでいいよね?」
拓海は「姫路眞名」列で最後尾札を持っていたかんべえさんから札を受け取ると美妃に手渡した。
「はい、これを持ってこの列に並んで」
「小倉くんは?」
「僕は、ちょっと」
言葉に詰まる拓海を見て美妃は首を傾げた。
「どうして? 特典会は重要なんでしょ?」
「あ、えっと今日は…… あっちに行かなきゃだから」
拓海は辺りを見回してさくらの列を指差した。
「え? あの人も推しなの?」
「そうじゃないんだけど、今日は彼女の記念日だし」
「記念日って誕生日とか?」
「そうじゃなくって…… ステデ1250ステージ、かも知れないんで」
「何それ」
「僕にもわからない」
拓海は強引に話題を変えると特典会の流れを教えた。チェキ券をひめに手渡せばあとは彼女がリードしてくれる。ひめに任せておけば大丈夫だよ、と。そうしてまだ不安げな美妃を残してさくらの列に並んだ。
【すぐ消えるあとがき】
地下アイドルのライブに行って多くの人が迷うのがこの「チェキの撮り方」だと思うんです。
まずチェキ券の入手の仕方が最初はよく迷う。多くのグループが「初回無料チェキ券」を配っているんですけど、誰に言えばいいのかわかりにくいし、そもそもその制度があるかどうかも分かりにくい。
グループによっては「無料チェキ券一枚」だったり「全員との写メ券」だったり色々で、入手の条件もお目当てのアイドルのXフォローだったり無条件だったり……
運営の人に声をかければいいのですが、運営さん忙しくてどこにいるか分からないし、中には不愛想な運営さんもいたりして初見さんには敷居が高い。(もちろん愛想がいい運営さんが多いんですが)
多くの場合、その辺にたむろしてるそのグループのヲタクに聞いても親切に教えてくれるんですが、声をかける勇気がないとほんとに分かりにくい。
ただ、無料チェキ券さえ入手すれば、あとは列に並んでお目当てのアイドルに渡せばアイドルさんが親切丁寧にリードしてくれるので全く心配いりません。ここで不愛想なアイドルには未だお目にかかったことがありません。新規のファンが自分の所に来たんですからそりゃもうアイドルの方も嬉しいわけですよ。
とまあ、自分の昔を思い返しながらつらつらと書いてしまいました。
次話も引き続きご愛顧お願いします。




