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俺と推し様  作者: 碧瀬まど


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5/6

俺と推し様とこれまでの日々

息吹と来斗の出会い、息吹が来斗の事務所で働くようになった理由、そして同棲にいたった経緯とは

◆二人の出会い◆

「あー、ボール行っちゃった」

「俺取ってくるよ」

「ありがと、来斗君!」


近所の子たちと公園で遊ぶまだ小さな来斗。その様子は溌剌、というより少しダウナーな雰囲気がある。

楽しいけど、いつもちょっとつまらない。いつも自分が中心で、同い年の子だけじゃなく、たまにお姉ちゃんやお兄ちゃんも遊んでくれる。近所のおばさん達もお菓子をくれる。楽しいけど、いつも変わり映えしなくて、いつも退屈。


「ボール、どこ行ったのかな……」


きょろきょろと探しながら、ちょっと休憩しようと思った。

みんな来斗がいないなら、いないなりに遊んでいる。来斗がいると、来斗がみんなの中心になる。楽しいけど、それが疲れるときもある。

がさがさと茂みを抜けていくと、公園の端の方に生えている大きな木のそばにボールが落ちているのが見えた。

近寄っると、茂みに隠れて見えなかったが、木のそばで三角座りをして虚ろな目をして座っている子がいるのに気づいた。


「「……」」


来斗が近づくと、ちらりと見られたが、すぐに目をそらされた。けれど感じ悪くはなかった。

ボールを拾った来斗は、じーっとその子を見た。


(なんとなく、見覚えがある)


ここにいるということは近所の子だろう。登下校中や子ども会の時に見たような気がする。


「ねぇ、なにしてるの?」


ごくごく普通に、当たり前に来斗はそう聞いた。

けれど返事は返ってこない。


「ね!なにしてるの?」


その子の顔をのぞき込んで再度聞くと、びっくりしたその子の方が飛び上がった。

どうやら質問されてたとわかっていなかったらしい。


「ね、なにしてるの?」


なにか面白いものでもあるのだろうかと、来斗はきょろきょろとした。

けれど何も見つからず、その子の返事を待った。風がヒュルリと音を立てたのが聞こえるくらい、静かにしばらくの時間が流れた。


「……なにもしてない」


小さくぽそりとだが、確かにそう聞こえた。


(……なにもしてない!?)


ピシャーン!!と、来斗は雷が落ちたように感じた。

まさかそんな答えが返って来るだなんて、思いもしなかったのだ。


「え、なに!?なにもしてないって、どういうこと!?」

「……えと、」


ランランと目を輝かせながら来斗はその子の隣に座った。

その圧に負け、その子は口ごもりながらもなんとか伝えようとした。


「その、ただここに座ってるだけで、なにもしてなくて、なにかを見たりしてるわけじゃなくて、時間が過ぎるのを待ってると言うか……」

「なんで?」


なぜか。難しい問いに、その子は黙り込んだ。

そもそも公園に来たいと思って来たわけではない。たまたま集団登校で同じ班のお兄さんが家の前を通りかかり、母親が「この子も一緒に連れてってくれ」と言い、連れてこられただけなのだ。

お兄さんたちも自分と遊ぶのはつまらないと思ったのだろう、いつの間にかどこかに行ってしまった。

すぐ帰ると母親に心配されるか怒られるだろうから、こうして木陰で時間をつぶしている。

ということを、何と言ったらいいのか頭を悩ませていた。


「ね、俺も一緒に"なにもしない"してもいい?」

「……誰かと、遊んでたんじゃないの?」


その子はじっと、来斗が持つボールを見つめた。


「ううん、いいの!飽きてたから」

「……そう」


あっけらかんとした来斗に、その子は黙りこくった。

そうして来斗も同じように黙って三角座りをした。


(……なにもしないって、本当になにもしないんだな)


ちらりと隣を見ても、その子はさっきからぼーっとしているだけだ。


(……もうすぐ夕陽が沈むなぁ)


来斗もぼんやりとていると、風がそっとその頬を撫でた。誘われるように風の行く先の空を見上げた。

渡り鳥だろうか、夕陽の前を緩やかに飛んでいく。遠くの方から鳥の鳴き声が、風が木々を揺らす音が、木の葉が擦れる音が、さっきまで一緒に遊んでいた子たちの声が、迎えに来たお母さん達の声が聞こえた。


(なんにもしないって、すごい!)


来斗には初めての感覚だった。

それに気づいた来斗は、なんだか胸がドキドキした。


「そろそろ、帰る」


立ち上がった隣の子が服を払い、出口の方へと歩いていく。


「ね!」


遠ざかっていくその子の手を、来斗は掴んだ。


「また遊んで!俺、来斗!」


この子と一緒にいれば、つまらないから脱出できるかもしれない。そんな期待でいっぱいだった。


「……遊べるかは、わからない」


(えぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~!?!?)


申し訳なさいっぱいで断られるも、来斗は本日2度目の雷が落ちた気がした。なんせ今まで断られることなんてなかったのだから。

”俺が誘ってるんだから断られるわけがない”

そんな傲慢さが、気づかないうちに心の片隅にあった。


「え?でも、また会うかもしれないし。ねぇ~、遊んでくれないと嫌だよ~」

「……」


膝立ちになった来斗が腰に抱きつくと、その子はびっくりしたような困ったような焦ったような感じになった。

来斗もいつも自分が引っ張っていくのが当たり前で、こんな甘えたをするのは初めてだったが、それどころじゃない。

”今ここで逃してたまるものか!”と本能が言っている。


「じゃあじゃあせめて、またお話して?それならいいでしょ?」


抱きついた来斗が”返事くれるまで離れてなるものか!”を腹に隠しつつ、これ以上なく可愛い顔で見上げておねだりしていると、諦めたようだ。


「…………わかった」

「ほんと!?うれしーい!」


来斗はぎゅうっとその子に抱きついた。

渋々。そう言わざるを得ない、ためらいとあきらめの混じった表情をされた。

けれど言質を取ったらこっちのものだ。


「ねね、名前は?名前教えて?ね?ねぇ~!?」


何度も何度も聞いて、やっと教えてもらえた。


「……息吹」

「よろしくね、息吹君!」


息吹はそのまま帰ろうとと小さく手を振ると、その手を握った来斗がそのまま息吹の家に着くまでついていった。来斗が手をつかんだとき、息吹にギョッとされた気がしたけど、気のせいということにして離しはしなかった。

そうして、それからの日々──


「息吹くーん、遊んで―」


あの日以降、大人も子どもも男女も問わずメロメロにする天使の笑みと甘え声で、事あるごとに来斗が息吹を訪ねるようになるのだが、この時の息吹はまだ知らない。


「あら、来斗君いらっしゃい。また来てくれたの?」

「おばさん、こんにちは!息吹君いますか?」

「部屋にいるから外連れてってくれる?あの子すぐインドアしちゃうから」

「わかった、息吹君に聞いてみる!」


キュンとする笑みを浮かべた来斗に、すっかり息吹母もメロメロだ。その上、家にこもりがちで友達も少ない息吹にこんなに懐いてくれるなんてありがとう!という親心もある。

玄関で母としゃべり終えた来斗は、ドカドカと階段を上がっていく。


(…………放っておいてほしい)


当の息吹のそんな願いは、ことごとく打ち砕かれる。

あまりにも来斗が押し寄せてくるので、さすがの息吹も次第に慣らされて(諦めて)いった。

遠慮ぎみに息吹の部屋のドアを開けた来斗は、布団に潜り込んでいた息吹の耳元で言った。


「息吹君、遊んでくれる?」


そんなに寂しそうに言われて、放っておける息吹ではない。

いくら部屋に籠ったままでいたいとしても、無下にはできない。


「……わかった」


ぬっと息吹が布団から出ると、きゃ~♡の声が聞こえそうなほど喜んだ来斗が抱きついてきた。


(……変な子)


来斗にとっては自分が物珍しくて、飽きるまでの間一緒にいるんだろうくらいにしか、この頃は思ってなかった。

だからこんなに長い付き合いになるとは、全くもって想定外だ。


「家で、遊ばない?」

「ヤダ!なにもしない、するの!」

「……」


そして息吹の物言わぬげっそり顔も、この頃からの癖になった。


(……帰りたい)


息吹がそう思ってるとも知らず、鼻歌混じりの来斗は息吹の手をギュッと握って公園へと向かった。


(今日は公園行ったから、明日は息吹君の家で遊ぼー♪)


来斗がそう思っているのを、息吹は知らない。来斗にとって、明日も息吹と遊ぶことは、確定事項なのである。


「息吹君、俺、息吹君といるときが一番楽しいよ!」

「………そう」


だが満面の笑みでそう言われると、つい嬉しくなってしまう息吹であった。



◆息吹が来斗所属事務所に勤めることになったのは◆

これはまだ付き合い始めの、また実家暮らしの頃のこと。


「全然うまく撮れな~い」


スマホの前に来斗は倒れた。


「………なに、してるの?」


リビングにお茶を取りに行った息吹が自室に戻ると、来斗が部屋のど真ん中で大の字になっていた。


(なぜ、僕の部屋に……?)


疑問を抱きつつ、息吹は来斗の隣にしゃがんだ。


「あ、息吹君。ファンクラブ用に動画撮影してって言われたんだけどうまくいかなくて」


口をツンとしたまま、床に寝転んで色々角度や距離を変えつつ、来斗は再挑戦するも苦戦している。

あまりの下手くそ具合に、息吹が来斗のスマホに手を伸ばした。珍しく息吹はイライラしているようだ。


「息吹君?」

「…………僕、撮ろうか?スマホ持ってたらいい?」

「いいの!?ありがと!」


息吹が来斗の所属事務所で雇われるに至ったのは、このときの来斗の撮影とその後の映像編集技術を買われたから。

一度入学した高校を退学し、別の高校に編入以降、息吹は通信制の学校に通い、最終的には動画編集を学んでいた。

だから来斗が苦手な編集もサクサク進めることができた。


「息吹君すごーい♡かっこいい俺がいっぱいいる」

「そういうとこだけにしたから」


息吹が編集していると、来斗はキラキラお目々で息吹の編集した動画を見つめた。


「俺、いつもの数倍かっこいい気がする」

「よかったね」


短時間ではあったが、どのシーンも角度も抜群に決まっているキメ顔に、ウインク、投げキッスも加わり、一瞬たりとも目を離せないものとなっていた。

もちろん、撮影してる息吹にキュンとしてもらいたい思いもあり来斗は張り切った。


(息吹君いつも通りだけど、ときめいてくれたかな)


動画を編集する息吹に、逆に来斗が頬を染めてときめいていた。

息吹は手をとめることなく、ドキドキしている来斗にも塩対応で編集を終えた。


「息吹君はときめいた?」

「………」


来斗が我慢できず息吹に聞くと、息吹は撮影中の来斗を思い返した。

俺様でワイルドな来斗が盛りだくさん。かっこよくあった。が、かわいいはなかった。

だから──


「内緒」


息吹は嘘がつけない。だから感想を言わないでもよい言い方をした。

それを聞いた来斗がネガティブに捉えるか、ポジティブに捉えるか──もちろん、ポジティブに捉えた。


(息吹君、もしかして惚れ直してくれてたりとか!?)


息吹が編集を終えると、来斗は「お礼にお茶を入れる!」とキッチンでティーポットを温め始めた。


(よくわからないけど、上機嫌……)


部屋の外から聞こえてきた来斗の鼻歌が、昔に比べて上手になったなと思いつつ、パソコンをスリープモードにした息吹は来斗の鼻歌に耳を澄ませつつリビングに向かった。

この映像がファンクラブ内で、いや、ファンクラブで公開するよりも前に事務所内で"後光が見えるようだ!"と大バズリし、"こんな来斗を撮れる人材、逃すわけには行かない!"と息吹のスカウトが始まった。初めは息吹への迷惑(来斗からの)を考え控えめに行っていたが、来斗にバレるのは時間の問題だった。

そうしてもちろん、来斗が最終的に駄々をこねまくり、手に負えなくなった息吹が折れたのは言うまでもない。


「息吹君」

「なに?」


映像を事務所に送り、来斗の入れたカモミールティーを飲みながら二人並んでソファでゆっくりしていた。


「思ったより早く仕事終わったよ。息吹君のおかげ」


来斗と入れ替わりで息吹母が買い出しに出掛けたから、二人きりでまったりできると来斗は息吹の足元に降り、息吹の足に頭を乗せた。甘える様子は、まるで猫のようだ。


「……」


内心あわあわした息吹が、よしよしと来斗の頭を撫でてやると、来斗は「えへへー」とうれしそうな顔で見上げてきた。


(来斗は、かわいい)


思わず息吹の顔もほころび、小さく笑みを浮かべた。


「チューしていい?」

「……お茶飲んでからにして」


そうして息吹は来斗に迫られるより早く母が帰ってくることをハラハラしながら祈っていたが、井戸端会議でもしてたのだろう。全然帰ってきてくれず、おかげで来斗に良いようにされてしまうのであった。


「息吹君、息できてる?」

「………」


息切れで返事もできない息吹であった。


「ちょっと、休憩を」


息を切らせながらもなんとか息吹がそう言うと


「えー、うーん、もっかいしてからね?」

「あ……」


どうにもこうにも息吹は来斗を拒めないのであった。



◆来斗と息吹の同棲のはじまり◆

「やっぱり無理だよ!」


来斗がアイドルになって早数年。その間に息吹も来斗の事務所に雇用されることになり、今日の仕事を終え、息吹は自室でゆったりとくつろいでいるところだった。

いきなり人の部屋の扉を開けて、サングラスにマスクに帽子と明らかな変装姿の来斗がなにを叫ぶかと思えば。

ベットの隅に座って落ち着いて本を読んでいた息吹は、びっくりして本を落とした。


「…………なにが?」


できれば聞きたくない。けれど聞くまで来斗は帰らないだろう。仕方なく息吹は口を開いた。


「息吹君が足りない!俺、このままだと干からびちゃう!」

「…………それは、水分が足りていないから」


息吹は机の上に置いてあったお茶を持って「飲む?」と来斗に差し出した。

唇を噛み噛みしてから来斗はお茶を受け取り、グイッと一気に飲んだ。


「俺、息吹君といる時間が少なすぎて干からびそうなの!息吹君は俺の生命線なの!いないと生きていけないの!」

「…………そんなことはない」


真顔でそう言う息吹に


「そうなの!一緒にいないとダメなの!今月、どれくらい会えてたと思う?」


語気強く訴えていた来斗は急にしゅんとした。

今月会えたのは──来斗が帰りにたまに息吹の部屋に来るからそこで10分~15分というのが数回あったかもしれない。


「…………息吹君は俺に会えなくてさみしくないの?」


息吹君の足元にしゃがんだ来斗は、うるうると子犬のような目で息吹を見上げた。


(……さみしい、は──)


「僕は、来斗を毎日見てるから」


テレビ出演やダンプラ動画配信など、FlowerBaseは活発に活動している。

映像だけでなく、この頃の来斗は雑誌の専属モデルやタイアップも務めていたので目にする機会は多い。

けれど、目の前の来斗はいつも目にするきらびやかさはなく、息吹の回答にしょげているようだ。


「息吹君、一緒に住みたい」

「無理」


来斗と付き合って、惜しみなく愛してくれる来斗に息吹も好意を自覚していた。小さい頃から来斗のことはかわいいと思っていたが、自覚してみるとそれがまさか恋心だったとは、自分でも驚きでしかなかった。

けれど、この頃の息吹はまだ芸能界というきらびやかな世界に足を踏み入れた来斗と別れる可能性があるかもしれないと思っていた。

一緒に住むようになればもう、自分から別れを告げることはないだろうと確信していた。もし別たれることがあれば、自分はどうなってしまうのだろうという不安もあった。自己保身の強さから息吹は断った。

とんだ杞憂である。


「……っやだやだやだやだ~!一緒に住むの~!」


床で暴れ出した来斗に息吹は怯えた。

これを見るのは二回目だ。前回は『付き合え』と暴れられた。

そのときは初めてだったから対処方法がわからなかったが、二回目となると慣れがある。

床でローリングし続ける来斗に息吹はぽそりと言った(どんなに小さい声で言っても、来斗は息吹にだけ発動する驚異の聴力で聞き取る)。


「来斗、暴れても返事は変えないから」


そうして息吹は見ざる聞かざる言わざるを体現するようにベットの毛布を被りこんだ。


「え~……息吹君、出てきてよぉ」


それからも「いーぶきくーん」と来斗に呼び続けられ乗っかかられたりしたが、息吹は頑としてベットから出なかった。

一時間ほどすると、さすがの来斗も出て行った。一難去った。そんな思いでいっぱいだったのに、また一難がやってきた。

数日後に、事務所から電話がかかって来た。


「息吹君、お願いだから来斗と一緒に暮らして!あのやろー、息吹君と一緒に暮らせないならアイドルやめるってクーデターしてるの!」

「…………………………」


社長からの電話に、息吹は絶句した。

クーデター、すなわち、事務所の会議室に立て籠もっているらしい。なんとも迷惑な話である。

仕方なく29日ぶりに外出した息吹は苦手な電車を乗り継ぎ、久々に事務所に顔を出した。


「………………あ、あの、…………………………」


社員証をかざして部署の扉を15cmほど開いて中を覗くも、誰も気づいてくれない。

いったいどうすれば──途方に暮れていると「あ、息吹さん来ましたー!」と廊下の奥の方から叫んだ若者の声に息吹はたじろいだ。


「息吹君、よく来てくれたね!来斗奥の部屋にいるから説得お願い!あと30分で出発しないと今日の収録に間に合わないのよ!」


若者の声に怯えてきょどきょどしている間に、息吹は来斗が立て籠っている会議室の前に連れてこられた。

さながら交渉人。そんな雰囲気の中、全員の視線が集まる中で息吹は会議室の扉をノックした。


「……来斗」


会議室の周りにいた人々には、息吹の小さすぎる声は聞こえなかった。

けれどその声で、来斗は会議室の扉を5㎝ほど開き、隙間から息吹を覗いた。


「息吹君、どうしたの?」


それはこちらのセリフだ。

なのに、来斗にしては珍しくギスギスした声を息吹に発した。


「来斗が閉じこもってるから」

「……」


それだけ聞くと、すぅ~っと来斗は扉を閉じた。

その瞬間の周りのざわめきは大きかった。”まさか息吹の言うことも、もう聞かなくなったのか!?”と周囲を震撼させた。


(………わけがわからない)


けれど、息吹は淡々としたものだった。

来斗を理解できないことは、息吹にとって日常だ。

そして周囲から視線を向けられるこの状況は、息吹にとって立て籠もる来斗よりもストレスでしかない。

いくら来斗のために出てきたと言っても、もうこの場にいるのは無理だった。


「来斗、僕もう帰るから。事務所の人に迷惑かけないでちゃんと仕事して」

「やだ。出ないもん」


シーンとした空気が流れた。

事務所の人間は息吹に来斗を早く説得してもらいたかったが、息吹は一言も発さない。やきもきもしている社員は、社長に「待て」と命じられ鬼の形相で様子を中腰で凝視していた。


「息吹君が一緒に住むって言ってくれるまで出て行かないもん」

「来斗、それは──」

「俺、息吹君との将来のためにアイドルになったもん。二人でもっと一緒にいたいもん。離れ離れはやだもん」


聞く耳を持たない。そういう状況だった。

息吹がもう諦めていいだろうかの姿勢で後ろを振り返ると、”あなただけが頼りなの!”の姿勢──息吹からは中腰の大人の大群に”我、わかっとるやろぉなぁ?”と殺気立って見張られているように感じた。

音が立つのではないかと思うくらいぎこちなく首を戻した息吹は、扉をもう一度叩いた。


「………………わかった」


息吹がそう言うと、扉が大きく音を立てて開いた。


「ほんとにー!?」


周囲の大人たちがその眩しさに目を細めるほどのキラッキラの笑顔で出て来た来斗は、両手で息吹の手を取った。


「ありがとう、息吹君!幸せにするからね!」


いや、”わかった=内容は理解した”と言っただけで了承したわけではない。

息吹はそう言いたかったが、すみやかに出演予定のテレビ局に向かわなければならない来斗はマネージャーに連れられて駐車場に向かった。OKをもらえたと思い、スキップをしながら。


(……とりあえず今日のところは帰ろう)


家に帰ってから、また相談すればいい。それよりも今はすぐにでも帰らないと、久々に人の多いところに来て倒れそうな気持で息吹はいっぱいだった。

だが、それで後れを取った。

番組出演前に事務所手配の高層マンションにすぐ引っ越せるように、来斗が息吹の実家にウキウキと電話してしまっていた。

結果、「あんたが実家を出る日が来るなんて」と家族に喜ばれながら荷物の準備をしなければならない状況になったのであった。


(……納得が、いかない)


けれどそれを覆すこともできない息吹であった。


「今日からよろしくね、息吹君。俺、婚姻届もらってきたから、とりあえず書いて額に飾ろう」


新居の玄関で、満面の笑みで来斗はすでに記載済みの婚姻届を広げて息吹を迎え入れた。


「………………自分で取って来たの?」

「もちろん!」


そう鼻息荒く話す来斗に、”マスコミにでも見つかっていたらどうしてくれとんじゃこらぁ”と頭の痛い思いの息吹であった。


(僕が、ちゃんと見てないと……)


そうして息吹は今まで以上に来斗の世話を焼くようになった。

 そうして月日は流れ──


「息吹君、今日のご飯もすごくおいしい♡」

「よかったね」


来斗の健康を考え、料理の勉強も始めた息吹は、来斗の隣で静かに急須のお茶を注いだ。


「息吹君の愛は料理で受け取ったから、俺の愛も受け取ってね。ベットの上で♡」

「……お茶、冷めるよ?」

「うん!」


返事をしないことを貫いた息吹であるが、少しだけ頬が赤くなっているのに気づかない来斗ではなかった。


(息吹君は、今日もかっこいい。口に出さないけど、たくさん俺のことを愛してくれている)


そうして来斗は最後の鶏むね肉のから揚げを口いっぱいに入れた。


「あ~、幸せ」

「……そう」


ゆっくりとお茶を味わいながら、来斗の満ち足りた笑みを見るだけで、息吹も心がポカポカしてくるのでした。

※あと1話です!ここまでお読みいただきありがとうございました!

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